動けない赤也を無理矢理引っ張り、仁王の背後に押し入れる。紫苑は仁王に視線で、赤也を隠せと言った。それから紫苑は侮蔑気味に異形を見つめる。
「…フン、“牛鬼”か。何でこないなとこにおんねん」
“小娘、儂のことを知っておるのか”
「まあな。牛鬼は主に海岸に現れる妖怪や。せやのに何で住宅街なんかに…」
“ヌシには関係の無いことじゃ。まったく…久方振りの人肉じゃと思とったのに”
牛鬼・非常に残忍で獰猛、毒を吐き、人を食い殺すことを好むとされる、西日本に伝わる妖怪。主に海岸に現れ、浜辺にやって来る人間を襲うとされている。
“小娘、どうやらヌシはちと他の人間とは違うようじゃの”
「どうやろな」
“フン、決めた。ヌシから喰ってやろう”
来た…!そう仁王が認識する前に紫苑がポケットの中から塩を取り出して、牛鬼の顔めがけてばら撒いた。
牛鬼は唸り声をあげて怯む。その隙に紫苑は白い紙を取り出した。人型の紙で、中央に五芒星が描かれているものだ。
「“騰蛇”」
“とうだ”―――それは、仁王にとって初めて耳にした言葉だった。そして彼は自らの目を疑う。
紫苑がその言葉を口にした途端、白い紙から赤く燃えた炎が出現した。そしてそれはカタチを変え、炎に包まれた羽の生えた蛇になった。まさしく異形。この世のモノではないことがありありと伝わった。
「鬼魔駆逐 急々如律令」
紫苑は早口にそう言うと、騰蛇は大きく鳴いて牛鬼に巻きついた。
“ギャアアァァアア!!”騰蛇に巻きつかれた牛鬼は騰蛇と同じように炎に包まれて悲鳴をあげる。その声は醜かった。
やがて牛鬼は灰も残らずに消えていった。役目を終えた騰蛇は紫苑を見やると、紫苑はうっすらと笑って紙を破った。するとその瞬間、騰蛇はゆらりと揺らめいて消えた。
「…土御門さん、今のは…」
喉が張り付いたような感覚を受けたが、仁王は訊かずにはいられなかった。
紫苑はくるりと彼のほうを向くと淡々と答えた。
「今のは式神。騰蛇は十二天将の一つ、火神や」
「しっ式神!?今のが!?」
赤也は興奮気味に紫苑の破った紙を見つめる。どうやら先程の恐怖など、式神の登場でどこかに行ってしまったらしい。
「さて」と紫苑は呆然と座り込んでいる彼女の元へ向かう。
「ひっ…」
「アンタ随分抱え込んでてんな」
「あ、あたしは」
「もうこれで解ったやろ。あんまり溜め込むと付け込まれるゆうことが」
何が、とは敢えて言わない。
嘘だと思っていたことが現実で起きてしまった。そのことに彼女は動揺を隠せない。しかし嘘だと喚くこともできない。アレが危険だということは、普通ではないということは、最初から解り切っていたことだから。
「これあげるわ」
「?」
「清めの塩。暫く持っとき」
押し付けるように彼女に握らせる。すると彼女は顔を真っ赤にして、安堵したように「ごめんなさい」と呟いて涙を零した。
その姿を見て紫苑は確信する。
「…ワカメ」
「はっはい!」
「この子家まで送ったり」
「!? な、何で!」
「何でて…こないな時間に女の子一人て危ないやろ」
「だけど…」
いまだ渋る赤也に紫苑は言う。もう大丈夫だと。
まだ不満気な赤也に彼女を押し付け、紫苑は仁王を引き連れて踵を返した。「ちゃんと決着つけや」という言葉を残して。