『は?たけのことかあり得ないんだけど』

全ては、月島のその一言から始まった。
とある日の昼休みのことである。山口はいつも通り月島と昼ご飯を共にしようと、彼の右隣に座った。そこでふと視界に入ったのはクラスメイトの影山由貴の荷物であった。彼女の席は月島の丁度一つ前、つまり山口が今座った席の斜め左前だ。だから山口は良い感じに由貴の手元が見えたのである。
「影山さんってお菓子食べるんだ」
コンビニの袋から覗く有名なパッケージのチョコレート菓子。正直なところ、クールそうな彼女には似合わないものであった。
「私、甘いの好きだけど」
案の定由貴から冷たい答えが返ってきた。あ、そっか…。とちょっとばかし気まずい思いをして山口は目を逸らす。
すると、刹那、月島が冒頭のセリフを口にしたのである。
「は?たけのことかあり得ないんだけど」
瞬間、空気が凍りついた。(え?な、何で…?)突然の変わりように山口は言葉を失う。
くるりと振り向いた由貴は絶対零度の視線を月島に刺している。表情こそ無だが、目が物語っていた。“何言ってんだお前”と。
「月島こそ何寝ぼけたこと言ってんの。もしかしてまだ眠気が取れてないわけ?」
「は?この通り目は覚めてますケド。君こそ寝ぼけてたけのこ買ったの?どう考えてもきのこのほうが美味しいデショ」
「ハッ冗談きついよ。きのこなんて邪道、どう考えてもたけのこ一択」
「邪道は君だよ。聡明な影山さんがまさかたけのこ派だなんて思いもしなかったよあーあガッカリー」
「ガッカリなのはこっちだよ。頭脳明晰な月島がきのこ派だなんて笑っちゃうね」
「学年一位の君に頭脳明晰とか言われても皮肉にしか聞こえないよ」
「皮肉のつもりなんだけど?」
いやいやいやちょっと待て。うん、待ってくれ。どういう状況だこれは。――山口は混乱していた。
たった一つの菓子ごときでこれ程まで辛辣な会話が成立するものだろうか。そもそも月島がきのこ派なのを初めて知った。由貴がたけのこ派なのも初めて知った。というか、互いがどちらが好きかなんてそんなのどうでも良くないか。
「絶対たけのこのほうが美味しいから!」
「…まったく、本当に分からず屋だね!」
スパーン!良い音を立てて月島が置いたのは、まさかの例のきのこ。えっいつ買ったの?という山口の疑問を他所に、月島はパッケージを開くときのこを一つ摘んだ。
「どうせ王様と双子の君のことなんだから食わず嫌いでもしてるんデショ。一度食べてみたら分かるよ!」
「私はたけのこ以外絶対っ!むぐっ…」
由貴の頬を掴み、チョコの部分から無理やり口に突っ込んだ月島。彼に想いを寄せている女子からすれば由貴は羨望の的だろう。きっと由貴はそれどころじゃないだろうが。
その時山口は何も考えなかった。何も考えず、ただ無意識の内にその光景にシャッターを切った。
「っ何するの!!!」
「どう?美味しいでしょ?」
「いやどう考えてもたけのこのほうが美味しいから!」
「味覚おかしいんじゃないの!?きのこの良さが分からないなんて!」
次第に二人に集まる視線が増えてきたが、当人たちはまったく気にしていない。他のクラスメイトたちは普段大人しい彼らが尋常じゃない剣幕で言い争っていることに恐れをなして、誰も近づいてこようとしない。それだけが唯一の救いだろう。月島たちもこんなことで目立つのは本意ではないだろうし、クラスメイトたちにはそっとしておいてほしいと思うに違いない。がしかし、そろそろ仲裁に入ったほうが賢明だ。
「まあまあ二人とも落ち着いて。好みなんて違うのが当たり前なんだからそんなに喧嘩しなくても…」
「「じゃあ山口はどっち派!?」」
見事に声が揃った。眼光鋭い四つの目玉に睨まれ、山口は肩を震わせる。
「えっ…お、おれ?」
「きのこだよね山口」
「いや、勿論たけのこだよね?」
どちらに転んでも殺されそうだ。冷汗が背中を伝う。シャツに染み込んだ感触がしたが、それどころではなかった。
「えっ………と」
ギョロリ。由貴と月島が同時に瞬きをする。
「俺はパイの実のほうが…食べる、かも」
結局山口はどちらも選ばなかった。否、選べなかった。
「…………パイの実」
「う、うん。パイの実」
するとどういうわけか、由貴が神妙な顔をして顎に手を添えた。
「確かにパイの実も美味しい」
「分かる。あの手頃なサイズでパイ生地が食べられるってすごい良いよね」
「そうだよね、良いよねアレ」
あれ?――――山口はまたもや混乱した。なんか急に収束したぞ?
「パイの実も買ってきてるんだけど、食べる?」
「食べる」
由貴は袋からパイの実を取り出す。二人は先程の熾烈な争いなどなかったかのように、もそもそとそれを食べだした。しかもそれだけじゃない。どんなお菓子が好きか談義までしだした。真面目な顔で。
山口は思った。いや、山口を含む、クラスメイト全員が思った。


お前ら実は仲良いだろ。


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