Ride Me Like A Roller Coaster
「兄様! なまえも早く!」

 大声ではしゃぐモクバに振り返る通行人、なんてものはここには居ない。この3人が遊ぶのに滞りなく運営できるだけの、最小限のスタッフがいるだけ。
「アイスでも食べるか?」
「ブルーアイズのカップに入ってるアレ?」
「フン、コーンもあるぞ」
「いらない」
 自慢げに言うことじゃない。少し呆れ気味に見渡せば、右からブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ、海馬瀬人、ブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ、ブルーアイズ。海馬コーポレーションは青眼の究極竜ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴンを何体召喚するつもりなのだろうか。

 海馬ランド、と言うよりは青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンランドという方が正しい様相を呈している。

 今日はその海馬ランド、アメリカ第1号園のプレオープン前日。……丸一日かけて視察とメンテナンスをするという名目で、なまえは海馬とモクバに連れ出されていた。


 ことの始めはほんの些細な会話。アメリカで海馬ランドを開業した記念に、そしてパラディウス社による海馬コーポレーションの株価格操作の影響を払拭する意味合いも兼ねて、デュエル大会を開催しようと海馬が画策していた時の事だった。

「遊園地かぁ、……実は行ったことないのよね。そういうところ」

 ついポロっと溢したとはいえ本当の事だった。父親が健在の時は人混みに連れて行ってもらえなかったし、家族と疎遠になれば尚更行く機会などなかった。

 それが普通くらいに思っていただけに、それを聞いた時の海馬とモクバの顔にはこっちまで驚かされた。「鳩が豆鉄砲食らった」とかのレベルではない。「ライフポイント100しか残ってないのに相手が三幻神を召喚してきた」レベルの顔をするものだから、まるで自分が異星人か極悪人かのような錯覚までしてしまう。

「え、な、……なんか、問題あった?」
「17歳にして遊園地未経験、だと……」
「兄様、なまえは想像以上にヤバイぜ……」
「え、ちょっと、2人とも……?」



「なまえ! ポップコーン一緒に食べよーぜ!」
「いいわよ」
 海馬の提案はすぐに蹴るくせに、モクバにだけは甘いなまえに海馬はムスッと口を噤む。
「見ろよ! これ、ブルーアイズの口がカップになってるんだ」
「わ〜、カッコいい!」
「嘘をつくな、嘘を」
 しゃがみ込んでモクバと目線の高さを合わせていたなまえの頭をワシワシと撫でる。今朝方湿度が高かったせいで、前髪をセットするのに時間が掛かっていたのを知っての所業だった。

「なにすんのよ」
「オレのブルーアイズをコケにした当然の報いだ」
「モクバ君が好きなブルーアイズと瀬人が好きなブルーアイズは別なの」
「フフン、やきもちなら素直にそう言───

 言ってる途中で蹴っ飛ばそうとしたけど避けられた。たまになんでこんな男好きになっちゃったんだろうって本当に自分の事を疑う。
「まあまあ、兄様もなまえも、今日はケンカしない約束だろ?」

「「別に毎日喧嘩してるわけじゃ ないぞ」ないわよ」

「……」「……」

「いつもなまえが」「だって瀬人が」

「……」「……」

 ぱちぱちと小さく火花が散る。こんな広い場所でこんな状況でどっちかが折れるには、どっちかが相手を折るしかない。
 デュエルディスクは着けてはいないものの、前提として海馬ランドにディスクもリングも無いわけがなかった。

「「デュエ……!」」

「約束を守れないならオレは帰る───」

「瀬人、私いろいろ乗ってみたいわ」
「フン、いいだろう。あとでアルティメット・コースターにも乗ってくるがいい」

 モクバの「帰る」を前にした途端、カップルらしくくっ付いて腕を組むなまえと海馬。喧嘩なんて最初からしてませんでしたよ、みたいな青い顔でモクバを覗き込む2人に、とりあえずは機嫌を直して見せてやろうとモクバは笑った。



「高い高い高い高い高い高い高いムリムリムリムリムリ!!!!!!!!」

 真っ青な顔でガクガク震えるなまえが、他に頼れるものがないとばかりに隣のモクバの手をしっかりと握る。
「お、おい、ただの空中ブランコだぜ。これでビビってたらローラーコースターなんて乗れねぇぞ」

 「そもそも遊園地なんて初めて」というなまえを慣れさせようと、モクバと一緒にお子様向けの空中ブランコへ挑戦してみたはいいものの、チェーンベルトをしただけのリフトチェアが地上5メートルないくらいに引き上げられただけで悲鳴をあげるなまえにモクバが不安を覚えた。

 肝心の海馬は、柵の外で双眼鏡片手に2人を遠巻きに眺めている。

「チッ、綿の白か。色気の無い…」
「聞こえてんぞこのヤ───
 ブザーと共に回転を始めるブランコ。

「イヤァァァァアアア!!!!!」
「あっははははは!!!」

遠心力で体が斜めになるまで回されて、笑い声を上げるモクバの横でなまえは悲鳴を上げた。

「フン、ブザマだな」
 いつものあのツンケンした顔はどこへやら。モクバにしがみ付いて目を閉じるなまえを海馬は鼻で笑いながらも、磯野にしっかりとビデオカメラを回させていた。



「アアアァァァァ───!!!」
「ヒャッハハハハハ!」

「キャアアアアァァァァ!!!」
「あはははははは!!!」

「イヤあァァァァ!!!!!!」
「ハハハハハハハハ!!!」


「ハア、ハァ、……ハァ、ハァ、」
「なまえ、大丈夫か?」

 デュエルで散々叫んでる所は見てきたが、流石に残りの一生分くらい叫んでるんじゃないかってくらい絶叫するなまえをモクバが覗き込む。
 まあ絶叫する割にはちゃんとモクバに付いて行ってちゃんと乗るから、意外と大丈夫なのかもしれない。

 3次元的に回転しまくるメタモルポッドだとか、高速でシャッフルされるマジカル・シルクハットだとか、遠心力で物言わせてくるタイプの融合だとか、とにかくモクバの好みは三半規管にダイレクト・アタックしてくるものが多い。
 なんかもう内臓ひっくり返されまくったせいか、途中で悟りの境地に至って「あ、ちゃんとインダストリアル・イリュージョン社から版権許諾取ってるんだな」(呆然)(©表記を発見)(白目)って瞬間まであった。

「少しはアトラクションに慣れたか?」

 ベンチに座っていたなまえに、海馬が缶ジュースを2本持って来て差し出した。モクバはすぐ1本を受け取って、嬉しそうに開ける。

「なんで瀬人は外野で見てるだけなのよ」

 なまえもジュースを受け取って缶を開ける。オレンジとパッションフルーツのミックスフレーバーが、口の中だけをやたらハイテンションに演出してくれるが、三半規管はそれどころの騒ぎではない。
 それより途中から海馬自身がビデオカメラ回してるんですけど。あなたにはそういう所の自分のキャラクターブレないで欲しかったわ。

「そうだよ、せっかくだし兄様となまえでアルティメット・コースター乗ってくればいいのに」

 パッと明るく笑うモクバに海馬は頷きかけた。その一瞬の躊躇いをなまえは見逃したりはしない。

「……アラ? 瀬人、もしかして絶叫アトラクション苦手なの?」
「真っ青い顔でよくそんな事が言えたな」

 ビデオカメラを一度切ると、遠巻きに見ていた磯野に目配せして取りに来させる。両手が空いたところで海馬は腕を組むと、嫌味ったらしく長めに鼻で笑った。

「言っておくがアルティメット・コースターはアメリカでの安全基準ギリギリに則して作られた、最速にして最長、そして最高高度を誇る世界でも1番スリルあるジェット・コースター…… 日本のヌルいアトラクションなど比ではない。
  それを遊園地初心者である貴様が乗りこなせるとは思えんな。サレンダーするなら今のうちだぞ」

「フン、ここまで来たら乗ってやるわよ。瀬人こそ自分で作っておいて自滅しないよう、その辺のサイバーポッドで準備運動してきたら? まさか遊園地未経験の私の前で、海馬コーポレーションの社長さんが情けない姿なんか晒したりしないわよね?」

「(いつからデュエルみたいになってんだろう……)」
 モクバはもう何も言わない。煽り合いをしてバチバチに火花を散らしてるけど、これで好き合って交際してるんだから凄いよなぁ……と小学生ながらに思う。むしろ呆れている。
 もうちょっと素直に認めて、プライベートな時間くらいカップルっぽい事すればいいのに。



「じゃあ、オレは磯野と見てるから」

 問題のアルティメット・コースターとか言うライド・アトラクション施設前。身長と年齢の制限でモクバはまだ乗れない。頼れる……というか、手を握れる相手が居なくなって、なまえは既に真っ青な顔でブルブル震えながら海馬のコートの裾をしっかりと掴んでいた。

「いや、アレおかしいでしょ」

 てっきりよくあるパークの背景的な山だと思っていた断崖。その山のさらに上まで、そのライドレールは伸びていた。
 約103メートルの高低差と最高時速210キロ、体感負荷は4.3G。椅子と固定バーだけで足場は無しという、吊り下げタイプ。何が楽しくてそんなものに乗るんだよ。

「どうした? おじけ付いたか?」
 涙目で震えるなまえに海馬の加虐心が擽られる。
 生命の危機すら感じて冷や汗が止まらない彼女、それを見てご満悦の笑みさえ浮かべる彼氏。普通ならここでビンタされて振られるぞって誰かこの男に言ってほしい。
 この際コートの裾が皺になったってなまえの知った事ではない。こういう肝心な時にエスコートも手を握ることすらもしてくれない海馬の代わりに、せめて掴めるところを掴んで足を進めた。


『シートにお座り下さい』

『安全バーが降ります。係員が確認しますので、そのままお待ち下さい───』

 腰と胸部だけの安全装置に、自転車のサドルのようなものに跨るだけの椅子。もちろん足場なんてものはなく、殆ど身体を吊り下げた状態。

「せ、瀬人、……負けました。ごめんなさい。だからお願い、せめて手だけでも繋いで」

 まだ乗っただけで動く前ではあるが限界だった。涙目で隣の海馬を見れば、涼しい顔で腕を組んでいる。……こういう時は大体「見て楽しむモード」だ。あからさまなまでに手を差し伸べてくれる気配もない。

「瀬人のバカ……!」

 ガクン、と大きく跳ねてからゆっくりと動き出す。「ヒッ」と小さく上げる悲鳴にも、海馬は余裕たっぷりに鼻で笑うだけだった。

 ガクガクと震えるのは自分のせいだけではない。ゆっくりと103メートル頂上までほぼ垂直に登りはじめるレールの振動に、たまたまなまえの青い顔がマッチしているだけ。
 もう恐怖に声すらも出ないなまえを、先の見えない頂上が待ち構えている。頂上近くになるにつれ、ぶら下がる足先を掴む風が強くなってきた。
 ただ無力ながらに安全バーを掴む。上だけ見て、下は見ない。横も見ない。海馬なんかもっと見ない。これが終わったらビンタして別れてやる!!!

「なまえ」

 安全バーを掴んでいた手に海馬の手が触れた。
「う、うう……」
 ぼろぼろと涙を溢してその手を握る。海馬の手を握れるなら、安全バーを握るよりも安心できるから。

「なまえ、こっちを見ろ」

 やっと半分くらいを登ったあたり。まだ半分を登る時間が残っている。
 海馬の目を見れば途端に我慢していた涙がもっと溢れて、パニック寸前の喉をしゃくり上げた。

「ゆっくり深呼吸しろ。オレが居る」

 声が少しも出ない。体が勝手に震えていて、頷いてるつもりでもそれが海馬に伝わっているのかさえ不安になる。

「吊り橋効果を知っているな?」

「……は?」

 フッと笑う海馬の顔に気を取られて、ガクン、と一度大きく揺れて止まった機体に少しも気付かなかった。

「愛してるぞ」

 けっこうギリギリまで伸ばしていた腕を引かれて、指先に「ちゅ」と唇が当てられる。その瞬間頂上に心臓を忘れたまま、信じられないくらいのスピードで垂直に急降下した。


「はァァァァァあああああ───?!!!」


「そういえば兄様が素直になまえに好きって言うのって、大体命の危機がある時だけだったよな」

「は、ハァ……」

 双眼鏡を下ろすと、モクバの呆れた顔が現れた。ビデオカメラを回してた磯野は、社長の意外な側面を副社長から聞かされて、何と返事したらいいものか分からずに言葉を濁すしかできない。

「オレの今のところ、カットだぞ!」
「は、ハイ!」



 機体が戻って来たところにモクバが駆け寄る。案の定白い顔で半分失神してるようななまえに、「大丈夫か?」以外に掛ける言葉が見つからない。

「川の向こうでブラック・マジシャンに似た人が手を振ってた」

「それは多分今言っちゃマズいやつだぞ」

 安全装置が外されフラフラと立ち上がるなまえの腕を、海馬が掴んで支えた。
「あッ、ご、……ごめん」
 倒れそうになるなまえとは対照的に、海馬はいつもの涼しい顔で、とくに髪や服も乱れていない。本当にどうなってるんだろうこの人。

 ふと目が合えば、バクバクとまだ激しく鼓動する心臓に頂上で言われた言葉が反響して思い出された。

『吊り橋効果を知っているな?』

『愛してるぞ』

 バッと顔を赤くするなまえに、海馬が勝ち誇ったようにフフンと笑う。掴まれていた腕を振り払うと、逆に海馬の腕を掴み返してやった。

「上等じゃない、今度は私のターンよ。瀬人、もう一回乗るわよ!」

「えぇ?! も、もうよした方がいいぜ」
 止めに入るモクバを海馬が制した。

「良いだろう。磯野、スタンバイさせろ」



「私だって愛してるわよバカァァァァァァァァ!!!!」
「ワハハハハハハ!!!!」



「やってらんないぜ」
 カメラを回す磯野の横でアイスクリームを食べるモクバ。コースターが設置された断崖に反響して、意外と絶叫の内容が園内に筒抜けになっている事を、海馬は知っててなまえに伝えなかったらしい。

 もちろん後々なまえも知ることになるのだが、結果的にKCグランプリが開催される前日まで、なまえは海馬ランドに近寄りもしなかった。



 2020.01.16 サイト2周年記念 / まこと様へ



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