乾燥した荒野地帯に重い射撃音が響き渡る。

 風が細かい土を巻き上げているようで、晴天ながらその空気の色は白や黄色に見えた。平地の向こうでは土色の小高い山もあるが、木々はなく、背の低い草が所々に生えている。
 小さなテーブルが横一列に並べられている中で、なまえはそのうちのひとつの前に立ち、両手でハンドガンを握っていた。

《 Cease fire! Don't shoot!(撃ち方やめ)
 Lock gun(銃をロックしろ)
 confirms the target(各自ターゲットを確認)》

 なまえはスピーカーからの指示に従って銃をロックし、弾倉も引き抜いて目の前のテーブルに置いた。ゴーグルとイヤープロテクターも外して銃の上に放ると、グローブを外しながら後ろに振り向く。

「よくここがわかったわね。」

 海馬はあいも変わらず腕を組んで仁王立ちし、なまえを見ていた。少し距離があるとはいえイヤープロテクターも無しに平気な顔をしているところを見る限り、海馬も銃の射撃音には慣れているのだろう。

「フン…… 我が海馬コーポレーションの追跡システムを舐めない方がいい。勿論、貴様がかつて海馬コーポレーション軍事産業部の提携企業だった“みょうじテクノロジーズ・グループ”の創業者一族の出身だという事も、調べはついている。」
 なまえは一度固まったが、すぐにため息をついて海馬に向き合った。
「そんな事を言いにわざわざグアムまで?」
「なぜオレに隠していた。」
「隠したんじゃなくて、会社は完全に無関係だからわざわざ話す必要が無かっただけよ。」

 なまえは外したグローブをポケットに入れると、海馬に背を向けて約60ヤード先のマンターゲットの方へ歩き出す。腰のベルトに差した千年秤が太陽光下で見てられないほど輝いていた。
 海馬も足早にそのあとを追い、なまえの横に付いて歩く。

「まだ完治してないと聞いたが。」
「海馬傘下の病院の医者ならみんなそう言うわ。」
「……なぜだ。」
「どれについて?」
 なまえは立ち止まって海馬に向き直る。乾いた土が靴底で擦れて鳴るだけで、それ以外の応えは返ってこない。
 なまえは諦めたように風に煽られる髪を耳にかけ直し、海馬の目を見た。

「私が銃を扱うのが気に入らない? それとも、私自身が気に入らない?」
「オレは戦争の道具を作る海馬コーポレーションの経営方針を完全に転換した。軍需産業が悪だという信念があるからだ。」

「それと私に何か関係ある?」
「オレが調べ上げた事をここで羅列されたいか?」
 尋問めいてきた海馬の口調に、なまえは肩を竦めたあと、両手を上げて降参を表す。心底言い難そうに、重い唇をこじ開けた。

「……いいわ。ハッキリ言ってあげる。確かに海馬コーポレーションが祖父の会社との提携を白紙にしてくれたおかげで、母方の一族はあなたを八つ裂きにしても足りないくらい怨んでた。だけど私の実父はそれより随分前に兵器の実験で事故に遭って死んでいたから、私自身その頃には会社と接点が無くなってたの。
 父が死んですぐ母は不倫相手と再婚して義弟も産まれてたし、義父が会社を継いでから私は帰るべき家庭を失ってた。7年前に今の家とハウスキーパーだけ与えられて、文字通り独りで生きてきたの。……口座に生活費が振り込まれるくらいしか、あの人たちの生存を確認できる方法が無いほどにね。
 父と過ごした時間はとても短かったけど…父から唯一学べたこともあったわ。生きていく為には多少のスキルも必要だって。
 そう、たとえば、……コレとかね。」

 なまえはまた歩き出し、マンターゲットに辿り着くとその肩を抱き、まるで友人を紹介するような仕草を海馬に見せる。

「私の過去はデュエリストだって事実だけで充分。海馬の敵と血縁関係があるかもしれないけど、私の意思は無関係だわ。敵意も恨みも持ってないし、二心あって近付いたわけじゃない。
 信用してくれとは言わないけど、こっちに敵意がないのに警戒されたら、流石に私だって傷付くわ。
 まぁ残念ながら……母が私の知ってるままの状態なら、海馬を“彼”みたいにしたいとは思ってるだろうから、無理もないけど。」

 額の真ん中のヒットと心臓部に3発撃ち込まれた可哀想なその友人を見て、海馬は鼻で笑って耳あたりに逸れた1発の弾痕を指差した。
「……“ ブリヌイも最初の一枚は失敗する ”」
「 “最初の二枚” の間違いだな。」
「喋りすぎるなって弁護士から言われなかった?」
「貴様がペラペラ自白する女だからそう言われただけだ。」
「女は口も体重も軽めが魅力的なんじゃないの?」
「フン、そのウエストサイズで “軽め ”は見栄を張りすぎだな。」
「……、待って、何の話し?」

 本当に意味が分からなくて眉をひそめるなまえに、海馬は「さあな」とだけ返す。すぐ、デュエリスト・キングダムでの怪我の止血に海馬のベルトが使われていた事を思い出し、なまえは顔を青くして慌てふためいた。
「……! 信じられない、測ったの?!」
「……」
「ベルトを返すんじゃなかった!! 最低! どういう神経してるの?!」
「うるさいぞ」
「うるさくもなるわ!! いま私が銃を携帯してなかった事に感謝してほしいくらいね! 此処でアンタをマトにしてそのムカつく眉間を撃ち抜いてやってもいいのよ!?」
「フン、育ちはオレより悪いようだ。令嬢が聞いて呆れる。」
 悪態の応報を交わしたあと、なまえは海馬の横を通って元の場所へ戻ろうとする。だが海馬はその腕を掴んで引き止めた。

「待て。なぜだ、と聞いている。」
「それって質問なの? それとも、……私がもっと口を滑らせるのを待ってる?」
 海馬の腕を払おうとするが、力で勝てない事を知っていてすぐに諦める。…なるべく海馬の目は見たくない。本心を悟られてしまったなら、きっとハンドガンの残弾で、自分の頭を吹き飛ばしたくなる衝動に駆られるだろうから。
「…言いたいことが見えないわ。私のウエストサイズについて謝りたいなら早めに──」

「なぜオレとモクバの為にそこまでした。」
「─── !」

 なまえの腕をつかむ海馬の手に力が入る。さらに引き寄せられ、なまえと海馬の目が今日一番に近い距離で、しっかりと向き合った。

「その喋り方もだ。オレに何を偽っている。」
 心臓が砕けそうなほど震えた。必死に海馬へ向けた行動を“無かった事”のように振る舞いたかったのに、海馬はしっかりと覚えていて、いまその理由をなまえの目の奥に探している。

「あ───
「待て。まだオレのターンだ。」
 口を開きかけたところを、海馬は目線だけでなまえの口を閉ざした。強い風に砂粒がパチパチと肌に当たり、それに呼応するかの様に視界も瞬いている。
 海馬の手がなまえの腕を滑り下り、手首を掴み直した。海馬の指が脈を測ろうとしている事に気付いていても、なまえの心臓がその息を潜めることはない。

 海馬はじっとなまえの震える肌の下で、強く、そして早まる彼女の心臓の音に目を細めた。逸らし伏せられたなまえの瞳にかかる睫毛の先を撫でる風ですら、今はなまえに恐れを抱かせる。
「……もういいでしょ」
 掴まれた手首が熱い。じんわりと汗が海馬との肌の境界に滲んでいる。それでも海馬の手が解放を見せることはなかった。
 見なくても、あの青い目が静かにこちらを見下ろしている事は分かっている。土の地面に照らし返された日射が肌を焼いている。背中をつたい服に滲む汗が余計に時間を長く感じさせていた。

「オレはこれからペガサスと通じていた役員どもを集めて、オレの闘いを終わらせなければならない。……その前に、お前に直接会っておきたかった。」
 海馬は直感や憶測に対して半信半疑なタイプだ。それゆえに、科学的根拠がある結論には絶対の信頼を持つ。
「なまえ、オレを見ろ。」
「……」

 迷いを見せるまぶたに焦ったさを感じ、海馬は試すようになまえの顔に手をやって無理やり自分の方を向けさせた。
「やめ───ッ!」

 なまえの顔に汗が流れた。海馬の手の中で、彼女の首筋に張り付いた髪が脈打っている。
 その目を見て、海馬は自分の心臓が高鳴ったのを自覚した。不本意だという感情が頭にあるのに、身体がその意思を反映させる様子はない。
 なまえの手首で感じる彼女の心拍数と、自分を見つめる開いた瞳孔に海馬は結論を持たざるを得なかった。

「オレが恋愛対象というわけか。」
「!!!」

 なまえは自分の顔を支配する海馬の手を払い除けた。手首を掴んでいた手も離され、やっと海馬から後退する。
 日焼けとは違う熱さが顔を覆う。心臓が助けを求めるように胸を激しく叩き続けている。大して動いた覚えもないのに勝手に息が上がって、何ともないそぶりすら出来ない。

 海馬が与える痛みは、ブラック・マジシャンが与えた痛みとは全然違うものだった。正直言って、泣く寸前くらいまで感情が昂ぶっている。

「お前のターンだぞ。」
「……ッ! ば、バカにしないで」
 腕を組んで立つだけでも、背の高い海馬は異様に圧迫感がある。まさか身体的な反応を見て理詰めしてこられるとは思ってもいなかっただけに、なまえはどう応戦するかの策さえ思い浮かばない。

「時間切れだ。」

 「は?」と声に出して海馬の顔を見たとき、遠くから聞こえていたヘリのホバリング音が突然頭上で足を止め、凄まじい風と舞い上げられた砂に手で顔を守る。
 視野を奪われたその一瞬、海馬は片腕でなまえを強く抱きしめた。

「ちょ───」
 抱き上げられた事はあったが、お互いに立った状態で身体を密着させるなんて事は無かった。海馬の腕はしっかりと腰に巻き付かれ、強い風に煽られる髪の隙間から彼が何をするのか、なまえは呆然と思考の停止した頭でされるがままになるしか手段はない。

「暴れるな。」
 落ちるぞ、と耳元に息が掛かれば、そんな脅しでなくてもなまえは身体を竦める。
「ヒッ……」
 海馬がヘリから下ろされた梯子ロープに片腕と片足を掛けたと思ったら、あっという間に空と風の中へ攫われてしまった。初めて経験する…生命の危機すら覚える浮遊感に、咄嗟に海馬に両腕を回し、海馬が足を掛けている梯子ロープへなまえも足を掛ける。
 先ほどまでの追い詰められたことによる震えとは、全く違う震えがなまえの膝をくすぐっていた。不本意にも、しばらく海馬の身体から手を放すことさえ叶いそうにない。

 下を見れば、落ちれば確実にタダでは済まない高さが広がっていた。それにしても、余りに強引すぎる。

「な、なんでこうなるのよ!」
「日本へ帰る!…オレは暇ではない!」
「私を!降ろしなさいよ!私の滞在は2週間よ!」
「貴様のパスポートなら磯野が回収済みだ!」
 ロープごと引き上げられて次第に近くなるヘリの機体に、2人の言い合いの声が大きくなる。

 最後は「は?!なんて??!」となまえが聞き返したところで、機体に載せられて海馬からヘッドセットを投げつけられた。


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