ハッとしてマリクが顔を上げた。見れば、なまえもその方向へ顔を向けている。なまえとしての意識がないにしろ、神のカードに反応した彼女にマリクは忌々しそうに舌打ちをした。

「海馬瀬人…… 神のカードは使う人間を選ぶというのに、この男は……!」

***

 大きな渦を巻き起こし、雷鳴轟く中でほんの一瞬の静寂が訪れる。

「見るがいい─── これぞ我が掌中に眠る破壊の神。今こそ目覚めるのだ! 《オベリスクの巨神兵》よ!!!」

 強大な神の前に、光と闇の仮面は塵に等しかった。壁も伏せカードもない闇の仮面に、オベリスクのダイレクト・アタックが振り下ろされる。ライフが0になったと同時に、闇の仮面に追い討ちをかけるようにガラスの床を破壊する爆弾が作動した。

「ウワァ───」
 爆発音に逃げる間も無く、砕けたガラスが闇の仮面の足元を崩す。光の仮面が「相棒!」と叫ぶより先に、闇の仮面は吹き抜けのビルへと吸い込まれていった。

「くぅっ」
 ガラスの床越しに見下ろす3人の目に、鮮やかなパラシュートが開かれる。闇の仮面が開いたパラシュートはなんとかポールフラッグに引っ掛かって命を拾った。


「パラシュートか。まっ…… そんな事だとは思っていたが。デスマッチが聞いて呆れるぜ」
「ううっ……」
「もはや貴様にオレたちを倒す手段はない。サレンダーするんだな」
 たった1人、オベリスクの前に残された光の仮面が、言葉も発せずに立ち尽くす。ただ冷や汗を流していた光の仮面だったが、突然体を大きく震わせて呻き声を上げ始めた。

「ウワ、あ、アァ───!」
 ひどい頭痛に頭を抱える光の仮面に、遊戯と海馬が身構える。
「あ、うう〜! マ、……マリ……ク様ァ……」

「マリク?!」

 譫言の中に発せられたマリクの名に遊戯が目を見開くと、光の仮面は糸の切られた人形のようにガクリと頭を下ろす。その顔が再び上げられた時、虚な目をした額にはウジャド眼が光っていた。

「『見届けたよ、オベリスク。神の力を…… 強い強い。』」

「マリク! 隠れてないで出てこい!」
 苛立ったように声を荒げる遊戯に、マリクは光の仮面を使って笑うだけだった。
「人格が変わった……!」
「あぁ。いまヤツは、マリクに操られている。オシリスを使っていたレアハンターと同じようにな」
「……! マリク、グールズの総帥か!」
 グッと手を握る海馬に、マリクがフッと笑う。

「『ここまで僕の手下どものデュエルに付き合ってくれた事には礼を言うよ。お陰で随分と時間も稼げた。僕の計画は、すべて順調に進んでいる。……まずレアハンターの視点から、君たちのデッキはほぼ把握した。君たちが僕のデッキに勝つ事は不可能だろうね。
  さらに言えば、僕の持つ《ラー》の力は、君たちの神のカードをさらに上回る力を秘めている。史上最強を誇るカードさ』」

「(ラーの力が、オレのオベリスクをも上回るだと?!)」

「『そして遊戯、お前との三千年を超えた闘い…… 墓守の一族の復讐だ。その復讐劇の幕を下ろすために、この世で最も残酷な舞台を用意しておいた』」

 マリクが自分の肉体の方の目を横に向ける。意識もなくただ佇む3人に、堪えきれず「フフフ……」と笑いを溢した。

「『もちろん海馬瀬人、お前もだ。貴様からは《オベリスクの巨神兵》を返してもらわなきゃいけないからね。お前達の仲間の役者たちは、既にお待ちかねだ。今度の人形劇は見応えがありそうだよ……』」
「人形劇……! まさかみんなをグールズのレアハンター達のように、操り人形に?!」
「フッフッフ…… そう。お前達の仲間は既に僕の手駒さ。死の舞台で、城之内となまえが待っている。さぁ、仲間のもとへ来い!」

 海馬がズカズカと光の仮面の前まで歩み寄ると、その胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「なまえが貴様らの元に居るのはわかった。だがモクバはどうした! この闘いには勝った。約束通り、モクバは返してもらおう!」

「『約束? 返す?』」
 わざととぼけたように嘯くマリクに、「キサマ!!!」と歯噛む海馬の手に力が入る。遊戯も駆け寄ると、海馬を諫めた。
「海馬、今のソイツはマリクに操られてるだけの人形だ。責めても無駄だ」
「……ッ! チッ」
 手を離して引き倒すと、光の仮面はマリクの声で高笑いしたあと、電源でも切られたかのようにその場に倒れた。

「海馬、なまえの居場所は常に監視していると言っていたな。そこに城之内君とモクバも居るはずだ」
「もちろんモクバとなまえは取り返す。だが、その前にやっておくことがある」

 海馬は意識のない光の仮面から、デュエルディスクにあるパズルカードを抜き取った。そして立ち上がるなり、2枚のうち1枚を遊戯に差し出す。
「遊戯、コイツを受け取れ。今のデュエルでグールズどもから勝ち取ったパズルカードだ。……互いに1枚ずつ。これで貴様もオレも6枚。バトルシティ決勝戦出場を果たす権利を得たわけだ」
 遊戯はそれを受け取りはしたが、一瞥もせず握り締めるばかりで、その目は海馬に向けられていた。

「海馬。オレが辿り着かなきゃならないのは決勝の舞台じゃない。危険に晒されている仲間の待つ場所なんだ! お前はなまえが心配じゃないのか?!」

「……! オレがあの女をどう扱おうと貴様には関係ない。そんなになまえが心配なら、馬の骨を諦めて貴様がなまえの相手をすれば良い!」
「海馬!」
 言い合いの始まりそうな2人の間に、ヘリのホバリング音が轟いた。強風に2人が振り向いた先で、海馬コーポレーションの社用ヘリからモクバが顔を出す。

「兄様!」
「モクバ!!!」


 ビルの屋上にヘリを下ろすなり、モクバが海馬に駆け寄った。
「モクバ、無事だったのか」
「うん、杏子となまえが逃してくれたんだ! 兄様、これ……」

 手にしていたデッキホルダーを、モクバがベルトごと手渡す。見覚えのあるそれに、海馬と遊戯がハッとして顔を見合わせた。海馬はすぐにケースを開いて中を確認する。
「それは、なまえのデッキ……!」
 デッキの一番表上になっていた《魔導法士ジュノン》を見るなり、遊戯が目を細める。まだ全容を知らないなまえのデッキを確認するのは気が引けたが、海馬は一通りなまえのカードが無事だという事が分かって息をついた。

「杏子やなまえは無事なのか? 城之内君や本田君は……」
「ごめん、2人のこと以外は分からない。閉じ込められていた倉庫に駆けつけたときには、もう誰も居なかったんだ」
 遊戯とモクバのやりとりの横で、海馬がそのデッキホルダー付きのベルトを撫でる。意を決したようにそれをコートの中に通して腰に巻くなり、バックルを嵌めながら遊戯に顔を向けた。
「海馬……」
「ヘリに乗れ、遊戯」

***

「あの……」
 昼食に取った空の弁当箱が、電車の振動に合わせて音を立てる。本田は口にしかけていた缶の緑茶を飲み込むと、「なんだい?」と返事をした。

「こんなこと、本田さんにしか聞けないんですけど…… お兄ちゃん、本当は私のこと、……迷惑してるんじゃないかって」
「えぇ! アイツが迷惑なんて」
 突然そんなことを言い出した静香に、本田は一度おどけて返す。だが静香の包帯に隠れたその目に、真摯に向き合った。
「でも、どうしてそんなこと」
 静香は少し口を閉ざしたあと、震えそうになる唇から、秘密にしていた不安をぽつぽつと本田にこぼし始める。

「今度の手術の費用だって、勇気だって…… お兄ちゃんには貰ってばかりで。私、なにもお兄ちゃんにしてあげられないのに」
「なに言ってんだ。アイツは静香ちゃんがいるから頑張れてるんだぜ? たった1人の、大切な妹のためにってな」
「……でも私、今だってお兄ちゃんの応援に行きたいって言って、本当は1人で包帯を取るのが怖かったんです! ……またお兄ちゃんに勇気を貰おうとしているんです」

 小さく震える静香の肩に、本田は優しく微笑んだ。
「だったらさ、今度は静香ちゃんがアイツに勇気をあげればいいだろう? デュエルの決勝戦を勝ち抜くための勇気をさ!」
「……!」
 静香の唇が僅かに開く。それが引き締められたとき、それは口の端を上げて笑うためのものとなった。

「そうですよね、包帯を取るのが怖いなんて言ってる場合じゃないですよね! 今度は私が…… お兄ちゃんに勇気をあげる番ですよね!」

***

「見つけた! なまえと城之内のデュエルディスクの信号は同じ場所から出てる。ここは─── 童実野埠頭だ!」
 ヘリの中でモクバがノートパソコンの画面を海馬に見せた。ヘリが旋回し、南へと行路を取る。

「(童実野埠頭……! いつかみんなと一緒に、デュエリストキングダムへ向かった場所か)」
 どうか無事でいてくれ、そう目を閉じる遊戯の横の窓の下で、童実野町が過ぎ去っていった。



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