偶然と予覚
「仁王先輩!」
「おお、赤也。あれからどうじゃった」
翌日、仁王よりも遅れて赤也が部活にやって来た。仁王は既にジャージに着替えていていつでも動ける服装だ。
「なんとか言ってみせましたよ!」
「素直に聞いてくれたんか」
「いやぁ…それは微妙でしたけど…」
「心配じゃのう。何も無ければ良いんじゃが…」
「大丈夫っすよ!さすがにあんだけド直球に言えば引き下がりますって!」
「…おまん、そんな素直に言ったんか」
別れを言い出せなかった時とは違い、どうやらオブラートにも包まずに言葉を曝け出してしまったようだ。あまりにも極端である。本当に何も無ければ良いのだが。
そんなことを喋りながら、二人は部室に向かう。詳しいことを他の部活仲間に知られたくはない。話をややこしくしてしまうだけだ。
二人が部室に入ると、誰も居なかった。どうやら赤也が一番遅かったらしい。割とよくあることだが、今日は仁王の胸に何かを抱かせた。何故か、ここに居ると不安になる。
「そういや先輩、今日の―――」
「赤也ッ!!!」
―――ガッシャーンッ!!!
先程まで赤也が居た場所には、ロッカーが横たわっていた。
「何だ!?」「どうしたの今の音!」外から慌ただしい声が聞こえる。
「あ、ありがとうございます仁王先輩…俺、あのままあそこ立ってたら…」
「気にすることないぜよ。それより怪我は無いかの?」
「は、はい…」
仁王が赤也の腕を引っ張って自分のほうに誘導してくれなかったら、今頃赤也はロッカーの下敷きになっていた。仁王の俊敏な動きのおかげで赤也は無傷だ。
「仁王!赤也!」
「幸村先輩!」
ホッとしたのもつかの間、勢いよくドアが開かれて赤也の肩がびくりと震えた。
部室に入って来たのは部長の幸村精市だ。それから副部長の真田が続く。
「怪我は!?」
「無いぜよ」
「仁王さんのおかげっす…」
「良かった…本当に…」
幸村が息を吐くのを一瞥して、真田はロッカーを元に戻す。
「まったく…設備が悪くなってるらしいな」
「設備が?」
「そうだが…何だ赤也、そんなにビクビクして」
「えっ」
「あー…そりゃいきなりロッカーに下敷きにされかけたなら誰だってビビるぜよ。特に赤也は」
「確かにね。…赤也、君は今日の朝練は休んで良いよ。これじゃ集中できないだろう」
「………はい」
幸村の言葉を素直に聞いている辺り、赤也にとってこの出来事は相当堪えるものがあったのだろう。そそくさと荷物をまとめて部室を出て行ってしまった。
そんな彼の後ろ姿を、仁王はじっと見つめる。「…っ」その瞬間、手の甲に僅かな痛みを感じた。
「仁王、俺たちは練習を再開するよ」
「おお…」
「…、どうしたの?」
「いんや、何でもない」
幸村の探るような視線を掻い潜り、仁王は外に出た。手の甲の痛みはもう無かった。
*
「嫌な予感するわあ」
「紫苑、最近そればっかだね」
休み時間、紫苑は腹の中が掻き乱される感覚を受けていた。しかしそれはついさっき感じたのではない。学校に来てからずっとだ。おそらく誰かの強い念を、自分の第六感が察知してしまっているのだろう。
「はぁ〜」
「保健室行く?」
「いんや…大丈夫や」
「そっか」
会話が終了したのと同時にチャイムが鳴る。友人は紫苑を一瞥してから着席した。
(誰やねんもうちょい冷静になれや)
顔も知らない相手に、悪態をつく。教師が教科書を開いてと指示をしていたが、今の紫苑はその指示を聞いていられるほどの余裕は無かった。
〈何で何で何で!?〉
“ソレ”はずっとそんなことを口走っている。同じ単語の繰り返し。疑念と怨念、二つが合わさって相手を見つめている。
「これ…あいつやんなあ」
思わず口にしてしまう。
聞いたことのある心の声。以前、赤也を視た際に聞こえた女の声である。赤也は別れを切り出したと言っていた筈。それなのに想いが強くなっているところをみると、別れ話は失敗に終わったようだ。一体どれだけ直球に言ったのだろう。
ふと紫苑は教師の声を聞きながらケータイをこっそりと開け、メール画面を起動させた。宛先には“仁王雅治”の名前を選択する。素早く文章を作成して送信する。すると五分も経たない内に、メールは返信された。
(ちゃんと授業受けろや)そう悪態をつくが、その言葉は自身にブーメランで帰ってくることに紫苑は気づかなかった。
彼からの文面を確認した紫苑はルーズリーフを取り出して漢字を書いていく。先程仁王から送られてきたメールの内容は、赤也の簡単なプロフィールだった。流石に彼でも彼の出生時刻は知らなかったようだが、生年月日を知れれば充分だ。
「…成程」
「こら土御門!」
「!?」
バッと顔を上げると、怒り顔の教師が目の前に立っていた。やべ、と本能が察する。
「授業中に落書きするな!それに教科書だって開いてないじゃないか!」
「…す、すみませーん」
「よし、お前には先生から居残りという時間をプレゼントしよう」
「ええーっ!?」
教師と紫苑のやり取りにクラス内はどっと笑いが起きる。笑い事ではない。紫苑は放課後にやらなければいけない大事な用事が、ついさっきできてしまったのだ。しかしそれを今口に出して抗議するほどの勇気が紫苑にある筈も無く、授業は静けさを取り戻して続行となった。
「おお、赤也。あれからどうじゃった」
翌日、仁王よりも遅れて赤也が部活にやって来た。仁王は既にジャージに着替えていていつでも動ける服装だ。
「なんとか言ってみせましたよ!」
「素直に聞いてくれたんか」
「いやぁ…それは微妙でしたけど…」
「心配じゃのう。何も無ければ良いんじゃが…」
「大丈夫っすよ!さすがにあんだけド直球に言えば引き下がりますって!」
「…おまん、そんな素直に言ったんか」
別れを言い出せなかった時とは違い、どうやらオブラートにも包まずに言葉を曝け出してしまったようだ。あまりにも極端である。本当に何も無ければ良いのだが。
そんなことを喋りながら、二人は部室に向かう。詳しいことを他の部活仲間に知られたくはない。話をややこしくしてしまうだけだ。
二人が部室に入ると、誰も居なかった。どうやら赤也が一番遅かったらしい。割とよくあることだが、今日は仁王の胸に何かを抱かせた。何故か、ここに居ると不安になる。
「そういや先輩、今日の―――」
「赤也ッ!!!」
―――ガッシャーンッ!!!
先程まで赤也が居た場所には、ロッカーが横たわっていた。
「何だ!?」「どうしたの今の音!」外から慌ただしい声が聞こえる。
「あ、ありがとうございます仁王先輩…俺、あのままあそこ立ってたら…」
「気にすることないぜよ。それより怪我は無いかの?」
「は、はい…」
仁王が赤也の腕を引っ張って自分のほうに誘導してくれなかったら、今頃赤也はロッカーの下敷きになっていた。仁王の俊敏な動きのおかげで赤也は無傷だ。
「仁王!赤也!」
「幸村先輩!」
ホッとしたのもつかの間、勢いよくドアが開かれて赤也の肩がびくりと震えた。
部室に入って来たのは部長の幸村精市だ。それから副部長の真田が続く。
「怪我は!?」
「無いぜよ」
「仁王さんのおかげっす…」
「良かった…本当に…」
幸村が息を吐くのを一瞥して、真田はロッカーを元に戻す。
「まったく…設備が悪くなってるらしいな」
「設備が?」
「そうだが…何だ赤也、そんなにビクビクして」
「えっ」
「あー…そりゃいきなりロッカーに下敷きにされかけたなら誰だってビビるぜよ。特に赤也は」
「確かにね。…赤也、君は今日の朝練は休んで良いよ。これじゃ集中できないだろう」
「………はい」
幸村の言葉を素直に聞いている辺り、赤也にとってこの出来事は相当堪えるものがあったのだろう。そそくさと荷物をまとめて部室を出て行ってしまった。
そんな彼の後ろ姿を、仁王はじっと見つめる。「…っ」その瞬間、手の甲に僅かな痛みを感じた。
「仁王、俺たちは練習を再開するよ」
「おお…」
「…、どうしたの?」
「いんや、何でもない」
幸村の探るような視線を掻い潜り、仁王は外に出た。手の甲の痛みはもう無かった。
*
「嫌な予感するわあ」
「紫苑、最近そればっかだね」
休み時間、紫苑は腹の中が掻き乱される感覚を受けていた。しかしそれはついさっき感じたのではない。学校に来てからずっとだ。おそらく誰かの強い念を、自分の第六感が察知してしまっているのだろう。
「はぁ〜」
「保健室行く?」
「いんや…大丈夫や」
「そっか」
会話が終了したのと同時にチャイムが鳴る。友人は紫苑を一瞥してから着席した。
(誰やねんもうちょい冷静になれや)
顔も知らない相手に、悪態をつく。教師が教科書を開いてと指示をしていたが、今の紫苑はその指示を聞いていられるほどの余裕は無かった。
〈何で何で何で!?〉
“ソレ”はずっとそんなことを口走っている。同じ単語の繰り返し。疑念と怨念、二つが合わさって相手を見つめている。
「これ…あいつやんなあ」
思わず口にしてしまう。
聞いたことのある心の声。以前、赤也を視た際に聞こえた女の声である。赤也は別れを切り出したと言っていた筈。それなのに想いが強くなっているところをみると、別れ話は失敗に終わったようだ。一体どれだけ直球に言ったのだろう。
ふと紫苑は教師の声を聞きながらケータイをこっそりと開け、メール画面を起動させた。宛先には“仁王雅治”の名前を選択する。素早く文章を作成して送信する。すると五分も経たない内に、メールは返信された。
(ちゃんと授業受けろや)そう悪態をつくが、その言葉は自身にブーメランで帰ってくることに紫苑は気づかなかった。
彼からの文面を確認した紫苑はルーズリーフを取り出して漢字を書いていく。先程仁王から送られてきたメールの内容は、赤也の簡単なプロフィールだった。流石に彼でも彼の出生時刻は知らなかったようだが、生年月日を知れれば充分だ。
「…成程」
「こら土御門!」
「!?」
バッと顔を上げると、怒り顔の教師が目の前に立っていた。やべ、と本能が察する。
「授業中に落書きするな!それに教科書だって開いてないじゃないか!」
「…す、すみませーん」
「よし、お前には先生から居残りという時間をプレゼントしよう」
「ええーっ!?」
教師と紫苑のやり取りにクラス内はどっと笑いが起きる。笑い事ではない。紫苑は放課後にやらなければいけない大事な用事が、ついさっきできてしまったのだ。しかしそれを今口に出して抗議するほどの勇気が紫苑にある筈も無く、授業は静けさを取り戻して続行となった。