夕闇迫る太陽の沈んだ水平線の色を誇ったその瞳は、瞼の裏に貼り付けられた 眠りのような深い淵に落とされ彷徨っていた。

 身体の支配も碌に利かず、額の奥で小さく弾ける 電流に似たものが、果たして実際に見ているものか 夢なのか、なにかボンヤリと思い出しそうな景色をなまえに見せようとしているのか。

 じんわりと意識がある。肩から肘にかけて張り詰められた筋と、首の後ろに金属パイプのような硬い感覚と鈍痛を覚える。

 音は何も聞こえないと言えば嘘になる。きっと誰かが私を呼んでいる。

 だが全神経を使っても、この瞼を持ち上げる事すら出来ない。まるで睫毛一本一本が上下各々固く結ばれているような、眉毛から下のこの瞼が鋼鉄の扉であるような、そんな気さえしてくる。

『マ…ァ…ッド…』

 喉の奥に吐息で震えた声帯が、確かに自分の唇を押し開けたのを覚えた。私はいつもこの人に助けてとすがったのを覚えている。

 …嘘だ。それは私ではない。私はそんな人を知らない。
 だって、私の胸にある名前は…!


 ハッとして瞳を開けたはずだった。
 だが暗闇は尚もなまえを抱いたまま、そのゆりかごを不安に委ねてその身体に震えを起こす。

 トロリとした液体の中にいるような、深海の淵にいるような、おそろしく何もない精神世界の暗闇で膝を抱えてあたりを見回した。

 そこに光のような白いものが、一筋立ってこちらを見ているのに気がつく。

『…!シャーディー!!』

 白い木綿の服をなびかせた男がひざまずくのが目に入り、やっと自分が立ち上がっている事がわかった。

『なまえ、7つの千年アイテムのうち3つが持ち込まれ、今この城に5つが揃った。』

『だからこの城に来ているの?…貴方には聞きたい事が…!』

『図らずも現世で女王と呼ばれる運命を背負った憐れな娘よ。その運命を象徴した千年秤が 現世の拠り所として貴女を選んだ。…貴女も、その千年秤によって、貴女自身もその運命を選ばなければならない。』

 千年秤のウジャド眼が光り、その上瞼と下瞼になまえの姿が逆しまの鏡合わせに映る。そして中央の瞳が 今にもその何方かに映ったなまえを喰うと言わんばかりに、底の知れない暗闇を携えた瞳孔がポッカリと口をあけていた。

『貴女という…徴(しるし)を携えた赤ん坊がこの世に生を受けてから、様々な出来事がパーツとなって揃い、そして今、総てが始まろうとしている。…貴女は総ての事のキッカケにすぎなかった。だが貴女は、この世に生を受けたからこそ、再び人生を全うしなければならない。』

 なまえの脳裏にブラック・マジシャンと海馬の2人の姿がよぎる。シャーディーも、千年秤のウジャド眼も、おそらく見透かしているだろう。

『なまえ、これから貴女は、貴女自身の秤で見極めなければならない。…そしていずれは、貴女は大きな闇と強大な敵に打ち勝つための布石になる。さぁ、はやくこの精神世界から目を覚まして、貴女の目で見るんだ。」

「…ッ」

 そう、海馬───!
 海馬!!!

 はやく目を覚まさなきゃ───!!!

 ***

「(───海馬!)」

 ハッとして、その瞼を破るように打ち開くと、急に明るい世界が開けて瞳に痛みのような感覚さえ覚えてすぐに顔をしかめてしまう。
 しかしすぐに身体が後ろ手に縛られていると気がつくと、なまえは上を仰いでいた首を起こして前を見た。

 そこには天井も床も見えない空間にデュエルリングだけが聳える異様な広間に、海馬とペガサスがデュエルの最中であるのが見えた。

「海馬…!」

 うまく声が出ない。喉の奥がカラカラに乾燥して、肺もどこか空虚な吐息しか吐き出さない。
 だがそれでもその掠れた声だけで、海馬は確かにこちらへ振り返った。

「なまえ…!」

 海馬はたった1枚のカードを手に、残りのデッキは全て墓地にばら撒かれていた。
 なまえの目の覚めない間、海馬は独り闘い 奮闘しながらもブルーアイズを奪われ、ペガサスのトゥーンワールドを完全に攻略する事ができず、さらには自身の“死のデッキ破壊ウイルス”によって、まさしく残り1枚のカードのみにその敗北を決する瞬間であった。


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