かわいい弟


物心ついた頃から疑問に思うこともあった
自分の中にある記憶が前世のものなのかそれとも今、あの本当かどうかなのか分からないトリップというやつなのか、その疑問の最大の理由は私の四つ下の弟である

最初は同姓同名だと思った、そんな訳ないと自分に言い聞かせてここまで育ってきた。弟が俳優をしようがテレビに出ようがこれはもしかしたら夢なのかもしれないと。そうして生きてきたのに、おもしろいのはこの夢が全然覚めないこと



「姉ちゃん、相談があるんだけど」
「・・・・」
「おい、姉ちゃん聞いてるか?」


目の前には見覚えのある特徴的なオレンジの髪色にあの自信に満ちた顔だ。決して貶しているわけではない
返事をしないことに首を傾げて私の顔の前で手を振ったり肩を揺らしたりしてくる、やめてくれ気持ち悪くなる


「き、聞いてるからやめて、」
「はあ、だったら返事してくれ」
「ごめん」
「あのな、その、」
「話しかけてきた割には話すことがまとまってないな」
「な!そ、そういうわけじゃ、!」


昔から素直じゃないんだなと心で呟いた
私が知っている彼が本当にそのままだった喜びは言葉に表せるものじゃない、気づいた時には悶絶するくらいだったほど


「その、俺劇団に入ることになった、」


きた、ついにきたこの時が
待っていたというか、彼が高校上がったくらいから不安にもなっていた。もしかしてその通りに進まないんじゃないか、なかなかその話してくれないな、やはり夢か夢なのか、と



「姉ちゃん?」
「うん、いいと思う。がんばれ」
「応援してくれるのか、!」
「しないと思ったの?」
「・・・・すこし」


かわいい、なんだこの弟は本当に私の弟か。
眉を下げて不安そうに私を見る彼に泣きそうになった。もちろん嬉し泣きの方


「これからそこの寮に住むことになる」
「じゃあ離れ離れだ」
「そうだな、」
「寂しいの?お姉ちゃんも一緒に行ってあげようか?」
「子供扱いするな!!大丈夫だ!!」


彼はこういう扱いをするとすぐに怒る。誰だってそうかもしれないが
だって昔から彼はこっちを心配させるようなことばかりするから、一番の悩みは重度の方向音痴なことだ。寮に住むのはいいけどやっぱり寮への道は私の知っている通り分からなくなったりするのだろうか。心配すぎる


「そっかあ、この家私一人か」
「た、たまになら帰ってきてやってもいいからな」
「え、いいよ別に寂しいわけじゃないし」
「なあ!?!」
「お父さんもお母さんもたまに帰ってくるしずっと一人ってわけじゃないもん」
「・・・・」


拗ねさせてしまった。ここは可愛く「うん!帰ってきて(はーと)」って言うのが正解だったのか、でも姉にそれをされて嬉しい弟とかいるのか?現にお父さんとお母さんは忙しいけれど定期的に帰ってくるし、お土産もどっさり貰えるし、寂しくはない



「・・・姉ちゃんのバカ」
「・・・・・ウソだよ。
ずっと一緒だったのに急にいなくなるのは寂しいよ、忙しいだろうし帰ってこなくてもいいから連絡はしてね」
「毎日はできないかもしれないからな」
「うん、いつでもいい待ってる」
「ん、」


満足そうな顔してやがる。なんだこいつ私のこと大好きじゃん、シスコンか、どんなオプションだよありがとう神様


「これから一旦寮に行ってくる
夜ご飯は一緒に食べるから」
「分かった、気をつけてね」


寮に戻ると言う彼を玄関まで見送ろうと後をついていき、いざ彼が家の門から出たあとに私の脳裏に浮かんだのは方向音痴の文字だ。ここから寮までの道を彼が、一人で、歩く

無理だ、無理だ無理だ。不安に駆られた私は急いで靴を履いて家を飛び出した。


「待って!私もいく!!」
「?一人で行けるぞ」
「私も挨拶しときたいから家族として
あと、どんなとこか見てみたい」
「ただの好奇心だろ・・・」
「うん」


はあ、と分かるようにため息をついてきた。ため息をつきたいのはこっちだけど、きみが方向音痴だから心配とは口が裂けても言わないでおこう


「姉ちゃん?」
「ううん、行こうか天馬」