その様子を遊戯は手摺につかまって見ていた。
「(ペガサスのミレニアムアイには、相手の心を読み取る力が秘められている。)」

「海馬もペガサスも、どっちも負けちまえってのが本音だがよ…」
 本田と杏子の視線が城之内に向けられる。
「もしペガサスが負けちまったら、俺たちの優勝決定戦が中止になっちまうってこともあるからな。」
 本田は頷いて海馬に視線を戻した。
「おう。ここは海馬が負け犬になるのを拝ませてもらおうぜ。」

 皆が遠慮がちにも頷くなかで、遊戯だけが少し困惑顔で海馬を見た。
「(じいちゃんを助けるためにも、僕がペガサスを倒さなきゃいけないのは解ってる…でも何故だろう。海馬くんには負けないでほしい… 負けてほしくないんだ!)」

 遊戯が視線を注ぐ先の海馬は、まっすぐペガサスを見ていた。

 ペガサスはゆっくりとした動作で、事実上観覧席となった遊戯達のいる廊下を見上げた。

「どうやら優勝決定戦の参加者も、私の城に集まったようですね。」

 そこでやっと海馬が遊戯達に気が付いて顔を上げた。

「海馬くん!」
 遊戯と海馬の視線がついに交わる。

「遊戯…あれからこの城に辿り着いたのか。フッ、…流石だと言っておく。」
 海馬はどこか満足そうに鼻で笑う。
 遊戯はそれからペガサスを見ると、ペガサスもわかっていたように遊戯と視線を交わした。

「(フフフ…遊戯ボーイ、どうやらユーはどうしても私と闘う運命にあるようですね。)」

 ペガサスと海馬は互いに向き直る。
「さぁ、我々のデュエルを始めましょう!海馬ボーイ!」

 そこで海馬はジュラルミンケースから例のデュエルディスクを取り出してペガサスに投げ渡した。
「oh〜〜!」
 ペガサスは受け取ると、新しい玩具を与えられた子供のような顔でそれを様々な角度から見る。

「ペガサス!貴様とのデュエルは…このデュエルディスクで受けてもらおう!」

 ペガサスの後ろに控える2人の黒服は、突然の出来事に慌てふためいている。
「これは、こんなふうに扇ぐのデ〜スか?でもそれにはちょっと、重すぎマ〜ス。それとも、こんなふうに転がすのデ〜スか?」
 転がっていくデュエルディスクを控えていた黒服が追いかける。

「ふざけるな!」
 海馬は明らかに苛立っている。それをペガサスは面白そうに見ているだけである。
 つい熱くなる海馬を、ペガサスの冷ややかな目が捉えて口元に不敵な笑みを浮かべる。

「(海馬ボーイ…ゲーム戦術において、相手の土俵に上がらない事は基本デ〜ス。ゲームの心理戦は、とっくに始まっているのデ〜ス…! まあこんなもので私のミレニアムアイを破ることなどできはしませんけどね…)」
 不吉なまでにペガサスの前髪の間からミレニアムアイが海馬を捉えて光る。

「海馬ボーイ…ユーは少し勘違いしてマ〜ス。今回私と闘えるデュエリストには、本来 乗り越えなければならない壁がある。ユーはそれを特別にパスして私の前に立てているのデ〜ス。それ以上の特別扱いは、優勝決定戦の参加者の前ではできまセ〜ン。」

 ペガサスの物言いに海馬が鼻で笑う。
「フン。貴様、此の期に及んで尻込みでもしたか。俺に超えられない壁はないと、遊戯との勝負では分からなかったようだな…今更誰を用意しようと俺の敵ではない! そいつを倒せば俺のデュエルディスクを使うと言うなら、さっさと連れて来い!」

「オーノー。ユーは私に勝てばキングの座があるのデスよ。その私に勝つより前に 挑むべき相手…遊戯ボーイはジャックに過ぎまセ〜ン。つまり海馬ボーイの手で先に葬るべきは…クイーン!」

「!!!」

「but…私にとって、クイーンは海馬ボーイとのデュエルには邪魔な存在…。ユーが此処へ来る前に、少し大人しくさせてしまいマシた…。oh〜〜ウッカリデ〜ス。」

 ペガサスが遊戯達の対面を指差す。そこには観覧席が設けられていた。クロケッツが車椅子を押して現れると、玉座のように聳える豪勢な椅子の横に付ける。

 その車椅子には、後ろ手に縄で縛られ、顔を仰いだ状態でぐったりと意識の無いなまえが座らされていた。

「!、お、おいなまえ…!」
「キャッ…!」
 遊戯や城之内をはじめ全員が目を疑い、杏子や舞にも動揺が馳しる。
 なにより海馬に走った衝撃はどんなものよりも激しいものだった。

「貴様!!!なまえに何をした!!!」

 ペガサスに掴みかかろうとする海馬を、控えていた黒服が取り押さえる。
「安心しなさい、海馬ボーイ。ちょっと気絶させただけデ〜ス。クイーンはまだ役目がある…それまでは生かしておきマ〜ス。」
「下衆が!!!」

 ペガサスは益々増長したように続けた。

「un〜…それではこうしましょう。デュエルディスクでのデュエルを受けてもよいですが…私の代わりにディスクを投げる者を用意しマ〜ス。その者に私が選んだカードを指示通り出すようにメモを渡しておきマ〜ス。」

 ペガサスのその言葉に、海馬よりも早く同じ手で敗れたキースが反応した。
「なに?!あのヤロウ…!!!」
 手摺を握るキースの手に自然と力が入る。

「それならゲームをする事に変わりありませんね?アンダスタ〜ンド?」
「ペガサス…貴様!一対一で俺と闘え!」

 黒服から取り押さえられていた腕を振り払う海馬を見ながら、ペガサスはまた新たに人質の公開をしていく。

「私の代わりにこのディスクを投げる者を連れてきなサ〜イ。」
 ペガサスが手を2度叩くと、その背後から別の黒服の男が現れ、今度は鎖を引きずる音が響き渡る。

 幾分か痩つれてボロボロになり、目の焦点の合っていないモクバが、重い鎖に繋がれた状態で歩かされ海馬の前に立ちはだかる。

「モクバ!!!」

 それを見ていた遊戯達も、不穏な空気を感じ取る。
「モクバくん…?」
「ねぇ、なんか様子が変じゃない?」
 杏子の言葉の通り、モクバは棄てられた人形のようにボロボロでその足取りも覚束ない。

「(ペガサス…モクバくんに一体何を…!)」
 遊戯は新たなミレニアムアイの能力の気配を感じ、意識を集中した。

「どうしたのですか?海馬ボーイ。モクバボーイと会えて、嬉しくないのデスか?」
「ペガサス…!!!」
 ペガサスはあくまで白々しくしている。それが尚更海馬の怒りや焦りを買っていることは、もちろん承知して最早楽しんでいるほどであった。

「フフフ…モクバボーイの魂は、ちゃんとこのカードに封印してありマ〜ス。」
 ペガサスが懐から出したカード。そこには閉じ込められた状態で此方を見るモクバが写されていた。

 それを見た遊戯と獏良が大きく反応する。
「「カードに封印?!」」

「なんのこと…?」
「催眠術にでもかかってるって言うのか…?」
 やはり舞や城之内にはピンと来ないようで、不可解なものを見る目でそれを追ってはいるが、遊戯と獏良だけはただ押し黙って注視した。

 意思の無い瞳を茫然と開き立つだけのモクバを、ペガサスはこれ以上無い駒として満足そうに笑っている。
「ユーの目の前のモクバボーイは 魂の抜け殻…but,私の言う事だけは聞きマスけどね。海馬ボーイ…ユーが私に勝つ事が出来たなら、カードに封印したモクバボーイの魂を解放しマ〜ス。」

「(モクバくん…!そんな!ペガサスの闇の力で、モクバくんまでもが…!)」
 遊戯の脳裏に、決死の覚悟を見せた海馬とそれを庇うなまえの存在が過った。ああまでしてでも負けられない理由があったというなまえの言葉が、今では解る。
「(そうか、だから海馬くんはモクバくんを助けるために、あんな無茶な事を…)」

 遊戯の目には、独り虚勢を張ってでもペガサスを眼前に立つ海馬が、いかに重い物を背負っているのかが映る。
 今海馬は本当に独りで闘おうとしていた。モクバとモクバの魂を封印され、さらには遊戯とのデュエルの時のようになまえは居らず、今まさに彼女までもが囚われ人質状態にある。

 遊戯にはそれがあまりにも残酷に映った。

 それでもペガサスは海馬への精神的圧迫の手を緩めようとはしない。海馬を目の前に、モクバにディスクディスクが差し出される。
「さぁ、私の代わりにデュエルディスクを投げるのです、モクバボーイ。」

「ま、待て!!!」

 モクバがデュエルディスクに手を伸ばした瞬間、海馬の声が響き渡った。
「おや、どうしました?海馬ボーイ。」
 ペガサスは、その声を待っていたと言わんばかりに不敵に笑ってさらに追い討ちを掛けていく。

「クイーンであるなまえは戦闘不能なのデスよ?それでもモクバボーイが投げれば、ユーの希望通りデュエルディスクを使ってデュエル出来ると言うのに…」

 意思を失ったモクバがその小さな身体には幾分大きなデュエルディスクを持って、虚ろな瞳で海馬を見ている。海馬は目を逸らして拳を握り締め、震えながら歯を食いしばった。
「(俺に…この俺にモクバと闘えと言うのか…!)」

 海馬の脳裏には、海馬を慕って頼るモクバの姿が次々と蘇ってくる。笑っている時も、泣いている時も、モクバは決まって『兄さま、兄さま』と海馬を呼んだ。
 そのモクバが今ペガサスの手によって自分と闘わされようとしている…海馬にとってこれ以上ない悪夢であった。
「それだけは…それだけは、できない…!」

「海馬くん…」
 遊戯達もその姿には思う所があるのか、全員がその挙動に注視していた。

「わかった…ペガサス。デュエルディスクは、使わない…。」

 海馬がついに折れた瞬間であった。
 闘いの結末をも匂わせるこの心理戦の決着の瞬間を、ペガサスは胸中笑いながら、あくまでモクバを憐れんで彼の肩を抱いてその耳元で囁いた。
「モクバボーイ、ユーの愛しい兄さまは、残念ながらユーとは闘いたくないようデ〜ス。」


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