私立氷帝学園―――東京都にある幼稚舎から大学まである私立学校。跡部財閥の御曹司・跡部景吾を筆頭にお嬢様お坊ちゃんが通う、所謂お金持ち学校である。そんな学校に在籍している芥川は、総勢二百名以上の部員を抱えているテニス部のレギュラーに居座っている。眠そうな外見とは裏腹にかなり実力があるらしい。尤も、そんなこと紫苑にとってはどうでもいいが。
「…デカいわ」
「いつ見ても凄いナリ」
そして今日、紫苑含む立海テニス部数名は氷帝学園にお邪魔していた。因みにテニス部数名というのは仁王に赤也、そして柳である。柳はまだしも他二名は若干不安を煽る。ジャッカルと真田は立海で待機だ。なんでも幸村に変に怪しまれないようにする為らしい。柳たちが不在の時点でかなり怪しいと思ってしまうのは紫苑だけだろうか。
「よく来たなお前ら」
「久しぶりだな、跡部」
「おう」
校舎に入るとすぐに噂の跡部が出迎えてくれた。成程確かに一般人の雰囲気など皆無で、お金持ちオーラを醸し出している。しかも美形。重要なのでもう一度言う、しかも美形である。(うわあ…)今まで遭遇したことのない人種に思わず引いた。いや悪い意味ではなく。
「で、そいつが陰陽師か」
「そうだ」
「…よく来てくれた、歓迎する。テニス部部長の跡部景吾だ」
「つ、土御門紫苑デス」
思いの外嫌な顔せず、むしろ笑顔で跡部は紫苑を迎え入れてくれた。
立ち話も難だということで一同はカフェテラスに案内される。紫苑たちが通う立海もそれなりの学力にそれなりのお金をかけた学校なのにもかかわらず、氷帝を見ていると立海が霞んで見えた。それくらい氷帝のカフェテラスはすごかった。
「流石は氷帝。相変わらず設備がすごいな」
「や、柳先輩は何でそんな冷静なんすか?」
「以前ここのカフェテラスを利用させてもらったことがあってな」
席からはイギリス様式の庭が一望でき、薔薇や他の色とりどりな花たちに囲まれた庭の中央には噴水が設置されている。噴水の一番てっぺんには天使のオブジェが装飾されていた。私立とはいえ、ここまでされると怖い。間違って壊してしまった場合のことを考えると容易く動けなさそうだ。
「赤也、ちょこまかしちゃいかんぜよ」
「わ、分かってるっす!」
二人のやり取りを何気なく静観していると横から、失礼します、との声がかかった。それと同時に紅茶の入ったカップが置かれる。遠慮気味にちょっとだけ飲んでみると、その美味しさに泣きたくなった。そしてそれとほぼ同時に跡部が「待たせて済まなかったな」と言いながらテラスに入ってきた。
「紅茶は口にあったか?」
「…美味しいっすわ」
紫苑の不貞腐れたような声音に、跡部は少し笑った。そして彼は紫苑の前に座る。
「(何で前に座んねん)…ほんで、今日来た理由やねんけど」
「あァ、簡単には柳から聞いた。ついでに言うならお前のことも調べさせてもらった」
「…、」
「気を悪くしたなら謝る。だがいきなり幽霊がどうだの言われても簡単には信用できねェからな。ま、調べたおかげでお前が本物の陰陽師だということは分かった」
「…まあ別にエエねんけどさ…うちにプライバシー権は無いんやろか」
柳を睨みつつ呟くと、一体何のことやらという風に彼はそっぽを向いてしまった。 「それで?」跡部は促す。
「それで言われてもな…偶然会うた時に視えただけやからなんとも言えへんねんけど、お宅の芥川とかゆう奴に霊が憑いとって…」
「除霊は可能なのか?」
「…ま、そない酷い霊ちゃうかったわ。寂しがっとるだけちゃう」
言って、紫苑はカップに口を付ける。一方で跡部は気難しい顔をしている。
どこかで運動部の声が聞こえる。おそらくテニス部なのだろう。聞こえた折、異質なものを感じ取り、紫苑は思わず眉根を寄せた。遠い所為か仁王は別段変化は無かった。
「大丈夫っすよ!だって紫苑先輩なんだから!」
「何が『だって』やねん。アンタうちのこと信用しすぎやろ」
「だって紫苑先輩すごいんすよ!この間も火がドーンって…」
「はいはいお喋りはそこまでぜよ?」
「むぐっ!?」
紫苑の殺気交じりの睨みに仁王は慌てて赤也を黙らせた。
「まあそない心配せんでも大丈夫や。水子の霊でもないし」
「水子…?」
「子供の霊か」
「せや。あれはちょいと面倒やけど視た限り、芥川に憑いとる霊は女の子の霊。寂しがってるだけなところを見るとただ単に構ってほしいだけみたいや」
紫苑がそう言うと、跡部は何か考えるように顎に手を添えた。「……それは」少し戸惑い気味に口を開く。
「その霊と話をしても大丈夫なのか?」
「いや、あんませェへんほうがエエな。下手に同情したら連れ込まれるからな」
「連れ込まれるってどういうことっすか?」
「死ぬゆうことや」
「ひィッ!!」
「…………芥川、話したんか」
怖がる赤也を一瞥し、紫苑は確信を持って問う。すると跡部は「うちの部員がジローが一人で会話をしているのを目撃している」と述べた。そこでどんな話をしたのかは聞こえなかったそうだが、楽し気に話していたそうだ。
「拙いか?」
「それは本人前にしてみんと解らん」
「そうか…じゃあ今から行くか」
「え?」
立ち上がる跡部に、戸惑う。そんな己を跡部は不思議そうに見た。
「何か準備でも必要なのか?」
「や、そうゆうわけちゃうけど…え、なに、やっぱ居んの?芥川」
「当たり前だろ、じゃなきゃ何の為に、今日お前を呼んだんだ」
「だってうち、アンタがそういうの信じとるとは思わんかったから…」
「例え俺自身の目に視えなくともお前の目に視えてるのなら、俺は信じるぞ。幽霊」
良い笑顔で、跡部は言い放つ。
何だその自信は。何だその妙な信頼は。茫然としている紫苑の肩を柳が叩き、「跡部はああいう奴だ」とおかしそうに言った。