手土産の話
「やっほーユキ!ひっさしぶりー!」
「うるさい静かに入れ」
執務室の中央で、ぱらりぱらりと書類をめくる女性。陶器のような肌に黒曜石の瞳はひどく似合っており、さらりと流れる黒髪は西洋人ばかりいる壁の中では珍しいものだ。その女性・ユキは鋭い瞳でハンジを睨むと「で、何なんだ」と鬱陶しそうに用件を訊ねた。
「もー、そんなに邪険にしなくても良いじゃん。折角良いもの持ってきたのに」
「………良いもの?」
するとユキは身構えた。「ちょっと!何でそんなに警戒するの!?」「…ハンジの“良いもの”は碌なモンじゃない」酷い言い草だ。ハンジは思わず憤慨した。
「お土産だよお土産!ほら、私この前巨人の生体について内地まで報告しに行ったじゃん?その時に買ってきたんだ」
「ああ、あの時の………」
漸く警戒心を解いたユキは、席を立った。紅茶を淹れてくれるらしい。
「そういえば彼はどうしたの?」
ユキには優秀な補佐官がいる。彼はいつもユキの傍を離れないのに、今日は執務室にいない。
「あいつは今、団長室に報告書を提出しに行ってる」
不思議そうにするハンジの顔を一瞥してユキは述べた。「で、土産とは?」早く見せろと言わんばかりに彼女はどかっとソファに座った。尊大な態度は彼女と家族同然なリヴァイによく似ている。
「はいどうぞ」
「…お菓子?」
袋をテーブルに置いたのと同時に、ユキがカップに紅茶を注いだ。鮮やかな紅色がカップの中に満たされてゆく。ユキの淹れた紅茶は好きだ。以前彼女にそう述べれば、彼女は“あいつ”が淹れた紅茶のほうが美味しいと素っ気なく言っていた。多分、悔しがったのだろう。
ハンジはきょとんとしているユキを見ながら紅茶に口をつける。上品な匂いが鼻孔を擽り、濃い味が乾いた喉を潤した。
「…マドレーヌ?」
「あれ?知ってたの?」
砂糖を用いた菓子など、下町にはあまり出回っていない。ユキは地下街出身だったので、てっきり菓子類には疎いと思っていた。
「あ、ああ、ちょっと前に、見たことがあったんだ」
「そうなの?…甘くて美味しいよ。是非ユキに食べてほしくて」
「……確かに食べるのは初めてだ」
ちょっと嬉しそうな顔をしてユキがマドレーヌを齧った。
「うん、美味しい」
顔を綻ばせる彼女に、ハンジの胸中に満足感が募る。やっぱり買ってきて良かった。値段はかなりアレだったがこうして友の喜んだ顔を見れるのなら構わない。しかし、ユキのことだから値段について思案しているだろう。近い内お返しでもされそうだ。
「失礼します」そんな中、ノックと共に男の声が扉越しに聞こえた。聞き慣れたそれにユキが入室を許可する。
「ああ、ハンジさん。いらしてたんですか」
補佐官の彼が少し目を瞬かせてハンジを一瞥した。
「久しぶり。元気してた?」
「ええ、まあ。それよりモブリットさんが貴方を探していましたよ」
「え」
げげっ、と嫌そうな声を漏らせば呆れたようにユキがまた睨みつけてきた。
「あんまりモブリットを困らせるなよ」
「はーい…」
「この間、補佐するならハンジさんじゃなくユキさんが良いって、彼、漏らしていましたよ」
「なにィ!?それは聞き捨てならないな!!」
まったく酷い言い草である。尋問が必要だ。今すぐにでも会いに行かねば。紅茶を飲み干して立ち上がる。失礼するねと手を挙げれば「さっさと書類をまとめて持ってこい」と言われた。
「ユキさん、団長から書類が」
「ありがとう。…あ、そうだ、マドレーヌがあるんだ、ちょっと休憩したらどうだ。湯も沸かしたてだから紅茶淹れてあげる」
「あっ、紅茶くらい自分で…」
「いいよ別に」
背後から聞こえてくるユキたちの仲睦まじき会話を聞きながら、モブリットもあのくらい従順だったらなぁと思って、ハンジは怒り心頭な己の部下の元へと急いだ。