「や、ヤメロ! アアア───!」
『キース! お前は我がしもべなのだ。千年パズルの中にいる何者かを探れ、キース!』

 頭を抱えてよろけるキースの目に千年パズルが光った。
「───こいつの、コイツのせいか!」
 錯乱状態のキースはリングを降りて駆け出す。全てがあっという間の出来事として、遊戯の目の前を過ぎて行った。

「コイツのせいでオレは!」

「やめてキース!」
 そう口にするのが遊戯にできる最後の抵抗だった。杭で打ち付けられた千年パズルをキースは壁に打ちつける。

 遊戯の目の前で千年パズルが砕かれた。

「ああ───ッ!!!」


 その叫びからか、千年パズルが砕かれたからか、なまえはハッと目を開けて飛び起きた。なにが起きたのかを理解するより前に、獏良が天井から伸びるクレーンに捕まって飛び降りたのが目に入る。

「遊戯くん───!」

 錯乱したキースを蹴り飛ばした獏良に、遊戯はリングを降りて駆け寄る。
「獏良くん!」

「遊戯!」

「なまえ!」
 柵から身を乗り出したなまえを見上げて、遊戯はやっと安堵の色を見せた。
「杏子ちゃんに聞いたんだ。なまえちゃんも一緒だったから、助けに来たよ。」

 鉄製の簡易階段を駆け下りる音が響き、なまえも2人のところへ駆け寄った。獏良は安心したような顔をなまえに向ける。
「よかった、なまえちゃんも気がついたんだね。」
「え、……」
「さっき、その千年秤が光って気絶しちゃったからびっくりしたよ。遊戯くんも千年パズル壊されちゃうしさ」
「千年パズルが?!」
 なにか重要な欠落があった気もするが、砕かれた千年パズルへのショックに遊戯に顔を向ける。

「(……アレ? いま千年秤で意識が切れたって言った? どうして私、それで気を……)」
 咄嗟のことで思い出せない。その間にも獏良は膝をついて千年パズルのピースを拾い集める。

「これをもう一度完成させるのは遊戯くんにしかできない。」
 そう言って獏良は遊戯に千年パズルのピースを差し出した。どんどん進む状況に、なまえは引っかかりながらも一度遊戯に向き直る。

「そうね、もう1人の遊戯もそれを望んでるわ。」
「ありがとう、獏良くん、なまえ」
 遊戯が微笑んで獏良からパズルのピースを受け取る。

「でも、これを組み立てるのは時間がかかるんだ。最初に組んだ時も、8年掛かったから……」
 表情を曇らせる遊戯になまえも眉端を下げる。

「いつになるか分からないけど、たとえ何年かかっても、必ず完成させるからね。」

 手の中のピースに語りかけるように呟く遊戯になまえも息をつくと、千年秤を腰のベルトに差した。
 それを見計らったように、獏良はパズルの一片を手の中で転がす。

「(フフフ……オレにこんなチャンスが巡ってくるとはね。)」
 遊戯となまえが獏良の陰に気付くでもなく会話をしている。それを笑って見ている後ろ手で、そのパズルの一片を握りしめた。

「(遊戯もなまえも、千年パズルの真の力を知らない。千年パズルには三千年前の王の記憶が隠されている。その記憶は残る6つのアイテムが揃ったときに封印が解かれる。……いまここに2つ揃ってはいるが、なまえにもまだ千年秤に踊らされてもらわねぇとな。

  石盤にはこう記されている。《若き王は6人の神官と共にその命を捧げ、邪悪なる力を聖なる扉の奥に封印した》とな。王の記憶を探り出せば、邪悪なる力が手に入る……!)」

 なまえにしたように、獏良はパズルのピースに自分の精神体の一部を忍び込ませた。

「あ、まだパーツが落ちてたよ」
 獏良は背を向けてしゃがみ込んで見せたあと、振り返ってパズルのピースを遊戯に手渡す。善人然として笑顔に、なまえも疑っている様子はない。
「ありがとう。ひとつ欠けても、パズルは完成しないもんね」
「そうね」
 見上げる遊戯に、なまえも笑顔を返す。

「(フン、あとは千年パズルが完成するのを待つだけだ。オレの魂はパズルに侵入し、聖なる記憶を見つけ出す。そしてその鍵は、この女の心に隠されたもう一つの部屋……)」

 視線に気付いたなまえが顔を向けると、獏良はニコッと笑った。
「早くしないと、もう遅刻だよ」
「本当にありがとう」
 遊戯のお礼を背に獏良はリングから降りる。最後のひと押しと言わんばかりに転んで見せれば、遊戯もなまえも心配そうに獏良を覗き込んだ。
「ちょっと大丈夫?」
「う、うん。……いてて。じゃあ僕日直だから、もう行かなくちゃ」
「遊戯、鎖外すの手伝うわよ。」
「ありがとう、助かるよ」

 背を向けた2人を獏良が鋭い目つきで除いた事も知らず、遊戯となまえは杭で打ち込まれた千年パズルの鎖を見上げた。


「───う、」

 倒れていたキースが小さく唸る。
 頭の中を誰かが這いずり回り、命令を下す言葉が延々と反響し続けている。割れるほどの頭痛と耳鳴りに飛び起きると、反響するばかりだったその声は鼓膜を通さず直接キースに伝わった。

『キース! お前のライフは残っているぞ! 闘え……闘うんだキース!!!」』

「う、うぅるせえぇ!!!」

 キースの叫びに遊戯となまえが振り返ると、キースは誰もいない宙に向かって腕を振り回していた。
「闇の力じゃなくて、本当はヤバいドラッグでもやってんじゃないでしょうね」
「シャレにならない事言わないでよ」

『キース…… キース!』

「誰なんだお前は!? オ、オレに命令するんじゃねぇ───!」

 キースはついに鉄パイプを手にしてそこら中のものに当たり散らし始めた。電子機器を破壊し、まだ電気の生きているケーブルが機械油に火花を落とす。

***

「遊戯、……いったいどこに?」
 バラバラに張り出された矢印に翻弄されて近辺を走りまわされ、ついに杏子達は息を切らせて膝に手をついた。

「オイ、あれ!」

 本田の驚いた声に顔を上げる。住宅地の中から上がる尋常じゃない大きさの煙りに、杏子の背中にゾッとしたものが走った。

「おいまさか、火事か?」
 城之内が口にした“火事”という言葉に、杏子は体が勝手に動いた。


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