青眼の白龍のモニュメントがそこら中に建てられた広場に、大きく“KAIBA LAND”と描いたネオンライトを掲げる巨大なゲームセンター。広々としたエントランスホールで、遊戯たちは携帯電話を手にしたモクバの前にいた。
 モクバが携帯を切ると、遊戯はその顔色を伺う。

「本当はデュエルリングは3ヶ月先まで予約がいっぱいなんだけど、……今回は特別だぜ。」
 しょうがないなあと言った様子で両手を腰にやって笑うモクバに、一同の空気は緩まった。
「ありがとう!」
「礼なら兄様に───…」
「さっ 早く案内して!」
 モクバが言い終わる前に、遊戯たちを押しのけてレベッカがモクバの前に割り込んだ。

「Let’s Go! Hurry up!」

 モクバも一目で「勝てない」と判断したらしく、すぐ近くにいた黒服に案内を任せた。
「あとは頼んだぜ。」
「はい。」

 先導するはずの黒服よりレベッカがズンズン進んでいく。それを半ば諦めたように双六や城之内達が後を追うのを、遊戯は留まってその背中を少しだけ見送る。
「モクバ君、あの、……海馬君ほかに何か言ってなかった? …その、」
「なまえなら、……まだ起きてないらしいんだ。」
 少し気落ちしたような顔の遊戯に、モクバは複雑な思いを抱く。

「ごめん、遊戯。オマエらが助けてくれたこと、オレは本当に感謝してる。……だけど、オレ達のせいでなまえがああなって、本当に悪かった。だからなまえのことは、いまは兄様に任せてほしいんだ。」
「モクバ君……」
「…なあ、オレがペガサスにされたように、なまえも魂を取られちまったまか?」
 原因を探るようなモクバの目に、遊戯は視線を落として千年パズルに触れた。

「(じいちゃんやモクバ君、海馬君の魂をカードから解放したのはきっとなまえだ。だけど、なまえは闇の力を使えないって言ってた…… 千年秤を使ったあとは、いつも苦しそうにしていたし……
 もしかしたら、なまえにとって千年秤を使うことは、かなりリスクがあるのかもしれない。分かっていてそうしたなら、なまえは───
 千年アイテムの事は、僕にはわからない事だらけだ…… なまえのことも。)」

 長いこと黙っていた遊戯が顔を上げると、難しそうな顔のモクバが答えを待ち構えていた。遊戯は少し躊躇ったあと、やっと息を吸う。

「大丈夫だよ。なまえが倒れる前に、ペガサスの魂を奪う力は無くなっていた。それに、海馬君やモクバ君を助けたのはなまえの意志でやった事なんだ。」
「それがよく分かんねぇよ……」
 励ますつもりで言った言葉に、モクバは余計に顔を曇らせた。遊戯が困ったような目で見るので、モクバは顔を背けてしまう。

「オレはあの島でなまえに会ったのが初めてだった。兄様だって、なまえのことを知ったのは島に行く直前だったって…… ほとんど無関係だったオレ達のために、どうしてなまえは自分を犠牲にしたんだ……?」
「モクバ君……」
 遊戯がなんて返すべきか思案していると、城之内が駆けてきた。レベッカが対戦相手の不在にまた怒っていると聞き、遊戯の眉間のシワは深くなる一方だ。

「ごめんモクバ君、僕行かなくちゃ……」
「いいんだ。オレの方こそ…こんな事。じゃあ、頑張れよな!」

***

「ちょっと! 全米チャンピオンをいつまで待たせる気?!」
 レベッカに手こずっていたであろう双六や本田が、げっそりした顔で遊戯に振り向く。遊戯は先に双六達に小さく「ごめん」とポーズを取ると、レベッカに向き直った。
「待たせてゴメン、レベッカ。僕が相手になる。」
「ふん、いいわ。真偽がどうであれ、あのデュエリスト・キングダムを制した遊戯なら、アタシの相手に不足はないわ。もっとも…天才デュエリストであるこのアタシに勝てるとは到底思わないけどね。」

「なんだあのチョ〜生意気な態度は」
 遊戯の横で歯ぎしりする城之内には一切目もくれないで、レベッカはデュエルリングに上がって行く。遊戯もこれ以上待たせて機嫌を損ねまいと、自分のリングに駆け上がって行った。

「あ〜あ、いいのかな〜?」
 遊戯とレベッカのデュエルブースが稼働し、広大なフィールドを挟んで対峙したところで、レベッカは声を上げた。
「なにが……?」
 不満げな遊戯に、レベッカは抱いていたクマのぬいぐるみと一緒に笑う。
「あのねぇ、何度も言うようだけど、アタシ全米チャンピオンなのよ。天才なんだから! ねぇ〜テリーちゃん。」

「(あの少女…… 本当の目的はなんじゃ? なぜそこまでブルーアイズに拘る。)」
 その真意を探るようにデュエルリングに立ったレベッカを見る双六をよそに、遊戯とレベッカのデュエルは始まった。

「「デュエル!」」

***

 磯野の腕時計の、小さなアラーム音が鳴った。部屋の外ではあったが、それは海馬の耳にも届いている。
 海馬はため息まじりに、ベッドに流れるなまえの赤い髪に少しだけ指を絡めた。人差し指の背で僅かに頬を撫で、反応が無いのを確認してから他の指も続けてひと撫でする。

 部屋の外の磯野がノックしようとしたところで、「聞こえている。少し待っていろ」と部屋の中から海馬の声がした。

 海馬はシーツを捲り、なまえの片手が握ったままの千年秤を覗き見た。白いシーツに薄水色の病衣の中で、不釣り合いな黄金のそれは異様なまでに輝いて、黄色い反射色をベッドの中にぶちまけている。

 無性にこれが気に入らなかった。海馬はオカルト嫌いではあったにしろ、なまえの持つ千年秤やペガサスのミレニアム・アイ、遊戯の千年パズル……とにかく、この黄金でできたアイテムの全てに嫌悪感さえ抱いていた。
 海馬は無意識に、千年秤に手を伸ばした。
 医者や看護師たちがどうやってもなまえの手を放すことができなかった千年秤に、海馬は挑もうという気になったのだ。……これが手の中にあるかぎり、彼女が目覚めないような気がして。

 だがその息を飲むような挑戦は、意外なほど呆気なく終わった。
 なまえの手に吸い付いていたような千年秤は、なんとも簡単になまえの手から抜け出たのだ。……まるで、千年秤が海馬の手を取ったように。
 海馬はあっさりとなまえの手から千年秤を奪えた事に安堵する一方で、意外な形で自分の手の中に舞い込んだ千年秤に戸惑いも隠せなかった。その海馬の胸の内を見透かしたようなウジャド眼が、真っ直ぐに海馬を見つめる。

「……フン、たかがオカルトグッズ。」
 海馬はすぐにその手を離した。ベッドサイドのテーブルに置くと、なまえの顔色の方に目をやった。
 眠ったままで顔色がどう変わるかとは分からないが、静かに寝息を立てるなまえに、海馬は何故かもう大丈夫なような気がして、……むしろ彼女が目覚める前に捲った布団を直してやると、さっさと背を向けて部屋を出て行ってしまった。

 わずかに千年秤の均整を保っていた腕が振れた。


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