雑渡さんと一緒! 49


スーパーで玉ねぎを買おうと手を伸ばすと、ゴロゴロと転がり落ちた。特売で山積みになっていたから、崩れてしまったのだ。私は溜め息を吐いて転がった玉ねぎを拾った。
最後の一つを拾おうとすると、スッと男の人に拾われた。


「あ、すみません…」

「うん。これ、俺貰ってもいい?」

「はい。もちろん」

「ありがと。今日、親子丼なんだ」

「あ、いいですね」


その意見もらった、と言わんばかりに鶏肉を見ていると、雑渡さんが背後から覗いてきた。手にはビールを持っている。


「今日、なに?」

「親子丼にしようかなと思って」

「あ、いいねぇ」


買い物を済ませて家に帰る。冷蔵庫にしまいながら、さっきスーパーであったことを思い出して恥ずかしくなる。どうして私はいつもこういう失敗をしてしまうんだろう。
嫌になってきて溜め息を吐くと、煙を吐いていた雑渡さんが首を傾げた。ゆらゆらと揺れる煙を見ながら珈琲を淹れる。


「どうしたの?」

「実は、さっきスーパーで玉ねぎを転がしてしまって」

「そんなの、いつものことじゃない」

「うっ…そ、そうなんですけど…」


ぐうの音も出ない。どうして私はいつもこうなんだろう。
珈琲を持って雑渡さんの隣に座ると、雑渡さんは煙草を消して珈琲を口にした。その横顔を見ていてかっこいいなぁと思ったし、さっき会った人もかっこいいなぁと思った。雑渡さんとは違ったタイプのイケメンだったのだ。
特に雑渡さんに何も言わなかったけど、雑渡さんは私が男の人のことを考えていたことを察知したようで、嫌そうな顔をした。どうしてこの人は私の考えが分かるのだろう。


「…なに。どこの男のことを考えているの」

「さっき玉ねぎを拾ってくれた人のことです」

「そんなに惹かれるような男だったの?」

「惹かれるというか、こう、かっこいい人だったな、と」

「ほーお?」

「あっ!違いますよ!?そういう意味じゃないですよ!?」

「もう遅い」


雑渡さんは嫉妬すると、誰にも渡さないと言わんばかりに私と身体を重ねる。この日もいつものように雑渡さんに激しく抱かれ、一日中ずっと雑渡さんの機嫌は悪かった。
そして、翌週。私は件の男性に再会することになる。


「お、雑渡じゃねぇか。こんな所で会うなんてな」

「あぁ、佐茂。狭い町だからね」

「確かに…あ、この前の子」

「そ、その節はお世話になりまして…」

「…えっ、なに、知り合いなの?」


カフェで雑渡さんが声を掛けられた。この間も思ったけど、整った顔立ちの人だなと思った。そして、お洒落だ。シルバーのアクセサリーを身に付けている。だけど決して派手というわけではなく、彼によく似合っていると思った。
雑渡さんは私が佐茂さんと呼ばれた男性と知り合いだったことを知り、怪訝そうな顔をした。知り合いというほども知らないし、言葉もいくつか交わしただけなのだけれど。


「この前、玉ねぎを拾ってくれた方です」

「…あぁ、はいはい」

「お嬢さん、もしかして雑渡の彼女?」

「そうです」

「うわ、本当に若い。いやー、会いたかったんだよ」


佐茂さんは私の手を握ろうとしたけど、雑渡さんの手によって防がれた。佐茂さんの手をはたき落とし、ジロリと睨んでいる。かなり機嫌が悪そうだ。


「私の女に気安く触らないで」

「何だよ、減るもんじゃなし」

「うるさい。というか、何でここに座るの?」

「ご一緒させて頂こうかと思って」

「はぁ!?」


佐茂さんは雑渡さんの隣ににこにこと笑いながら座った。雑渡さんは嫌そうに佐茂さんを睨んだけど、すぐに無駄なことだと悟ったのか溜め息を吐いた。
佐茂さんは改めて見ると、とても整った顔立ちをしている。雑渡さんと並んでも負けないほどだ。こんなかっこいい人二人と珈琲を飲むなんて人によっては羨ましいと感じるだろう。ただ、私は緊張してしまうから、少し困った。というより、佐茂さんは雑渡さんとどういう関係なのだろうか。


「佐茂さんは雑渡さんとどういう関係なんですか?」

「同期だよ。同期」

「同期…って、会社のですか?」

「そうそう。なぁ?」

「…あぁ」

「機嫌悪いな。どうした?」

「人のデートを邪魔しておいて、どうしたも何もあるか」

「心狭いなぁ、お前」

「うるさいよ」


雑渡さんは本当に機嫌が悪そうだ。佐茂さんは私にたくさん話し掛けてきてくれたし、話していて凄く楽しかった。雑渡さんにこんな気さくな知り合いがいるとは思わなかった。そのくらい、佐茂さんは雑渡さんと違う雰囲気を持っていた。
佐茂さんは珈琲を飲んだ後、この後待ち合わせなんだと言って去っていった。あの人、きっとモテるんだろうなぁ…
終始不機嫌だった雑渡さんは頬杖をついて私を睨んできた。


「そう。なまえはああいうのが好きなの」

「はい?」

「確かに佐茂は女から人気がある」

「あ、やっぱり」

「私と違って誠実だし」

「そうですか」

「私と違って誰からも好かれている」

「そんな感じがしましたね」

「そう。ふーん」

「いや、待って下さいよ。私は別に佐茂さんのことが好きなわけではないですよ?何をそんなに拗ねているんですか」

「拗ねるでしょ、そりゃあ」

「どうしてですか?」

「なまえにかっこいいなんて言われたことないからね、私」

「あぁ…」


だって、雑渡さんは自分の容姿を褒められることを嫌がるから。私、雑渡さんのことをかっこいいと思ってますよ?佐茂さんよりもずっとずっとかっこいいと思います。
私がそう言うと雑渡さんは嘘だ、と言った。赤い顔をして。


「もう。本当ですって」

「あぁ、そう」

「言えませんでしたけど、かっこいいです、雑渡さんは」

「どうして言えないの」

「嫌がるかと思って」

「あのね。私だって好きな子に言われたら普通に嬉しいよ」

「あ、嬉しいんですね?」

「まぁ、それなりには…」

「かっこいいです。特に目が好きです。綺麗な目」

「…そう」

「あと、口元も好きです。凄く整ってますよね」

「もう分かった。分かったから…」

「鼻筋も通っていて、おまけに形もいい。羨ましいです」

「分かったって。もう、いいよ」


こんなにも照れている雑渡さんは珍しい。悔しそうに私のことを狡い子だと言った。
カフェを出て二人で夜景を見にポートタワーに行く。田舎の小さな町とはいえ、遠くに光っている街並みは綺麗に見えた。潮風が心地いい。雑渡さんを見ると、ぼんやりと遠くを見つめていた。何となく、仕事のことを考えているんだろうなと思った。あの光を全て手にしたいとまで考えているのかもしれない。雑渡さんは案外、野心家だから。
雑渡さんにそれとなく聞いてみると、やっぱり私が思った通りのことを考えていた。きっと、佐茂さんならそんなことは思わないだろう。だけど私は雑渡さんのこういう自信に満ち溢れた一面が好きだ。そして、それを実現しようと努力するところも大好きなのだ。
雑渡さんの手を握ると、雑渡さんは笑いながら握り返してくれた。冷たい指先が私に好きだと伝えてきてくれる。私はそれに応えるように、雑渡さんに優しく笑い掛けた。


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