雑渡さんと一緒! 08


「今日は私、どこに連れて行かれるんですか?」

「辛辣な言い方をするね」

「だって、今日も強引に誘われましたから」


日曜になまえに手料理を振る舞ってもらえることとなった。これは脈があるだろうと期待したが、どうも会話の端々から察するに、やはり脈はなさそうだなと溜め息が出る。
もどかしい。付き合えそうで付き合えない。なまえは私をどう思っているのだろうか。聞きたいのに、聞くことが出来ない。好きではないと言われるのが堪らなく怖いから。
なまえを好きになればなるほど自分が変わっていくのが分かった。それも、悪い方に。随分と嫉妬深くなってしまったし、随分と弱くなってしまった。大人びた余裕のある態度を取り、頼り甲斐のある男を演じたい。初めは確かにそう思っていたはずなのに、本当の私自身を好きになってもらいたいと思うようになってしまった。こんな欲張りな思考を持つようになるとは思わなかった。誰にも理解などされたことがないのに。誰にも期待などしていなかったはずなのに。


「嫌なら断ればいいのに。優しさは時に酷なものだよ」

「じゃあ、断ったら雑渡さんはどうするんです?」

「別にどうもしない。こうして出掛けるだろうね」

「断っても意味なんてないじゃないですか」

「そうだね。残念ながら無意味な行為だね」


くすくすと笑うなまえを抱き締めたい。こんなにも近くにいるのに、それが出来ない。もどかしくておかしくなりそう。
本当は無理矢理にでも付き合いたい。だけど、そんなことはしない。泣かせたくない。なまえが大切だから。
月末の殺伐とした日常になまえの手料理と通話を得ることが出来た私は自分でも信じられないほどの仕事効率で業務を終えることが出来た。体調もすこぶるいい。こんなことならもっと早くに連絡先を交換すべきであったと心から後悔したほどだ。そうすれば、こうして一緒に週末に出掛けられなかった時も声くらいは聞くことが出来たのに。
私は連絡先を人に聞かれる、ということはあっても自ら聞くという経験をしたことがあまりなかった。だから、失念していた。女から連絡先を聞かれても絶対に教えなかったし、電話帳は仕事関係の相手ばかりだ。よって、家で携帯を開くことなどまずなかったため、なまえの連絡先を知りたいという発想に至らなかった。実に惜しいことをしたと思った。惜しいといえば、強引にデートに誘えば来てくれるのならば、もっと早くから強く出ればよかったと思った。無駄な週末を過ごしてしまったことを後悔したし、逆になまえは他の男にも強引に迫られてしまえば誰とでも出掛けるのだろうかと心配にもなった。どうしたらなまえに好かれるのだろう。どうしたら私だけを見てくれるのだろう。どうしたらこんな曖昧な関係に終止符を打てるのだろう。その疑問の答えを得ることは未だに出来ていない。結局私はなまえと一線をおいて、大人を演じることしか出来ていなかった。


「で、どこに向かっているんですか?」

「行き先は未定」

「未定。そんなパターンもあるんですね」

「逆に、どこか行きたい所ある?」

「行きたい所…あ、海が見たいです」

「海?」

「今日はいい天気なので、海が見たいです」


海ねぇ…と高速を走らせる。海を見に行くという発想がそもそもなかった私は驚いた。高速から海が見えた瞬間になまえが嬉しそうに笑ったから。海のない県に住んでいるわけでもないから、海なんて別に特別なものだとは思っていなかった。ましてや、今は4月。海に入れるわけではない。
それでも、高速から海が見えた程度でこんなにも喜んでくれるのだから、本当にどうなまえを攻略したらいいのか分からなくなる。この子は何をしたら喜んでくれるのだろうか。
駐車場に車を停めて砂浜を歩いてみる。さくさくと軽い音を立てながらなまえは楽しそうに笑っていた。潮風がなまえの髪と真っ白いワンピースを揺らしている。細く、白い腕で髪を掻き上げながら笑う顔がとても綺麗だと思った。


「ねぇ、雑渡さん。綺麗ですね」

「うん。凄く綺麗」

「私、海なんて久しぶりです」

「ねぇ、なまえ」

「はい?」

「好きだよ」

「はい!?き、急にどうしました?」

「なんか、言いたくなって」


なまえの全てを自分のものにしたい。初めて会った時、そう思った。それは今でも思っているけど、あの時とは少し意味合いが違う。あの時はどちらかといえば身体が欲しいという気持ちが強かった。だけど、今は心が欲しいという気持ちの方が強い。私を受け入れて欲しい。その上で私を愛して欲しい。なまえの心が堪らなく欲しい。


「ねぇ、なまえ。なまえは私のことを…」

「は、はい…」

「……いや、何でもない。そろそろ帰ろうか」

「あ、はい…」


私のことをどう思っているの、と聞く勇気などもう私にはなかった。こうして結局私はなまえと曖昧な関係を継続させてしまう。それを望んでいるわけではないけど、事実を突きつけられるくらいなら今の関係の方がいいと思ってしまう。
なまえとまた海に来ようと、そう思った。その時は少しでも本当の自分を受け入れてもらえているだろうか。好意を寄せてもらえているだろうか。願わくは、恋人という関係で。


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