「───ッ キャアアア!!!」

 吹き飛ばされた衝撃のまま突風に押しやられて柵へ打ち付けられたなまえに、遊戯をはじめ外野は目を逸らした。……海馬とマリクだけを除いて。
 攻撃の余波で煙る中、倒れたまま動かないなまえをリシドが見下ろす。ジャッジの磯野の声を待つまでもなく、リシドは息をついて目を伏せた。

「他愛もない……」


「そんな、なまえが……」
「手も足も出なかった、だと……」
 舞は手で口を抑え、城之内も唖然とデュエルリングを見上げる。
「(良くやったリシド! これで復讐のひとつが───、……!)」

「……!」
 高揚したマリクの言葉が途切れ、リシドも顔を上げた。ゆっくりと体を起こし、震える息を荒げたなまえが柵を掴んで立ち上がったのだ。
 その様子に外野で見ていた全員がハッと息を飲む。

なまえ(LP:900)

「……! なぜだ、お前のライフは今の攻撃で尽きたはず……!!!」
 動揺するリシドをよそに、なまえはフン、と鼻で一笑し、顎にまで伝った汗を拭う。そして肩で息をしながらも前に足を踏み締め、闘う意思を固めるように元の場所へと立った。

「私は《永遠の魂》が破壊され、その効果でフィールド上のモンスターが破壊される瞬間…… このトラップを発動させていたのよ」
 墓地のスロットからカードを取り出すと、リシドに見せるように掲げる。

トラップカード《生贄の祭壇》。このカードは、自分フィールド上のモンスター1体を墓地へ送り、そのモンスターの元々の攻撃力分のライフを回復させるもの。……つまり《永遠の魂》によって破壊されるはずだった《ブラック・マジシャン》を、私はこの《生贄の祭壇》の効果で先に破壊し、その分ライフを2500ポイント回復してから《エンド・オブ・アヌビス》のダイレクト・アタックを受けた」
(LP:900→3400→900)

 目に浮かぶのは、ただ1人振り返ったブラック・マジシャンの顔。伸ばされた手は、決して自らの破壊に助けを求めるような手ではなかった。
 ブラック・マジシャンは指でカードを指し示していた。伏せていたトラップカード、《生贄の祭壇》を。自らを生贄に捧げ、なまえのライフポイントを守ろうと。
 その指を見たとき、なまえは声も出せずに息を飲んだ。あの瞬間、トラップの発動タイミングを逃せば負けると分かっていても、自分の手は触れる事のできない“映像”に過ぎないブラック・マジシャンへ手を伸ばしていた。

「(ありがとう、……ブラック・マジシャン)」

 静かに目を閉じて深く息をつく。泣きたくもないのに眉間に力が入る。甘く痛むこの気持ちを知っているからこそ、今は震える唇を噛むこともしないで、ただブラック・マジシャンの生贄によって残されたライフポイントを精一杯闘うと誓う。

「さぁ、仕留め損ねた事を悔ませるくらいはしなくちゃね」


***


 ───『姉さま』

 セピア色の中で、幼いマリクが笑って差し出す花輪の冠だけが極彩色を放つ記憶。あの無邪気だった笑顔を思い出すだけで、イシズのまぶたが震えた。
 マリク、……そう呟くように吐息をこぼして窓の向こうに目を向けると、薄暗い部屋に白い影が映り込む。

「……!」
 驚いて振り向いた先、1人掛けのソファにシャーディーが座っていた。じっと黙って見つめる彼に、イシズはやり場を無くした視線を足元へ泳がせる。

「シャーディー、……わたくしはこれから何があろうと、彼らに、……!」
 顔を上げ直した先、もうシャーディーは居なかった。元から誰も居なかったように冷たい椅子、寒々しい部屋にイシズは言葉を飲み込む。

「……リシド」


***


「……ッ、く」

 まだ挑んで来るなまえに切歯軋むリシド。その影から、マリクも忌々しいものを見るような目で彼女を見た。
『(しぶとい。……まあいい、この女のライフは風前の灯。手札も伏せカードもゼロ。リシド、次のターンで確実に仕留めろ!!!)』
「(わかっています、マリク様)」
 ちらりと外野に立つマリクへ視線を向ける。僅かに笑って返すマリクに、リシドは小さく頷いてなまえに対峙した。

「攻撃できるモンスターをリリースしたのはプレイングミスだったわね。さあ、バトルフェイズは終わったわ。はやくエンド宣言しなさい!」

「みょうじなまえ、私のデッキを前にここまで粘るデュエリストは、……お前が初めてだ」
 白々しい、どばかりになまえが目を細める。その表情にリシドも小さく息をつくと、手札に手を伸ばす。

「私のエンドフェイズ、カードを1枚伏せてターンエンドだ」
(手札1→0)


「私のターン!!!」

 デッキに指を這わせた途端、自分の心臓がひどく大きく脈打っているのに目を覚ました。鼓動に合わせて一定のリズムに震える指先がデッキに血の温もりと、なまえの生気すらも流し込んで共鳴する。

 なまえの手札はゼロ。フィールドに伏せカードも無い。
「(なんか、いつもギリギリだな。……ひょっとして私、弱いのかな)」
 自嘲的にハッと笑う。その表情をリシドがどう受け止めたかは分からないが、こういう時こそが脅威であるとは理解していた。

「ドロー!!!」(手札 0→1)

 ───引いたカードは?! 誰もがそのカードを目で追った。なまえはそれを一瞥だけして、あとは身体に染み付いたプレイングと、自分の閃きに任せる。
 そして、今回ばかりは自分の運命に背中を預けるしかないとさえ思った。

魔法マジックカード《一時休戦》を発動! お互いにデッキからカードを1枚ドローし、次の相手ターン終了まで、互いに受ける全てのダメージはゼロになる」
(手札1→0)

「逃げの一手か。それではこのマリクは倒せん」
「何とでも言えばいい。私は必ず、このデュエルに勝つ!!! カードドロー!」

なまえ(手札 0→1)
リシド(手札 0→1)
 リシドもデッキからカードを引く。そのカードに彼が目を細めたのに気付けず、なまえは自分がドローした方のカードに、自分のデッキへの感謝さえ胸に落とした。

魔法マジックカード《セフェルの魔導書》、発動! これにより墓地の《グリモの魔導書》の効果を使い、デッキから『魔導書と名のつくカード』を手札に加える!(手札1→0→1)
 私は《セフェルの魔導書》の効果で手札に加えた、《魔導書士バテル》を通常召喚!」(手札1→0)

《魔導書士バテル》(★2・水・攻/ 500)

「《魔導書士バテル》のモンスター効果! 召喚に成功したとき、デッキから『魔導書と名のつく魔法カード』を手札に加える。(手札0→1)
 そして手札に加えた《魔導書庫ソレイン》を発動! このカードは墓地にある魔導書のカードが5枚以上の時のみ発動できる魔法マジックカード。……私の墓地は、今の《セフェルの魔導書》が落とされたことで5枚になったわ! 《魔導書庫ソレイン》の効果により、私はデッキから2枚ドローし、そのうち『魔導書と名のつく魔法カード』を全て手札に加える」

「……!」
「運試しよ。私が、らしくないことを……」
 フッと笑うなまえに、リシドもその手の向かう先を注視する。
「《一時休戦》を、敗北の先延ばしにではなく、ドローソースとして使ったか」
「ええ。でも敗北の先延ばしの意味もあったわよ? 私にではなく、あなたにだけどね」
「戯れ言を……!」



- 261 -

*前次#


back top