「赤也、酷い」

何で仁王は大事なことに限って言い忘れるのか、赤也は心の底から呆れた。が、それと同時に今まで味わったことのない緊張に呑まれる。
夕方、六時を過ぎた頃、赤也は仁王の手助けもあり部活後の短いミーティングに参加することもなく一足先に帰路についた。だがもう時既に遅し、だったらしい。踏切を渡れば自宅はもうそこだというところで元カノに出くわしてしまった。
「酷い、ほんとに酷い」
「…、」
「あたしにこんな屈辱を味わせる赤也って…ほんとに酷い」
雰囲気がいつもと違う。彼女の背後に掲げられている夕日が、もうすぐ沈みそうだ。ジリジリと二人を照らして、黒い影を生み出す。
“ガランガランガラン…!!”急に電車が走り、赤也の身体は震えた。そしてその瞬間、あることに気がついた。夕日の光が電車に遮られ完全な黒の影を作った際、元カノの背後に異形のモノが居たのだ。
“ヒヒヒヒ”
笑って、いる。
ずっとずっとずっと笑って笑って笑って笑って笑って。口を三日月にして。瞼をあんぐりと開いて。
彼女も、笑っている。
“ヒヒヒヒ、愚かな人間、ヒヒヒヒヒヒ”
「ヒヒヒヒ、愚かな人間、ヒヒヒヒヒヒ」
何故彼女は、異形のモノと同じことを言っているのだろう。何故同じ表情をしているのだろう。
「…っ」
“愚かな人間め、すぐに喰ってやる”
彼女の背後に居た異形のモノは、のそりと赤也に近づいてくる。赤也の身体は恐怖に囚われ動くことができない。
「あ、ぁ…」
カサリカサリ、カサリ。六本の脚を使って、赤也に近づく異形。

「待ちィや」

しかしそれは、ある声によって停止させられた。
「…つ、土御門、先輩…」
「遅なって悪かったな」
ふ、と不敵に笑う紫苑は、誰がどう見てもヒーローに違いなかった。