「バイタル危険域です! 強制ログアウトを───」

「ダメよ!」
 厳しい声の鞭に研究員の伸ばされた手が止まる。デュエルの観戦を邪魔されたのが余程癪に障ったのか、クイーンはその場にいた全員に向かって声を荒げた。
「被験者がこのデュエルに勝とうが負けまいが関係ないの! このデータを《エルピス》に転送し続けなさい!」
 それ以外は全て無駄な仕事だと言わんばかりの勢いのままクイーンが立ち上がると、ハイヒールをゴツゴツ鳴らしてなまえの生体管理をしているブースに歩み寄る。
「あなたたちはもう帰りなさい。これは命令よ」
「しかし……」
 口を挟もうとした研究員も、クイーンに睨まれればすぐに口を噤む。何人かが顔を見合うなり、諦めたように席を立つ。ゾロゾロとモニタールームを出ていく医療研究員達の背中を見送ると、クイーンは心電図を一瞥して鼻で笑った。



 ひどく意識が冴えている。
 どのカードをどう使えばいいか、なにを召喚して何に繋げればいいか。まるで自分自身がAIプログラムになったかのように、全てが見えているような気さえする。
 だけど猛烈に眠い。まるで何日も徹夜をし続けたあとにカフェインを摂取したような感じ。視界が震えるのは、眼球が裏返って睡眠を欲しているから。アバターにあるはずのない心臓が早鳴っている。呼吸をしても酸素が肺に届かないような、そんな不快感の中で、ただ目の前に立つリボルバー、───アバター越しに見つめ合う了見にだけ集中する。
 自分が一番よく分かっていたのかもしれない。あなたを傷付けてしまうと分かっていて、こうするしか出来なかった。だからまだ眠ってはだめ。せめてこのデュエルが終わるまで、私は了見の前で『私』でいなくては。


「勝負よ、了見!」
 フィールドには3体のシャドールが並んでいる。リボルバーのフィールドには《シェルヴァレット・ドラゴン》が1体と、リバースカードも1枚だけ。召喚を行ったメインフェイズで発動しなかったが、きっとこれから攻撃すればあの伏せカードが何なのか分かるだろう。
「(エルシャドール・ネフィリムには、バトルでダメージ計算を無視して特殊召喚モンスターを破壊する効果がある。リバースカードが破壊耐性系だったとしても、ネフィリムなら確実に壁を除去できる…… だけど、アノマリリスとシャドール・ネフィリムのダイレクト・アタックだけではライフを削り切れない。ここは……)」
 なまえがチラリと目を向けた方向に、リボルバーはモンスターの攻撃順が決まったかと察する。そして思った通りの動きをした。
「《エルシャドール・アノマリリス》で、《シェルヴァレット・ドラゴン》を攻撃!」

「っ……!」
リボルバー(LP:2700)

「《シャドール・ネフィリム》でダイレクト・アタック!!!」
「ぐぅ……!」
リボルバー(LP:1500)

 あえて石橋を叩くつもりで攻撃力の低いシャドール・ネフィリムの方から攻撃させたが、リボルバーは伏せカードを発動させなかった。ならば最後に発動するのか……? まさかリボルバーほどのデュエリストが、無意味なブラフなどをするような男ではないと、なまえが一番よう理解している。
 ───だけど、もう時間もない。

「終わりよ、《エルシャドール・ネフィリム》! ダイレクト・アタック!!!」

 最後の一撃がリボルバーに迫る。これが通れば終わり…… そんなことを考えれば、大体ひっくり返されることくらい分かっていた。

トラップカード《魔法の筒マジック・シリンダー》発動!」

「───!!! 《魔法の筒マジック・シリンダー》?!」
 ヒ、と息を飲むより先に跳ね返された攻撃がなまえを直撃する。
「キャアァ……!」
なまえ(LP:1200)

「う、く……」
 朦朧とする意識を奮い立たせ、なんとか背を伸ばす。まだ立ち向かえるのを見て安心したような目をしたリボルバーを、なまえは見逃しはしなかった。
「(まだ、……まだダメ、……お願い、私の肉体なら、了見のために死なないで)」
 何ともないフリをする。手をかざして手札を出せば、なまえは何枚かに目を通した。
「《魔法の筒マジック・シリンダー》は想定外だったわ……」
「お前の《激流葬》もな」
「ふふ、」
 リボルバーに目を向けたまま、なまえはカードに触れる。
「リバースカードを3枚セットする」(手札4→1)

「ならば……《シェルヴァレット》の効果発動! 戦闘で破壊されたターンのエンドフェイズに、デッキから《シェルヴァレット》以外の《ヴァレット》モンスターを特殊召喚する。私は《マグナヴァレット》を特殊召喚!」

《マグナヴァレット・ドラゴン》
 (★4・闇・攻/ 1800→1100)

「さらに墓地の《デリンジャラス・ドラゴン》の効果! 自分フィールドに《ヴァレット》モンスターが特殊召喚されたたとき、このカードを特殊召喚する!」

《デリンジャラス・ドラゴン》
 (リンク2・闇・マーカー/↑↓・攻/1600→1900)

「……、」
「これらはモンスター効果なので《アノマリリス》の効果を受けない。……《ミドラーシュ》を下げたのは間違いだったようだな」
 く、と唇を噤んだ。それでも《アノマリリス》がいる限り《リボルブート・セクター》の特殊召喚の効果は使えない。それだけでも充分、と自分に言い聞かせた。
「……ターンエンドよ」
なまえ(手札 1/ LP:1200)


「私のターン、ドロー!」
(手札1→2)
 待ち構えていたリボルバーのメインフェイズ切り替えに、なまえが目を鋭くする。

「永続トラップ、《影依の偽典シャドールーク》発動!」
「……!」
「これは墓地の《シャドール》を含む融合素材を除外し、融合召喚するカード! この効果はエクストラデッキからの特殊召喚なので、《アノマリリス》の効果の対象にはならない! ……ただし、この効果で特殊召喚したモンスターは直接攻撃できない」


『また相手ターンに融合かよ!』
 頭を抱えて『うそだろ』と慌てふためくアイ。流石のプレイメーカーも「恐ろしいデッキだ」と返した。


「私は墓地から2体の闇属性、《シャドール・ビースト》《シャドール・ハウンド》を除外! ───融合召喚! 再び現れよ、《エルシャドール・ミドラーシュ》!!!」

《エルシャドール・ミドラーシュ》
(★5・闇・攻/ 2200)

「さらに《影依の偽典シャドールーク》の効果! この効果で特殊召喚したモンスターと同じ属性を持つ相手フィールドのモンスター1体を選び、墓地へ送る事ができる」
「……! くっ」
「私は《マグナヴァレット》を破壊!」

 フィールドがまたモンスター1体にされたリボルバーの前に、4体ものシャドールが並ぶ。圧倒的に不利な状況に加え、動きもどんどん制限されていく。

「《エルシャドール・ミドラーシュ》……そして《エルシャドール・アノマリリス》。これで私はこのターン、特殊召喚は1回のみしか行えず、魔法と罠による手札・墓地からの特殊召喚も行えないというわけか」
 自分の置かれた状況が分かっている割に、リボルバーは淡々としていた。そしてなまえ自身、この程度では彼を抑えされないだろうと感じながらも、どこまで巻き返してくるのか期待してしまう自分の存在に気付いている。
 視界が揺れる。もう随分前から。なまえにとって初めての体感型デュエルであることに変わりはないが、あのトラップカードでの一撃は、今のなまえにとっては充分すぎるほどのダメージを与えていた。ピントが合わない目を細めて、なんとかリボルバーの顔を見続ける。……このままでは───


「それだけあれば充分だ! 私は手札から、魔法マジックカード《龍の鏡ドラゴンズ・ミラー》発動!(手札2→1)
 自分のフィールド・墓地からドラゴン族モンスターを除外し、エクストラデッキからモンスターを特殊召喚する! エクストラデッキからなら、《アノマリリス》の効果対象にはならない。
 私は墓地の《スニッフィング・ドラゴン》、《ゲートウェイ・ドラゴン》を除外!」

「(……! 融合?!)」

「─── 雄々しき竜の猛き憤怒! 2つの禍根は、今ひとつとなる! 融合召喚!!! 現れろ……
 《ヴァレルロード・フュリアス・ドラゴン》!!!
 (★8・闇・攻/3000→3300)

 《ヴァレルロード・フュリアス・ドラゴン》の効果! このモンスターが召喚に成功したとき、自分フィールドのモンスター1体と、相手フィールドのモンスター1体を選択して破壊する!
 私は《ヴァレルロード・フュリアス・ドラゴン》を破壊し、《エルシャドール・ミドラーシュ》を破壊!!!」

「な……!!!」
 召喚したばかりの《ヴァレルロード・フュリアス・ドラゴン》を破壊してまで《ミドラーシュ》の特殊召喚制限を解除したリボルバーに、なまえは口を閉じることができない。
「……く! でも、《エルシャドール・ミドラーシュ》が墓地へ行ったことで、私は墓地から《魂写しの同化ネフェシャドール・フュージョン》を手札に加える!(手札1→2)

「墓地の《ヴァレルロード・フュリアス・ドラゴン》の効果! このカードを除外する事で、墓地の闇属性リンクモンスターを特殊召喚する! モンスター効果なら《アノマリリス》の効果は受けない!
 《リローダー・ドラゴン》を墓地から特殊召喚!

リンク2・《リローダー・ドラゴン》
 (リンク2・闇・マーカー/←→・攻/1800→2100)

 《リローダー・ドラゴン》の効果! このカード以外のリンクモンスターのリンク先に手札から《ヴァレット》モンスター1体を特殊召喚する!私は手札の《シェルヴァレット》を、《デリンジャラス・ドラゴン》のリンク先に特殊召喚! ただしこのモンスターはリンク素材にすることはできず、ターンの終わりに破壊される(手札1→0)

《シェルヴァレット・ドラゴン》
 (★4・闇・攻/1100→1400)

 ───現れろ、我が道を照らす未来回路!
 召喚条件はドラゴン族2体以上! 私はリンク2《デリンジャラス・ドラゴン》とリンク2《リローダー・ドラゴン》をリンクマーカーにセット! サーキット・コンバイン! リンク召喚!!!

リンク2《ソーンヴァレル・ドラゴン》!
 (リンク2・闇・マーカー/←↓・攻/1000→1300)

 自身の効果によって蘇生していた《デリンジャラス・ドラゴン》は、フィールドから離れたときゲームから除外される。……だが、《ソーンヴァレル・ドラゴン》の効果! このモンスターが召喚に成功したとき、相手フィールド上のモンスターを1体破壊する!」
「な……!」
「《シャドール・ネフィリム》を破壊! そして《ソーンヴァレル》がこの効果で破壊したモンスターがリンクモンスターだった時、そのリンクマーカーの数だけ、手札、または墓地から《ヴァレット》モンスターを特殊召喚することができる!

 《シャドール・ネフィリム》のリンクマーカーは2! よって私は墓地から《シルバーヴァレット》と《アネスヴァレット》を呼び戻す」

《シルバーヴァレット・ドラゴン》
 (★4・闇・攻/1900→2100)
《アネスヴァレット・ドラゴン》
 (★1・闇・攻/0→300)

「《シャドール・ネフィリム》の効果により、このカードが破壊されたことで、私は墓地から《影依の偽典シャドールーク》を手札に戻す」(手札2→3)

「だがもう遅い。再び現れろ、我が道を照らす未来回路!
 召喚条件は効果モンスター3体以上! 私は《シルバーヴァレット・ドラゴン》《アネスヴァレット・ドラゴン》、そしてリンク2《ソーンヴァレル・ドラゴン》をリンクマーカーにセット!
 ─── 閉ざされし世界を切り裂く我が烈風! リンク召喚! 現れろ……

リンク4《ヴァレルソード・ドラゴン》!!!
(リンク4・闇・マーカー/↑←↙↓・攻/3000→3300)

 《ヴァレルソード・ドラゴン》の効果! 1ターンに1度、攻撃表示モンスター1体を守備表示にすることで、このターン、このカードは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃できる! 私は《シェルヴァレット》を守備表示に変更!

《シェルヴァレット・ドラゴン》
(守/2000→2300)

 この瞬間、《シェルヴァレット》の効果! このカードを対象とするリンクモンスターの効果が発動したとき、このカードを破壊する。そしてこのカードが存在していたゾーンと同じ縦列のモンスターを破壊し、破壊したモンスターの隣にモンスターがいた場合、それらも破壊する事ができる!!!」

「───!!!」
 《シェルヴァレット》はエクストラゾーンの《ヴァレルソード》左下アンカーにリンクするモンスターゾーンに配置されている。……つまり5つ並びのモンスターゾーンの真中。その縦列並びには《エルシャドール・アノマリリス》が、そして右隣に《エルシャドール・ネフィリム》が。
「まさか、このモンスター全壊のためにエクストラゾーンの《シャドール・ネフィリム》を先に……!」
 呆気なく4体のシャドールがフィールドから排除された。それも、特殊召喚を限界まで制限された状況で、たった2枚の手札だけで。歴然とした力の差を前にして、なまえは軋むまで奥歯を噛み締める。
 2体のエルシャドールが墓地に行っても、墓地にはもう《シャドール》魔法・罠カードはなく、リクルート効果も使えない。

「終わりだ。……《ヴァレルソード》の攻撃!!!」




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