もう一つ、動き出す
夕方頃、赤也はふと視線を感じて振り向いた。ぞくりとした嫌な感じの視線。まさか元カノかと思い、内心ビクビクしながら振り返ったのだが、そこには誰も居なかった。まさか気の所為だったのか、と首をひねる。今朝方の騒動もあったし、少し敏感になっているのかもしれない。
「赤也」そんな時、仁王から声をかけられた。いつもより声音は揺れている。
「どうしたんすか?」
「いや…柳から聞いたんじゃが、あれから体調を崩したんじゃろ?平気なんか?」
そうなのである。朝練を一足早く切り上げた赤也は、授業が始まって少ししたのち、倒れてしまったのだ。すぐさま保健室に運ばれ、暫くはベッドで休んだ。倒れた原因は保健医も分からなかったらしく、病院を勧められたらしいが赤也は断ったらしい。
「…あの、仁王先輩」
「ん?」
「………土御門先輩ってもう帰っちゃってますかね」
「ああ土御門さんか。あいつ、教室残っとるらしいぞ」
「へ?何で?」
「なんでも数学の先生に居残りさせられとるらしい」
「土御門先輩って数学苦手なんすか?」
「さあ、そこまでは知らん。…あ、そういや授業中におまんのことメールで色々訊いてきよったのう」
「俺のこと?」
キョトンとする赤也を一瞥して仁王はケータイを開く。
「…あっ」
「どしたんすか?」
「おまんに言うとけって言われとったこと忘れてた」
「は?」
「なんでも土御門さんが言うには、お前さんは学校が終わったら早々に帰ったほうがええらしい」
ほれ、と仁王はケータイの画面を赤也に見せる。確かにそこには赤也を早く帰らせるようにといった文面が添えられていた。
「つーか何で今言うんすか!もう夕方の六時っすよ!?」
「済まん!」
「今更幸村部長に言って早めに切り上げることだってできねェだろうし…」
あああ!と唸って赤也が頭を抱えていると「……どうしたんだお前たち」と柳が声をかけてきた。
「やっ柳先輩!」
「給水所から帰ってくるのがやけに遅いと思っていたら…こんなところを弦一郎に見られたら間違いなく拳骨だぞ」
テニス部副部長の真田弦一郎は今時の中学生にしては珍しい堅気な生徒で、性格が影響しているのか大人顔負けの渋い顔つきでもあるのだ。
そんな彼・真田の拳骨は頭蓋骨を粉砕してしまうのかというくらい威力を持ち、遅刻の度に赤也はその怖さを思い知っているので今の柳の言葉に顔を真っ青にさせた。それは勿論、仁王もだ。
「…まあ、今日はもう拳骨は無しだろう。もうすぐ活動時間が終了するからな」
「あっいつの間に…」
「俺ら、結構話し込んでいたようじゃの」
「だから呼びに来たんだ。赤也、特にお前は今日は体調が優れないんだから。あまりふらつくな」
「すみませーん」
*
もう、殆どの生徒はとっくに帰宅している時間帯に紫苑は教師から解放された。本来なら授業中に別のことをしていたことに関して小言を言われるだけだったのだが、紫苑は日頃の数学のテストの点数はあまりよろしくなかったので、今日はプリントというありがたくないものを頂戴して、それをやらされていたのでこんなにも居残りに時間がかかってしまったのである。
昇降口に行けば、やはり外履はほぼ無かった。半分期待する気持ちを持って、紫苑は外履に履き替えて校舎を出る。向かう場所はテニスコートだ。
「仁王!」
「土御門さん!?何でここに…」
テニスコートに行けばすぐに仁王を見つけられた。紫苑が彼を呼べば彼はひどく驚いた顔をしている。流石にこの時間まで学校に居たことに驚きを隠せないのだろう。紫苑自身でさえ、こんな時間になるまで居残りをさせられるとは思っていなかった。
「ワカメは?」
「さっき帰ったぜよ」
「さっき!?何でさっきなん!」
「いやあ…」
「うち早よ帰らせろ言うたやん!」
「す、済まん」
「こンのボケ!ワカメはどっちの方角に帰ったん!?」
「ちょっときみ!さっきから何なの!?」
と、ここで二人の会話に割って入った声。「何やねん!」と紫苑は悪態をついて振り返ると、そこには少々怒り顔の幸村が居た。
「さっきから仁王に暴言ばっか吐いて…きみ、何様のつもり?」
「(おまんがそれを言うか)…幸村、こいつは、」
「アンタには関係無いやろ。うちは今こいつと喋っとんねん。邪魔すな」
「…ピヨッ」
説明しようとする仁王を遮り、紫苑ははっきりと言ってしまう。その瞬間幸村の笑顔が黒いものに変わったことを仁王は見逃さなかった。これは絶対に面倒なことになる。
「ん?そういえばきみ、俺と同じクラスの土御門さんだよね」
「アンタうちとおんなしクラスなんか」
「ははっ。きみ、クラスメイトの顔くらい覚えておきなよ」
「うちはどうでもええことは覚えん主義でな。つーかそんなことどうでもええねん。仁王、あのワカメはどっち行ってん、答え」
「なに、きみ赤也とも知り合いなの?」
「アンタは邪魔すな言うてるやろ!」
これは非常に拙い。紫苑が幸村相手に噛み付いている。たとえ紫苑が幸村に屈しなかったとしても、暴言を吐かれた幸村の矛先は間違いなく仁王と赤也に向いてしまう。それだけは避けたい。自分が痛い思いをするのは嫌だ。
「済まんの幸村。ほんまに大事なことなんじゃ、少し抜ける」
「ちょっ…仁王!」
「土御門さん、こっちじゃ」
引き留める幸村を無視して、仁王は自分のバッグを引っつかんで紫苑を促した。紫苑は元々走る気満々だったらしく、突然走り出した仁王にちゃんとついてきた。
――結局何もかも分からず終いの幸村は、呆然とそこに突っ立っていた。
「何だったの、あれ」
「ふむ、あの女子生徒は土御門紫苑。幸村、お前と同じクラスの生徒だ」
「…そんなことくらい知ってる」
柳の説明に幸村はうな垂れた。そんな彼を一瞥し、柳は自らのノートをめくった。
「なんでも京都出身らしく、興味深い家系だ」
「興味深い家系?」
「…精市」
“お前は幽霊を信じているか?”
そう訊ねた柳は、薄く笑っていた。
「赤也」そんな時、仁王から声をかけられた。いつもより声音は揺れている。
「どうしたんすか?」
「いや…柳から聞いたんじゃが、あれから体調を崩したんじゃろ?平気なんか?」
そうなのである。朝練を一足早く切り上げた赤也は、授業が始まって少ししたのち、倒れてしまったのだ。すぐさま保健室に運ばれ、暫くはベッドで休んだ。倒れた原因は保健医も分からなかったらしく、病院を勧められたらしいが赤也は断ったらしい。
「…あの、仁王先輩」
「ん?」
「………土御門先輩ってもう帰っちゃってますかね」
「ああ土御門さんか。あいつ、教室残っとるらしいぞ」
「へ?何で?」
「なんでも数学の先生に居残りさせられとるらしい」
「土御門先輩って数学苦手なんすか?」
「さあ、そこまでは知らん。…あ、そういや授業中におまんのことメールで色々訊いてきよったのう」
「俺のこと?」
キョトンとする赤也を一瞥して仁王はケータイを開く。
「…あっ」
「どしたんすか?」
「おまんに言うとけって言われとったこと忘れてた」
「は?」
「なんでも土御門さんが言うには、お前さんは学校が終わったら早々に帰ったほうがええらしい」
ほれ、と仁王はケータイの画面を赤也に見せる。確かにそこには赤也を早く帰らせるようにといった文面が添えられていた。
「つーか何で今言うんすか!もう夕方の六時っすよ!?」
「済まん!」
「今更幸村部長に言って早めに切り上げることだってできねェだろうし…」
あああ!と唸って赤也が頭を抱えていると「……どうしたんだお前たち」と柳が声をかけてきた。
「やっ柳先輩!」
「給水所から帰ってくるのがやけに遅いと思っていたら…こんなところを弦一郎に見られたら間違いなく拳骨だぞ」
テニス部副部長の真田弦一郎は今時の中学生にしては珍しい堅気な生徒で、性格が影響しているのか大人顔負けの渋い顔つきでもあるのだ。
そんな彼・真田の拳骨は頭蓋骨を粉砕してしまうのかというくらい威力を持ち、遅刻の度に赤也はその怖さを思い知っているので今の柳の言葉に顔を真っ青にさせた。それは勿論、仁王もだ。
「…まあ、今日はもう拳骨は無しだろう。もうすぐ活動時間が終了するからな」
「あっいつの間に…」
「俺ら、結構話し込んでいたようじゃの」
「だから呼びに来たんだ。赤也、特にお前は今日は体調が優れないんだから。あまりふらつくな」
「すみませーん」
*
もう、殆どの生徒はとっくに帰宅している時間帯に紫苑は教師から解放された。本来なら授業中に別のことをしていたことに関して小言を言われるだけだったのだが、紫苑は日頃の数学のテストの点数はあまりよろしくなかったので、今日はプリントというありがたくないものを頂戴して、それをやらされていたのでこんなにも居残りに時間がかかってしまったのである。
昇降口に行けば、やはり外履はほぼ無かった。半分期待する気持ちを持って、紫苑は外履に履き替えて校舎を出る。向かう場所はテニスコートだ。
「仁王!」
「土御門さん!?何でここに…」
テニスコートに行けばすぐに仁王を見つけられた。紫苑が彼を呼べば彼はひどく驚いた顔をしている。流石にこの時間まで学校に居たことに驚きを隠せないのだろう。紫苑自身でさえ、こんな時間になるまで居残りをさせられるとは思っていなかった。
「ワカメは?」
「さっき帰ったぜよ」
「さっき!?何でさっきなん!」
「いやあ…」
「うち早よ帰らせろ言うたやん!」
「す、済まん」
「こンのボケ!ワカメはどっちの方角に帰ったん!?」
「ちょっときみ!さっきから何なの!?」
と、ここで二人の会話に割って入った声。「何やねん!」と紫苑は悪態をついて振り返ると、そこには少々怒り顔の幸村が居た。
「さっきから仁王に暴言ばっか吐いて…きみ、何様のつもり?」
「(おまんがそれを言うか)…幸村、こいつは、」
「アンタには関係無いやろ。うちは今こいつと喋っとんねん。邪魔すな」
「…ピヨッ」
説明しようとする仁王を遮り、紫苑ははっきりと言ってしまう。その瞬間幸村の笑顔が黒いものに変わったことを仁王は見逃さなかった。これは絶対に面倒なことになる。
「ん?そういえばきみ、俺と同じクラスの土御門さんだよね」
「アンタうちとおんなしクラスなんか」
「ははっ。きみ、クラスメイトの顔くらい覚えておきなよ」
「うちはどうでもええことは覚えん主義でな。つーかそんなことどうでもええねん。仁王、あのワカメはどっち行ってん、答え」
「なに、きみ赤也とも知り合いなの?」
「アンタは邪魔すな言うてるやろ!」
これは非常に拙い。紫苑が幸村相手に噛み付いている。たとえ紫苑が幸村に屈しなかったとしても、暴言を吐かれた幸村の矛先は間違いなく仁王と赤也に向いてしまう。それだけは避けたい。自分が痛い思いをするのは嫌だ。
「済まんの幸村。ほんまに大事なことなんじゃ、少し抜ける」
「ちょっ…仁王!」
「土御門さん、こっちじゃ」
引き留める幸村を無視して、仁王は自分のバッグを引っつかんで紫苑を促した。紫苑は元々走る気満々だったらしく、突然走り出した仁王にちゃんとついてきた。
――結局何もかも分からず終いの幸村は、呆然とそこに突っ立っていた。
「何だったの、あれ」
「ふむ、あの女子生徒は土御門紫苑。幸村、お前と同じクラスの生徒だ」
「…そんなことくらい知ってる」
柳の説明に幸村はうな垂れた。そんな彼を一瞥し、柳は自らのノートをめくった。
「なんでも京都出身らしく、興味深い家系だ」
「興味深い家系?」
「…精市」
“お前は幽霊を信じているか?”
そう訊ねた柳は、薄く笑っていた。