『私は忍。忍は遊女ではありませぬ』


愚かな娘は、柔く静かに主の胸を押し返した。
大きな布団が敷かれた一室、その入口にて、少女が主の両の腕で抱かれようとした直前でのことだった。

確かに告げられた言葉は拒絶の意味以外なにも含んではいない。
彼女の主は思わぬ出来事に眉を僅かに潜めて、しかしまだ笑顔を保ったまま口を開いた。


「良いではないか。焦らすでない」


主の声は、機嫌を損ねた色を隠せてはいない。

このワノ国において"主"に歯向かうことは死罪に等しい。つまり、国に住まう人々、仕える人々が反抗すること即ち横に振る首すら無くなろうもの。

そして現に、主の目の前に立つ齢十六の少女は今にも首を無くそうとしている、立派な罪人なのだ。


「二度言わすなよ、ナマエ」


主……オロチの再度の問いかけに、ナマエと呼ばれた少女はまたしても静かに首を振る。

それによって完全に機嫌を損ねたオロチは、大層怒った。

そこで裏で控えていたナマエの同胞たちが、怒号を聞きつけて慌てて彼を宥めるべく動く。


「オロチ様! どうか、どうか情けをかけてやってくださいませ。こやつめはまだ新米故、分かっていないのでござる!」

「ええい、小賢しい! こやつは流せ!!」

「そんな……!」


同胞の弱々しい声と、主の怒号がけたたましく響く。
しかしそんな中で、事の発端であるナマエは顔色ひとつ変えることなくそこにいた。

恐怖故か、過ちを理解し動けなくなったか。いや、そんな感情を彼女は持ち合わせていない。とうの昔に捨てたのだ。


「今すぐ奴を流せ! 死罪にしないだけ有難いと思え!」


オロチがそう言うと、屈強な男たちがナマエの体を押さえる。

ナマエは死罪の次に重い流罪を言い渡されたところで、動揺すら表に出さなかった。


「(オロチ様は何故、機嫌を損ねられたのだろう……)」


そして、分かっていなかった。
幼さ故、そして生まれてより敷かれた道によって感情乏しく育ったためか、酷く彼女は機械的なのだ。


「(忍風情とオロチ様が添い寝するなど、威厳を傷付けてしまうのに)」


言葉が足らない。
たったそれだけのこと。

しかし、決まった罪をなかったことにしてもらおうなどナマエは考えない。

ナマエはそんな少女だった。


前へ次へ