城之内は、海馬との昨夜の一方的なデュエルが夢にまで出てうなされていた。青眼の白龍の恐ろしい形相が闇の中から迫り、城之内が逃げるとなにかにぶつかって倒れた。見上げるとそこには海馬が立っている。
『貴様は…負け犬だ!』

「ああぁ!!!…ハァ、ハァ…」

 起き上がると、太陽は既に上って辺りはすっかり明るくなっていた。
 昨夜は明け方近くまで起きていた事もあり、遊戯、獏良、杏子、本田は全員がまだ眠っていた。
「夢か…クソ!俺は負け犬なんかじゃねぇ!…朝だ!みんなおきろ!」

 目覚めの悪い城之内は、そのまま皆を起こすと、遊戯から順々に起き上がっていく。
「張り切ってるね、城之内くん。」

 ーーー

 デュエリスト・キングダム
 大会2日目の朝である。

 ーーー

「いちいち声がでけぇって。」
 朝から調子を上げる城之内を見て、本田はまだ眠そうに目を擦る。
「…アレ?なまえは?」
 杏子が見渡してそう呟くと、遊戯や獏良も「あ!」と口をついて目だけで周りを探す。

「クソ、なまえのやつ、また…」
「私がなんだって?」
 城之内が言い掛けたところで、なまえは後ろの森の中から現れた。

「うわ!!!、び、ビックリさせんなよな!」

 城之内が一歩下がってなまえを見ると、手にナップサックを抱えている。
「舞さんから預かってきたわ。」
 なまえは遊戯に歩み寄りながら、手荷物から一枚の紙を取り出して渡した。遊戯がそれを開くと、舞が塗っていた真赤なルージュで『借用書』と書かれ、最後にサインの代わりとしてキスマークまで押されている。

 遊戯が顔をを赤くすると、本田も覗き込んだ。
「借用書ねぇ…」
「そうか、舞さんはやっぱり1人で行ったんだ。」
 なまえは興味無いといった顔で、既にナップサックを漁って 朝食となる食料を分配していた。

 ***

 食事を軽く済ませたところで、ペガサス城の方を眺めていたなまえは立ち上がって、足元に置いていた千年秤を腰のベルトに差した。
「悪いけど、私もここでお別れよ。」
 城之内や本田が「ええ!」と言うと、遊戯は口にしかけたパンから顔を外してなまえを見上げた。

「…うん。なまえも、ペガサス城へ行くんだね。」
 なまえは遊戯に頷く。
「スターチップは既に10個持ってる…。それでも城に足を運べなかったのは、海馬の言う通り、私は自分に負けていたからなのかもしれない。…私は自分と闘い、そして真の闘う理由を取り戻すために 城へ行くわ。」

 遊戯は立ち上がってなまえの前に向き合う。そして城之内や獏良もなまえの元へ歩み寄った。
「遊戯、城之内、私は先に行って待っているわ。」
 遊戯は闇の人格へ代わる。同じ色、そして同じ目付きが交わると、2人はふと胸にざわめきを覚える。遊戯の胸の千年パズルのウジャド眼と、なまえの腰に差された千年秤のウジャド眼がチラリと光り、一瞬の共鳴を感じた。

 遊戯はなまえに対しての、この胸の高鳴りのような小さな震えが何なのか気付き始めていた。
「(なまえ、…俺はお前に助けられてばかりな気がする。このデュエリスト・キングダムで俺は何度も危ない橋を渡る事になった。だがなまえ、お前が俺の光りとなって、助けてくれた!…俺には、お前が必要なんだ。)」
 遊戯の真剣な眼差しに、なまえが少し首を傾げる。
「…遊戯?」
「あ、あぁ。…なまえ、お前には何度も助けられたな。だが、もしなまえに危ない時が来れば、次は俺が助けてみせるぜ。」
 なまえはドキリとして目を一瞬見開いたが、すぐにまた同じ真剣な眼差しで遊戯を見た。
「私は何もしてないわ。…でも、期待してる。遊戯、必ず城へ来てね。」
「ああ!」

 遊戯が手を差し出すと、なまえは微笑み返してその手を握った。

 ***

 なまえは遊戯達と別れてペガサス城の方へ向かい森を進んでいた。もう他のデュエリスト達は殆ど残っていないらしく、人の気配は感じない。
「(海馬…、もう城へ着いたのかしら…。)」
 自然と海馬の事が頭に浮かび、ハッとして頭を左右に振る。
「(煩悩だわ、今は何も考えては駄目。)」

 少しげっそりとした顔で皺の寄った眉間を手で抑えれば、あとは口から勝手にため息が出るだけである。
 それでも脚だけが進み、鬱蒼とした森が果てもなくなまえの身体を過ぎ去って行く。本能的な危険察知能力に触れるものは今のところ感じない。千年秤の反応もなく、胸のざわめきや身体から魔術師達が現れる事もない。…ただその静寂が、逆に彼女の理性と意識を敏感にさせていた。

 彼女は周囲への警戒に神経を張り巡らせる一方で、ただぼんやりと頭の中では幼い頃の記憶を指でなぞっていた。

 ーーー私の家の裏庭にも、こんな森があった。

 その目はもう遠くを見ていた。赤紫色の瞳は、もう悲しみや幼い頃の記憶に支配されている。

 だがその目から感情が溢れる寸前、青く細長い指が彼女の下の瞼を撫でた。

 なまえの胸のざわめきに反応したブラック・マジシャンは、彼女の前に現われてその顔を手で優しく包む。
 なまえは自然と足を止め、彼の顔を見上げた。

 木漏れ日が 見上げた先にいるブラックマジシャンの身体を透かして ぼんやりと木々の輪郭を落としている。
 なまえが目を閉じると、実体の無いブラックマジシャンが彼女を包むように抱き締めた。

『お前は自分自身の抱えたその闘う理由や信念に押し潰され、負けたんだ。今のお前とは闘う気にもならん。』

 ハッとして目を開けると、もうブラックマジシャンは居なくなっていた。
 海馬の声だけが頭の中に蘇り、なまえはその手を握り締める。

『お前は自分自身の事にしか目を向けていない。お前の立つクイーンの座も、結局はペガサスという神が用意した積み木の椅子だ。だがその積み木の下にあるものにも気付かずに何がクイーンだ。』

「(ペガサスから突き付けられた“魔導書シリーズ”のカードを公式禁止カードにするという脅迫を、私は自分自身の闘う理由の言い訳にしていた。本当に闘うべき理由を、この天秤に掛けてすらいなかったんだわ。…私が闘うべき本当の理由、…)」
 なまえにはまだわからなかった。
 闘う理由とは何か。

 ただ彼女が真に求めるもの、それは真実だけである。

 ただ 真実を求めるために闘うというのか、果たして彼女にとっての理由になるのか。
 なまえはまた前を見据えると、止めていた足をまた前に進めるだけであった。

 ***

 姿を消してしまった城之内を案じて、遊戯達は二手に分かれて彼を探していたが見つける事はできず、また合流していた。
 だがそこで、杏子は黄色いパスケースを見つける。

「それは城之内の…」
 本田が覗き込むと、それが城之内のものだと確信した。中には可愛らしい中学生の制服を着た女の子の写真が入れられていたのだ。
「じゃあ、これが城之内の妹…?」
 杏子はついその子をまじまじと見た。

「いくらアイツが寝ぼけてるヤローでも、こんな大事なものを落とす筈はねーぜ。…きっとヤツの身に何かあったんだ…。」
 そして杏子は、その近くで洞窟を見つけた。
「あの中か…?」

 ***

「な、なんだよコイツら?!」
「“リビングデッドの呼び声”で、墓地に送った全てのモンスターがゾンビ化したんだぞ〜」
 墓地フィールドのデュエルリンクには、ゾンビと化しておぞましい姿となった三体のモンスターが骨塚の側に並ぶ。後ろではキースと佐竹、高井戸の3人が笑いながらそれを見ていた。

 城之内は用を足しに遊戯達と少し離れた隙を突かれ、このバンデット・キース率いる3人に攫われていた。そして目を覚ませば、人目につかない洞窟の中の墓場フィールドをメインにしたデュエルリンクに立たされ、デュエルを挑まれたのである。

 ドラゴンゾンビの攻撃で、城之内のアックスレイダーが破壊される。

「くっ…コイツはヤバすぎだぜ…!」


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