雑渡さんと一緒! 46
今回、なまえの行方が分からなくなって思ったことがある。私はなまえの交友関係を多少知る必要があるのではないだろうか、と。本来、私は人との関わりは極力避けたいと考えている。自分自身が値踏みされることが多く、不快な気持ちになるからだ。よって、私の交友関係はないに等しく、照星と会社の極限られた者くらいしか思いつきもしない。
まぁ、私の話はいいとして。今回、なまえの友人を一人紹介してもらうことにした。高校の時からの友人であり、大学でも一番仲がいいと聞いている。ちなみに、このような場を設けてもらうことは人生で初めての経験であり、どう出ることが正解なのかも全く分からない。ただ、失礼のないようにすべきであろうことは理解しているため、大人しく情報を聞き出すことにしようと考えていた。きっと相手もなまえのような子だろうと勝手に想像していたし、上手くいくと考えていた。だから、今、ちょっとどうしたらいいのか分からない。何でよりにもよって、この女がなまえの友人なのだろうか。
「わぁ、噂の彼氏さんだ。はじめましてー」
「…はじめまして。雑渡です」
「北石照代です。会いたかったんですよ」
「それはどうも」
ちょっと、震えた。なまえが北石と交友があったとは。
北石照代とは前世で面識がある。いや、あるというほどの面識はない。ただ、私を利用しようとして近付いてきたことが何度かあった。城を紹介して欲しいだの、雇って欲しいと履歴書を持ってくるだの…ロクな近寄られ方をしていない。つまり、私はこの女が好きではない。世の中で最も軽蔑している類の女だ。人を見た目と肩書きで判断し、利用しようとする女。己の利益のために行動する、恥を知らない女。
なまえ以外の女に期待など微塵もしていなかったとはいえ、自らこんな女に近付いてしまったことを後悔した。
「彼氏さんてタソガレドキ社の人なんですよね?」
「そうだよ」
「誰か紹介して下さいよー」
「きぃちゃん彼氏いるじゃん」
「それはそれ、これはこれでしょ?なまえも覚えておきなさい、太いパイプを持った知り合いはいて損はないのよ」
「えっ、あ、はい…」
あぁ、もう駄目だ、この女。本当に無理。というより、なまえに余計なことを教えないで欲しい。私のなまえが穢れる。
どうしようかな、連絡先を聞いてだけおいて帰ろうか。ちょっと、この場に長くいるのは危ない。私の機嫌が悪くなる前に退散しないと、帰った後なまえと喧嘩になりそうだ。
「彼氏さんって、モテそうですよね」
「どうかな」
「またまた。こんなイケメンなのに」
「…それはどうも」
「おまけに高収入なんですよね」
「君が思う程ではないよ」
「ご謙遜を。魅力的な男性だと思いますよ、普通」
「………」
「というか、浮気なんてまさかしませんよね?」
「さぁ。どうだろうか」
「ちょ、雑渡さん…」
耐えきれなくなって、私が北石を睨むと、不穏な空気を察したなまえが私を咎めた。
人を利用しようとしたり、値踏みしたように見てくる女など、私は大嫌いだ。こんな女、なまえと共にいる価値がない。交友関係に口出しする気はなかったが、耐えられない。
「君、本当になまえの友人なの?随分となまえとは性格が異なるようだけど、無理になまえに近付くような真似はしていないだろうね。あまり舐めた物言いはするものではないよ」
「雑渡さん!」
「あ、本性が出ましたね」
「本性?君が私の何を知っているというんだ」
「知りませんよ。だって、私が近付いたらすぐに逃げちゃったじゃないですか。あれ、結構ショックだったんですから」
北石を睨むと、ヘラッと笑われた。こいつ、まさか前世の記憶があるというのか。仮にあったとして、私と交流がなかったことには何ら変わりなく、それで北石に対する印象が変わるわけでもない。これ以上会話をすることが嫌で嫌で仕方がなく、伝票を手に取った。
なまえに帰るよう促すと、場の空気が悪いことに狼狽しているなまえが水をこぼした。相変わらず鈍臭いというか、何というか。私が止める間も無く、なまえは布巾を取りに走っていってしまった。残された私は溜め息しか出ない。
「心配だったんですよ。なまえってあんな感じだから」
「どういうこと?」
「すぐ騙されそうというか。ちょっと危なっかしくて」
「あぁ…」
「だから、雑渡さんに騙されていたら可哀想だなぁと」
「生憎だけど、そんな気はない」
「分かってますよ、もう」
北石は急に雰囲気を変えた。大人びたような物言いをするようになったし、私の気分を害すような話し方を改めた。
「君、二重人格なの?」
「女には複数の顔があるんですよ」
「あぁ、そう…」
「雑渡さん、知ってます?なまえのお母さんのこと」
「亡くなったとは聞いている」
「そう。急だったんです。お葬式でなまえ、凄く泣いて」
「ほぉ」
「なのに、次の日から全然普通そうにしてたんですよ。無理しているんだろうなって思ったけど、私にはどうすることも出来ませんでした。あの時ほど悔しかったことはないです」
「………」
「だから、なまえのことを分かってあげて、支えて欲しいんです。あの子、優しいから心配を掛けないようにしようとすぐ無理をするけど、見ていたら分かりますから」
「そんなこと、君に言われなくても分かっている」
「ならいいんです。あ、それとは別に誰か紹介して下さい」
「絶対に嫌だね」
「えー。ケチな男は嫌われますよ?」
「君にどう思われようとも関係ない」
私は懐から名刺を取り出した。流石に普段、休みの日には持ち歩いていないが、もともとこれはなまえの友人に渡す予定のものだった。あらかじめ連絡先は記入してある。
それを北石に渡すと、まじまじと見て嬉しそうに笑った。
「つまらないことで連絡はしてこないでね」
「分かってますよ」
「どうだか」
「なまえがヤバいと思ったら連絡すればいいんですよね」
「なまえに関することなら、どんなことでも構わないから連絡してきて欲しい。私は平日の昼は側にはいられないから」
「分かりました。なので、誰か紹介して下さい」
「しつこい」
北石に連絡先を聞いていると、なまえが戻ってきた。私と北石の雰囲気が異なることに気付いたのだろう。なまえは不思議そうな顔をしていた。北石は先程のように私やなまえに軽口を叩いていたが、私はもう特に何も言わなかった。
私は北石のことが好きではない。どちらかといえば嫌いだ。だけど、なまえのことをこの女はよく理解しているし、大切に思っていることは分かった。それだけで十分だ。
なまえを支えてあげて欲しい?そんなこと言われなくても分かっている。それでも私一人では限界があるだろう。だから、この女にはこれからもなまえの友人でいてもらいたい。困ったように笑うなまえを見ていて、心からそう思えた。
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