とある女子生徒の午後

「ジョルノって結局のところ、何者なの?」
「私だってよくしらないよ」

 言うなりパンを頬張った友達にそう投げて、私は頬杖をつき直した。ほっぺたをいっぱいに膨らませてううんと唸る女子よりも、窓の外でランニングをするブラスバンド部のほうになんとなく目がいってしまう。
 今日はムカつくくらい、晴れていた。本来安全圏であるべきの校内も、大きな窓からいっぱいに入り込む日光のせいで、それから職員室の先生たちが冷房代をケチってるせいで、眉をしかめっぱなしになるくらい暑かった。今日ばかりは南イタリアのまぶしい日差しを呪わずにはいられない。

「ていうかだからさあ、なんでそれを私に聞くワケ?」
「ナマエがジョルノの話始めたんじゃん」
「うっそお」
「最近あんた記憶喪失激しいよね」
「そうかなあ。なんて言ってた?私」

 友人が、なんてっていうか、と口ごもってから、大きいままのパンの塊を無理に飲み込む。

「ジョルノ、ジョルノ……ってボソボソ言ってたよ」

 ブラスバンド部にいるうちのクラスの子が、後輩を追い立てていた。なんだっけ、たしか、副部長とかやってるんだったっけ。帰宅部の私には、そこらへんいまいちわからないし、興味もなかった。そういえば、ジョルノも帰宅部なんだったっけ?

「……誰が?」
「あんたが」
「誰を?」
「ジョルノを」
「……そんな気持ち悪いこと言ってた?」
「言ってたっての!」
「うわ!投げないでよ!いやフツーに、カッコイイけどね。ジョルノって、ジャッポーネなんじゃなかったっけ?」
「前までキレイな黒髪だったよね」

 空き袋を的確に私の顔に向かって投げてきた短気な美術部はまだぷりぷりしていたが、でもそんな友人のことよりも、ジョルノと、そのジョルノを妙に気にする私についてのほうが気になる私は、文句を言わず、広がってぺしょりと床に落ちた袋をもう一度丸めて、狙いを定めた。ごみ箱はドアのすぐ近くだ。
 
「あ」

 中途半端に開いていたドアの隙間から見えた突然のブロンドヘアーに気を取られたせいで、またしてもぺしょりと、かわいそうな袋は床に落ちた。そして、そちらをつい目で追ってしまったせいで、ジョルノの姿を見失ってしまった。私は慌てて立ち上がって廊下を覗いた。

「も、もういないじゃん。早……」
「ちょっと、ナマエ?」
「ちょっと、私……」

 振り返ると、目を丸くした彼女と目が合った。

「私、行ってくるね。先生によろしく」
「えっ!?」

 呼び止める声を振り切って、ナマエは教室を出てすぐにある階段を駆け下りた。ジョルノはスルスルと職員室の前を通り過ぎ、正面玄関で女子生徒に声をかけられているところだった。挨拶もそこそこに、あっさりと学校から出て行ってしまった。

 今朝のHRの時にはまだ学校にいなかったジョルノは、何時間目に来たのかわからないけれど、鞄は持っていなかった。確か寮住まいだから置いてきたのかもしれない、それか、教材をロッカーにいれてるとか?私はさまざまな憶測をぐるぐるぐるぐる活発にめぐらせながら、運動場をさわやかに横切るジョルノを黙々と尾行した。昼休みが終わりかけているようで、ブラスバンド部とサッカー部はもう引き上げ始めている。うすうす感づいていたことだけれども、ジョルノはどうやら、午後の授業に出る気はさらさらないらしい。
 『ジョルノって結局何者なの』という友人の質問や私の疑問は、的確なのだ。ジョルノは普段何をどうやって生きてるのか、何を考えてるのか、そもそもホントに私たちと同い年なのか、そこらへん、ちゃんと突き止めなくっちゃあいけないという使命感を抱いて、私は運動場の固い砂を静かに静かに踏みしめる。

 ジョルノはきびきびと方向を変え、校舎の角を曲がり消えた。そうっと近づき、陰から向こうを覗く。

「……ん」

 なんだ、あいつホントに歩くの速すぎだろ。今曲がったばっかりなのに、何故いない。もしかして、つけられていることに気が付いて、走っていってしまっただろうか。
 悪いことをしたような、悔しいような、複雑な気持ちになった私は、ひんやりした白い壁に手を当てたまましばし呆然とする。





「ねえ」
「お!?」

 どこからか突然聞こえた声に思わず飛び上がった。
 聞いた事の無い声だ。これがもし高等部の先生だったら叱られる。でも、妙に若い声だったような気もする。見回しても、声の主らしき人物がどこにも見当たらない。

「君、何年?なんでついてくるの?」
「え?どこ?」

 さあどこかな、と言ったのは、頭上のジョルノだった。まさか真上に人がいるなんて到底思わず、私はまっすぐに上を見上げると首が痛いので、こっけいなことに、その場でくるくる回ってしまった。ジョルノはそれを不思議そうに見ていた。
 ジョルノはやはり私の尾行に勘付いていたようだが、そのまま走って逃げたのではなく木に登って待ち伏せをはかったのだ。かしこい、でもサルみたいと感心しながら、ぼけーっと上を見る。
 ジョルノの癖のある髪がそよそよと揺れている。そういえば、ここはほかの場所よりも少し涼しかった。ジョルノの登った木についた豊かな葉も、ささやかな風に触れてそよそよしていた。

「ねえ、こんな木あったっけ?」
「うん。で、なんでついてくるの?」
「あ、えっと……うーん、どこに行くのかなって思って」
「何年?」
「三年」
「ついてくるつもり?これからも?」
「え?うーん……どうしよっかな」
「…………」

 ふっとジョルノが落ちた。私が、ああ!と叫んだのは無駄だった。猫のように軽やかに着地したジョルノは、ぱんぱんと裾を払って私にチラっと一瞥をくれてから、またきびきび歩き始めてしまった。うーん、これは許可?それとも無視?遠ざかっていく背中に尋ねることもできず、仕方がないので……他人の振りをしたまま静かについていくことにした。後ろで授業の始まるチャイムが鳴っている。


 ジョルノは、バールに立ち寄ってみたり、ぴかぴかのフィアットにべたべた触ってみたり、他校の女の子に囲まれたりしながら、結局は飛行場の裏のベンチへたどり着いたのだった。邪魔をするのは悪いからと思って距離を開けてつけていたのだけど(他校の女子には怪訝そうな顔でじろじろ見られた)、そろそろお腹が空いてきた。そうだ、パンひとつしか食べてないものな、とお腹をおさえる。
 
 ベンチにするりと腰を下ろしたジョルノは、女の子に貢がれた包みをごそごそといじっていた。さっぱりした空き地だ、たまに、フェンスの向こう、遠くのほうで飛行機が着いたり降りたりしている。私がジョルノの正面数メートル先でジーッとそれを見ているのをジョルノは気にも留めていないようだった。
 ピンクに白い水玉の包み紙は、思いのほか雑に開けられた。テープが剥がれきれず、袋のまん中に穴が開く。ジョルノは無言のまま、さらにその中の透明な袋をびりびり破いて、淡い色のクッキーらしきものを口に運んだ。こりこりという音がこっちにもちょっと聞こえる。小さな口が動いているのはちゃんと見える。

 突然、噛むのをぴたりと止めて、ジョルノがこちらを見た。

「ねえ、君」
「ん?」
「クッキーいる?」
「いいの!?」
 
 ジョルノの返事を聞くより先にベンチへ駆け寄って差し出された袋を受け取った。すぐに、クッキーをぽいと口に放り込んだ。帰宅部最速の名は伊達じゃないのである。

 ……ところが、数回噛んでから、あり得ない違和感に気が付いた。

「……味がない」

 いろいろ考えたものの、結局私はマイルドな表現でお茶を濁した。味がないというより、砂を噛んでいるようだった。おいしいクッキーにはつきものの香ばしいバターの香りが、このクッキーには確かに全くなかった。食感が良ければまだお茶請けになりそうな感じもするが、水分が絶妙に少ないのかなんなのか、袋の中でかろうじて固形を保っているクッキーは口に入れた瞬間に涎にじんわり溶けて、海辺の砂を口に入れたらこんな感じかな、という代物だったのである。
 私はジョルノの顔を見た。ジョルノは無表情にどこか遠くを見つめている。なんてやつだ。まずいクッキーを押し付けられた私は、ジョルノにクッキーを渡したあの女生徒がなかなかの美少女だったことを思いだしていた。でも私はみんなが思っているよりもグルメなので、それ以上口を付けることなく、そっとジョルノの向こう側に袋を置く。ジョルノは遠くを見つめたまますぐにその袋をわたしの膝へ戻した。なんてやつだ。

「……いらない」
「わがまま言わないで」
「ジョルノがもらったんじゃん」
「誰でもいいんだよ、あの人たちは」

 えっそうなの、と言うとジョルノは、うん。と短く言った。

「名前、聞いてもいいかな?」
「おんなじクラスなんだけどな……ナマエっていうの」
「ぼくになんか用?」
「えっ」

 尋ねられて言葉に詰まる。確か尾行を始めた頃にはたくさん聞きたいことがあったはずなのに、それらはすっかり頭からすっぽ抜けていた。しばらくの間ジョルノについてまわって、わたしの興味はジョルノのちょっとしたプロフィールから、もっと詳しい『生態』のほうへ移ってしまったのだと思う。だから、用という用はないんだけど……とぼやくと、ジョルノは無表情のままぐいと腰を曲げて私の顔をすごく近くで覗きこんだ。息を止めてジョルノの青い大きな目を見つめ返す。目の前のジョルノが、にこっと笑った。

「変わってる」
「ん?」
「じゃ、また」
「え、顔?」

 顔が変わってるってこと?私がちゃんと聞けないうちにジョルノはすっくと立ち上がってすたすた行ってしまった。さっきより歩調が早いのがついてくるなという合図のような気がして、なんとなくついていく気がそがれてしまった。呆然とベンチに座っていると、結局ジョルノが置いていったクッキーの袋が目に入った。
 私は家族以外の他人に容姿を評価されたことがなかったので、正直ちょっとジョルノの言っている意味がわからなかった。そりゃ、私はクッキーの女の子と比べたら、つまんない顔してるけどさ。この話、友達にできないじゃん。ジョルノについていったら、まずいクッキーをもらって、顔の形を笑われました、ホラ、要約したら、なんとも変で情けない話だ。きっと誰にも信じてもらえないに違いない。
 でも、ジョルノはまずいクッキーを人に押し付けはするけれども、理由も言わず自分についてくる顔の変な女を邪険に扱わないぐらいには、気のいいヤツのようだった。私はすこしほっとして、ほっとしたらお腹がすいてきて。またまずいクッキーをつまもうと袋に手を突っ込んだのだった。


2011/06/24
ためぐちムズい
でもためぐちのジョルノは不思議ちゃんイメージがあります
2019/03/02
気に入ってるのでリメイク
人にもらったものを勝手に人にあげちゃいけません!!

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