雑渡さんと一緒! 04


「陣内。私、好きな子ができた」

「…はい?今、何と?」

「だから、好きな子ができた」


外回りの帰りに陣内にそう言うと信じられないという顔をした後、急に真面目な顔つきになった。無理もない。こいつには前世で随分と迷惑をかけてしまったのだから。


「落とせそうなのですか?」

「どうかな。今のところ脈は微塵も感じられないけど」

「…あなたが本気で迫って落ちない女などいないかと」

「だといいんだけど。ただねぇ…」


どうも、手応えを感じない。嫌われてはいないだろうけど、好かれてもいないというか。訪室することを拒まれはしないけど、休日を共に過ごすことは断られる。
なまえは私に媚を売ることも物をねだることも、もちろん抱いて欲しいと懇願してくることもなかった。毎日楽しそうに笑ってくれている。だけど、デートの誘いには決して乗ってはくれなかった。のらりくらりと理由をつけては断られる。


「どう攻めればいいと思う?」

「課長の意のままにするのが良いかと思いますが」

「意のまま?それだと、落ちないでしょ」

「逆に伺いますが、意のままに行動したらどう出るのです」

「そりゃあ、抱くよ」

「それは悪手ですね」

「でしょ?」


なまえを自分だけのものにしたい。その気持ちは日に日に強くなっていった。キスして、抱き締めて、ベッドで私のことしか考えられなくなるくらい抱きたい。本音を言ってしまえば、そう。だけど、そんなことをしてもなまえの心を手にすることが出来ないことくらい分かっていた。
だから、毎日無理にでも訪室しては時間を共有した。少しでも好意を持ってもらいたくて、耳障りのいい言葉を並べたり、なまえが恐縮しない程度の物を渡したりした。だけど、一向に私に惚れている素振りを見せてはくれなかった。正直、焦っている。時間をかけ過ぎてしまったら、誰かに盗られてしまうかもしれない。そんな焦りがあった。


「では、休日に出掛けてみては?」

「だから、断られるんだって」

「強引に予定を立てられては断れないでしょう、あれは」

「あぁ、そうかもね…」

「課長がエスコートして差し上げて下さい」

「エスコートねぇ…それ、やったことないんだけど」

「大丈夫ですよ。あなたなら出来ます」

「んー…」


エスコートって、要は私がなまえを導くってことでしょ?なまえが喜ぶように私が主体で誘導する、と。そんな器用なことが出来る気はしない。だって、なまえがどうしたら喜ぶかなんて私には分からないのだから。
毎日なまえと会っていて思い知ったことがある。私は心底なまえに惚れている。それは過去に愛した女だからまた惹かれた、なんて単純な理由ではないことくらいもう嫌というほど自覚している。いや、きっかけは過去に寵愛していたからだろう。そうでなければ女を嫌うこの私がなまえに出会った瞬間にほだされるなんてあるはずがない。だけど、今のなまえは昔のなまえとは全くといっていいほど異なっていた。初めは同じだと思った。心地の良い香りも、柔らかな笑顔も同じだったから。だけど、どこか違う。どこがと聞かれると言葉には出来ないけど、どことなく私が知っているなまえとは異なっていた。それは不快ではなく、むしろ愛しいと思ってしまう変化だった。一緒に過ごす時間があまりにも楽しくて、過去のことなんて忘れてしまうほど心地よかったのだ。


「なまえは私のことを好きになってくれると思う?」

「例え好かれなくとも離れる気などないのでしょう?」

「そうだね。そうありたい」

「と、言いますと?」

「嫌われることは、やっぱり怖いよ」


全力で挑んで破れたら私はどうしたらいいのだろう。なまえが私のことなんて必要ないと言ったら、私はどうしたらいいのだろう。確か、昔もそんなようなことで悩んだ気がする。それが恋だと諭され、自分を奮い立たせた記憶がある。だけど、今の私にそんなことが出来るだろうか。一歩踏み込むくらいなら、今の曖昧な関係を続けた方がいいのではないかと思い悩むほど、私はなまえに嫌われることを恐れていた。
陣内は私が不安を吐露すると嬉しそうに笑った。


「本当に変わられた」

「…それ、絶対に褒めてないでしょ」

「いいえ?人らしくなりましたね」

「ほら、褒めてない」

「課長は本当になまえのことがお好きなんですね」


そんな当たり前の事を言う陣内を小突いて帰社する。
我が社は忙しい。それは営業部だけのことではなく、経営部も経理部も庶務部も同じだ。ついでに人がボロボロと辞めていくから人事部も忙しい。だけど、私は仕事が好きだった。とてもやり甲斐を感じている。ただ、残念なことに忙し過ぎて17時という定時に帰れた試しがない。本当はもっと早く帰ってなまえに一秒でも早く会いたいのに、それは決して叶わない。これで忌まわしき月末が来てしまったら私はどうなってしまうのだろう。確実になまえの顔を拝むことさえ出来なくなることは目に見えていた。
だから私は勝負に出ることにした。無理矢理デートに誘って、どうにか自分に気持ちが向くように仕向けたかった。
案の定、強引に予定を取り付けるとなまえは断ってはこなかった。こうして明日の約束をした後、私は帰宅したわけだが、玄関に座り込んでなかなか動けなかった。心臓が壊れそうなほど早く動いている。あんなに緊張したのは初めてかもしれない。それでも、どうにかここまで来れた。どうにかデートに誘うことに成功した。
嬉しくて、明日はどう行動しようかと考えているとあまり眠れなかった。うまくやらないといけない。一生分の勇気を使い果たす覚悟でようやく誘えたのだから。


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