20メートルほどの高さを、モクバだけが震えてそれを見守っていた。
「兄様となまえまでこんなデュエルをさせられるなんて……」
 止めようにも、遊戯と城之内のデュエルと同じようにタイマーが明滅している。40分以内に決着を付けなければ、海馬もなまえもタダでは済まない。


 身動きするだけで不規則に揺れるゴンドラに、海馬が足を踏み直す。それでも海馬は意を決して、デッキをデュエルディスクに差し込んだ。

「「デュエル!!!」」


「オレの先行!」
海馬(手札5→6 / LP:4000)

「《ドル・ドラ》(★3・攻/1500 守/1200)を攻撃表示で召喚!
  カードを1枚伏せてターンエンドだ」
(手札6→4)


「私のターン、ドロー!」
なまえ(手札5→6 / LP:4000)

「手札を1枚捨てて《死神官スーパイ》(★5・攻/2200 守/1900)を特殊召喚」
(手札6→4)

「なに?! いきなり5つ星モンスターを召喚だと?!」

「言い忘れてたけど、このデッキはグールズで偽造したレアカードも活用している。この《死神官スーパイ》もそう。このモンスターは手札を1枚捨てることで特殊召喚出来るモンスター。
  でもね、このデッキの真の姿─── もともとこのデッキは、私が組み上げている途中だった、“神の写し身”デッキ!」

「……ッ 神の写し身、だと……」
「私は海馬のオベリスクを見た時から、神の力へどう挑むべきか考え続けていた。そして密かにサブのデッキパーツを用意していたのよ。魔導書で補おうとしていた部分を失ったお陰で、こうしてグールズのレアカードを組み込む事になったけど…… まさかこんな形で海馬に手の内を明かす事になるとは思わなかったわ。」
 動揺を見せる海馬になまえは目を細めた。

「さらにモンスターを裏守備表示で召喚!
(手札4→3)
  死神官スーパイで、ドル・ドラを攻撃!」

海馬(LP:3300)

「……! フン、《ドル・ドラ》の効果発動! その攻撃力・守備力を1000ポイントにして、墓地から復活させる!」

「場に壁モンスターを残したか。カードを1枚伏せてターン終了よ」
(手札3→2)


「オレのターン!」
(手札4→5)
「《スピア・ドラゴン》(★4・攻/1900 守/100)を召喚!
(手札5→4)
  スピア・ドラゴンで裏守備モンスターに攻撃だ!」

 モンスターが裏守備のまま破壊されたが、なまえはフッと笑う。
「《シャドール・ドラゴン》の効果発動! このモンスターが墓地へ送られたとき、フィールドの魔法、またはトラップカード1枚を破壊する!」

「チッ 小賢しい真似を……!」
 海馬の伏せていたカードが破壊され、墓地へ送られた。
「《スピア・ドラゴン》の効果により、スピア・ドラゴンが攻撃したターン、スピア・ドラゴンは守備表示になる。
  ドル・ドラを守備表示にし、カードを1枚伏せてターンエンド」
(手札4→3)


「私のターン
(手札2→3)
  モンスターを裏守備表示で召喚。そしてリバースカードオープン。魔法マジックカード《太陽の書》!
  いま裏守備で出した《シャドール・リザード》を反転召喚することで、モンスターのリバース効果発動!
  フィールドのモンスター1体を破壊する。

  ドル・ドラをモンスター効果で破壊!
  さぁ、シャドール・リザードでスピア・ドラゴンを撃破!」

 壁モンスターのいなくなった海馬に、なまえが上唇を舐め上げた。その顔に、海馬は背中にゾクリとしたものを覚える。

「死神官スーパイで、海馬をダイレクト・アタック!」

「リバースカードオープン!《攻撃の無力化》!」

 なまえが舌打ちをしながらもフッと笑う。
「いいわ、……ゆっくり痛ぶってあげる。ターン終了よ」


 状況は完全に一進一退だった。だが完全にペースはなまえが掴んでいる。
「(このオレが…… なまえを倒すことを恐れているとでも言うのか)」
 決して手を抜いているわけではない。それでも後手後手に回ってしまう理由はただ一つ。……なまえに攻撃をするのを、無意識のうちに躊躇っている。

「(冷静になれ。たとえ洗脳されたなまえが相手でも、オレはここで死ぬわけにはいかない。オレの進むべき道を邪魔する者は、今まで何人もこの手で排除してきたではないか!
  それをたかが女1人、なぜここまでオレは!)」

「……っと」
「ッ、なまえ!」
 ほんの少し強い海風がゴンドラを揺らすだけで、なまえは足元を踏み直す。たったそれだけの動きで、海馬の心に大きな負担がのしかかった。
 ゴンドラを吊す鎖を掴んで耐えたなまえに、海馬は震える息を吐く。それを目にして、なまえは不可解なものでも見るように眉を顰めた。

「どうしたの? まさか本当に私を殺すのが怖くなった?」
「黙れ! それ以上……なまえの言葉でオレに口を聞くな!」
「分かってないみたいだね。……私はなまえのままよ。私の体は、どうしたら海馬が苦しみ、海馬を打ち負かすことができるのかをよく知っている。
  ……脳記憶と身体記憶というのを知ってる? 精神の中身がどうであれ、海馬と戦った感情は体にも記憶されているってこと。」
 そこまで笑いながら言うと、なまえの口からマリクの声で海馬を挑発した。

「『フフフ、実に便利だよ。海馬瀬人、お前を倒し《オベリスクの巨神兵》を奪うための人形に、これほどピッタリな肉体はない』」

「───!」
 手札を握る手が強張り、怒りに視界が震えた。頭に血が上って冷静さを失えばさらに不利になると分かっていても、海馬に己を自制することなど出来はしない。

「マリク!!! 貴様だけは絶対に許さん!!!」
「やっとやる気になった?」

『(だがこのデュエルで、神はお前を選んだりはしない。神に捧げられし生け贄、それこそがこの女! 神は必ずこの女を選ぶ!)』


「オレのターン!
(手札3→4)
  オレは《ロード・オブ・ドラゴン -ドラゴンの支配者-》(★4・攻/1200 守/1100)を召喚!

  さらに魔法マジックカード《ドラゴンを呼ぶ笛》を発動!
  手札から《青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン》を特殊召喚する!」
(手札4→1)

「あらあら、本当に本気なのね」

「いまその口黙らせてくれる!ブルーアイズよ、死神官スーパイを撃破しろ!!!」

 なまえのフィールドのモンスターが破壊され、その風圧になまえが足を踏み外しかける。だが鎖に掴んでいたおかげで、なまえは落ちずには済んだ。
 海馬が怒りと不安に震えるのを必死に堪える。

なまえ(LP:3200)

「(だがさっきの声色…… やはりなまえは洗脳され、操られているだけ。つまり、なまえの目を覚まさせれば……まだこの愚かな戦いにも兆しがある。それまで、何としてでも耐え凌ぐしかない!)」


「私のターン!」
(手札2→3)
 引いたカードを見たなまえのまぶたが一瞬見開かれる。なにかキーカードを引いたのかと、海馬は警戒した。

「カードを2枚伏せるわ。
(手札3→1)
  そして、シャドール・リザードでロード・オブ・ドラゴンを攻撃」
「……ッ、く」
海馬(LP:2700)

「フフ、……ターンエンド」


「(なまえはいったい何を伏せた……?)」
 なまえは間違いなくキーカードか、それに近いカードを引いた。デュエリストとしての勘となまえの一瞬見せた顔で、海馬にはそれが分かる。
「(だが伏せカードを除去できるカードは無い……)」
 手札はたった1枚。それを一瞥してから、海馬はデッキに手を向けた。

「オレのターン」
(手札1→2)

 手をこまねけば、即ち自らが命を落とす事になる。
「(オレが死んだらどうなる? 海馬コーポレーションに賭けたオレの夢、モクバ、オレの未来───)」
 ふと、その描いていた未来の中にいつしか書き足したものが、海馬の青い瞳に映った。

 風に靡く赤い髪。窓から眺める夕焼けを見るたび、自分が思い出していたその瞳。知っていた。分かっていた。どんなに虚勢を張ろうと、見て見ぬ振りをしようと。

「(オレの未来から、なまえが居なくなったらどうなる……?)」

 今ほど半日前の自分を恨んだ事はない。己は神のカードという力を求めるために、なまえに危険が迫っていると承知で手放した。もしあの時すぐに迎えに行っていたら、こんな形でなまえと命を奪い合うようなデュエルをしなくて済んだのではないか?
「(何をバカな……! オレにとって、過去などどうでもいい! 今この状況を打開しなければ、どのみちオレかなまえ、どちらかが必ず死ぬ!)」
 一度過去に向けてしまった目から、次々と後悔が押し寄せる。ああしていれば、こうしていれば、……そうだ。なまえを好きになどならなければ───

 バチン

 あまりにも大きな音に、遊戯までが海馬の方を見上げた。正面に立つなまえでさえ、驚きのあまり目を見開いてそれを茫然と見つめる。

 海馬は自分の顔を叩き、そのままビリビリと痺れる頬を手で包んだまま項垂れていた。
 髪に指を通し、耳を引っ掻き、その震える手を握って振り下ろすと、顔を上げて真っ直ぐになまえを見つめる。

「オレの選択、オレの道、……そこに後悔などあるはずがない。なまえ、オレは必ずお前の心を取り戻す。薄汚いマリクの洗脳術、……このオレが打ち砕いてみせる!!!」

「……!」



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