ドンッ!ドンッ!

「…確かに鳴ってるなあ」
「そうじゃろ?」

ドンッ!ドンッ!

一定の感覚で衝撃がある。横の壁からというよりも、上から“何か”が落ちてくるような音だ。
「…これ、ヤな予感するわ」
「えっ」
そ、と上を見る。そして紫苑は(ああ…)と気分が沈んだ。予想通りの原因に、なんだが脱力してしまった。
「どうしたんじゃ?」
「アンタ…感が無くて良かったな」
「カン?」
「アンタみたいな普通の人間がこんなん視たら、絶対びっくりすんで」
仁王の部屋にある天窓…そこは、衝撃と同調するように定期的に赤く染まる。
赤い液体。そして、女の顔。悲痛な、顔。
「アンタホンマに何しよってん」
「は!?」
「ホンマに指輪拾っただけなん?」
「拾っただけじゃ!」
落ちてくる女。何回もリピートし、落ち続ける女。その女の視線は、机上にある指輪に注がれている。
「…これ、返してほしいんか」
「?」
「仁王はアンタに返してるやん。やのに、何でこいつに付きまとうねん」
―――アぁ。
女の口が開く。
「…仁王、黒髪ロングの女の人知らんか?」
「知らんぜよ…つかそんな女、どこにでも居るぜよ」
「せやんなあ」
と、その時であった。ぞわりと紫苑の背中を何かが撫でた。それは、警告。
「っ仁王!!」
「なん…!?」
グンッ!と彼の腕を引っ張り、ドア付近に彼を移動させる。ガシャァン!!―――その刹那には天窓のガラスが先程彼が居た場所に降り注いでいた。
紫苑と仁王は前を見据える。特に仁王は目の前の現実についていけず、ただただ凝視していた
「何じゃあれは…」
「! アンタ視えるんか、女が」
「ああ…」
視ることができるのに驚いた紫苑だが、今はそんなことを気にしている余裕は無い。
「ァ、あぁア、…ァ」奇妙な声をあげ、女は紫苑に、いや正確には仁王に近づいてくる。
咄嗟に紫苑は印を結んだ。
「臨兵闘者 皆陣列前行!!」
そう叫ぶと、女は歩みを止めて頭を抱えた。彼女の口からは怨むような恐ろしい声が洩れている。
「!!?」
「今のは九字云うてな、呪力を持った九つの文字や。うちが言うたんは人によっては最も強力な九字言われてんねん」
一方的に説明する。茫然としている仁王の背後に押しやり、その手に塩を握らせる。紫苑は女と向き直り、目を閉じた。
“に、お…”女の声が脳内に直接響く。なんとなくだが、女のやろうとしていることが解った気がした。
「あの女、やっぱアンタの知り合いやで」
「は!?じゃから…」
「いや正確には、一方的に知っとるって言うたほうが正しいかもしれん」
含みのある言い方に、仁王は眉を寄せた。
「アンタは覚えてへんかもしれんけど、この女、昔アンタに助けられとうわ」
「助けられて…?いつ…」
「そんなんうちが知ってるわけないやん。せやけどちょっと昔…この女、イジメられとったんや」
「!」
「…心当たりあるんか」
「そんな…助けたとか、そんな大層なことじゃなかったぜよ」
中学一年の頃、内気な女の子が校舎の裏で泣いていた。何故泣いているのか、それを訊ねると女の子は指輪を失くしたと言った。訊いたまま踵を返すのは気が引けたので、仁王は成り行きで一緒に探したのだ。結局指輪は見つからなかった。しかし女の子は言ったのだ。“ありがとう”と。それきりその女の子は見ていない。
話を聞き終わった紫苑は、小さな溜息を洩らす。
「あの女、アンタのこと好きやったみたいや」
「…、」
「一緒におってほしいらしい」
「は…?」
「アンタが指輪を拾ったんは必然やったんかもな」
ま、うちと知り合うんは偶然やったかもしれんけど。
そう呟いて、紫苑は女に近づいた。
「アンタは死んだんや」
「! 土御門さん!?」
「仁王は生きとる。アンタは死んでん。いい加減理解しィ」
「ァァ、あああァ…」
女はいやいやと頭を横に振る。
イジメに耐え切れず飛び降り自殺。しかしそんな地獄の中、気まぐれだったとはいえ一緒に指輪を探してくれた仁王に、この女は恋をしてしまったのだろう。優しい子、自分を認めてくれる子。そう思い続け、ずっと一緒に居てほしかったのだ。
「…輪廻転生って知っとるか?生まれ変わるゆうアレや」
「……」
「このまま仁王に付きまとってても、アンタの気持ちは伝わらへん」
「ア、ゥ」
「……生まれ変わって、ちゃんと気持ちを伝え。今度は普通の女の子としてな」
紫苑の言葉を聞いて、女は仁王に視線を移す。それに仁王はしっかり見つめ直した。恐怖は不思議と無かった。
「…次会うた時は、名前教えてくれ」
「!」
女の表情が変わる。泣きそうな、嬉しそうな複雑な表情。ふ、と力が抜ける。女の紫色の唇が僅かに動いた。

「あ、りが、トぅ」



「案外さっさと終わってしもたのう」
「あの女がイジメっ子に対する恨みが少なかったおかげやな。ホンマにアンタに傍におってほしかっただけらしい」
翌日の早朝、仁王は紫苑の家にお邪魔していた。指輪を供養してもらう為である。紫苑の家は立派な木造建築だ。洋風な一軒家に住んでいる仁王にとっては、新鮮でありちょっと羨ましい。
「…多分これで心配ないわ。あの子もちゃんと成仏できたやろ」
仁王の胸元に手を当てて、静かに言う紫苑。その表情は初めて会った時よりも穏やかだ。厄介事を持ってきた仁王と当初会話をしていた時は不機嫌丸出しだったため、こんな表情をする紫苑に仁王は好感を得た。
「世話ンなったのう」
「ホンマにな。おかけで用意した塩とかその他諸々が無駄になってもた」
「そ、それは…済まんかった」
「別にええって。余るんはええことや」
塩等が余るということは、霊が悪質なものではなかったということ。紫苑はそれを暗に言っている。
「…さて、ほな学校に行くか」
「そうじゃの」
「……ん?アンタと一緒に行くんか」
「むしろ何で俺と一緒に行かんのじゃ」
「…………まあええか」
「ちょっ、土御門さーん?」