翌朝、財前はいつも通り朝練に出た。昨日の帰路は変わらないものだった。何も変わることなく帰り、夕飯を摂り、風呂に入って寝た。その間忍足のことを考えなかったといえば嘘になるが、思いの外思考を掠めはしなかった。
そして現在、目の前には溜息ばかりつく忍足が居る。
「謙也さん、そんなんやったらただでさえ出とる幸せに拍車がかかりますよ」
「…そーなん?そうなんかなぁ」
財前は周囲を見渡す。生憎自分は霊感と呼べるほどのものを持ち合わせてはいないので無意味だったが、見渡さずにはいられなかった。ソレは四六時中、忍足を見つめ続けているのなら彼とよく関わる自分だって危険かもしれない。そう、この忍足の不調はある意味で決して無関係ではないのだ。まったくなんて面倒なことをしてくれたんだと財前は内心毒づく。
「…謙也さん、水神さんとこ行ったって、昨日言うてたでしょ?」
「え?おん」
「多分…そこの神社に居る神様、怒ってはるんとちゃいます?」
財前の仮説に忍足は間抜け顔になった。
「怒るって…何で?」
「そら神様からしたら神社って俺らで言う“家”でしょ。俺らだって急に断りもなく自宅入られて騒がれたら嫌じゃないですか。それとおんなしですわ」
「な、成程…」
「ほんなら早よ謝りに行ったほうがええですよ」
忍足は得心した表情になる。「ほなとっとと行ってください。じゃ」やっと解放されると財前は爽やかな気持ちになって部室に戻ろうとしたが、ガシッと腕が掴まれる。
「…何ですの」
「いや〜〜〜〜〜〜…ね?」
「何やねん」
「神社までついて来てください」
「はあ?」
めんどくさいオーラを惜しむことなく放つ。しかし忍足はそれに屈しなかった。
「ほんま頼む!後生や!!」
その必死の懇願に、財前は盛大な溜息をつく。
「………分かりましたよ」
結局折れるはめになってしまった。暗くなる財前とは裏腹に忍足の顔色は明るくなる。
「じゃ、今日学校終わってから行きましょう」
しかし、財前のその一言により忍足の顔色は蒼白になる。
「え…今日?」
「はい、今日」
「いやいやいや待ってや。まだ心の準備が…」
「そんなこと言うてたらいつまで経っても行かんでしょ」
「そんなことないわッ!」
「じゃ、授業終わったら校門で待ってますんで、来てください」
「ええ〜〜〜っ!!?」
待ってや財前く〜ん!と情けない声を上げる忍足を放って、財前は先に部室に入る。そして着替えるよりも先に鞄の中からブレスレットを取り出して、まじまじと見つめた。
「大丈夫…やんな?」
拭いきれない不安を隠すように財前は呟く。ブレスレットは僅かにくすんでいたが、輝きを失くしてはいなかった。