「ん、」
「どうしたの?」
あくる日の昼頃、紫苑は妙な気配を感じた。それは異質であるものの、今までのような危険性を孕んだものではない。
「いや…何でもない」
「そう?」
友人は不思議そうな顔をしたが、深くは訊かなかった。
気配は校舎近くにある。ただ佇んでいるだけのようだし、放っておいても害は無いだろう。だから紫苑は大して気にすることなく、食事を続けた。
がしかし、このまま平和にいかないところが紫苑の日常だ。
「柳生の様子が変?」
「そうじゃ。心当たりはあるかのう?」
食事を終えた頃、ひょいと仁王がやって来た。そして紫苑と最近邂逅した柳生について訊ねてきたのだ。知り合って間もない相手のことなんて分かる筈がない。うちじゃなくせめて幸村あたりに訊けよ、と思い彼のほうに目を向けると、彼はぼうっとしたまま黒板を見ていた。
「(あいつ…)…………」
「いや…もし霊絡みじゃったら土御門さんになんとかしてもらわなあかんじゃろ?」
「あ?……知らんわ、大体仁王、アンタ少しは分かんねんから自分で視てみィや」
そう吐き捨てて紙パックのジュースを飲むと、仁王は後生な…とうなだれた。
「俺でなんとかできるんならとっくにしとる」
「……仁王」
とん、とパックを机に置く。オレンジ味の口内を落ち着かせてから紫苑は口を開いた。
「アンタか思っとる程、柳生は崩れやすくないで」
「は…?」
「まあ助言くらいはしたる。あとは柳生に任せ」
仁王は訝しげな顔をしていたが、紫苑は敢えて説明しなかった。



放課後のことだった。紫苑は図書室で借りた本を返しに行こうと廊下を歩いていた。ついでに何か借りようかと考えていたその時、紫苑は少し荒い声を耳にした。気のせいかと思われたがよくよく耳を澄ましてみると男二人の会話が聞こえてきた。
「………そん………………だって…」
「しかし幸村……………で………」
“幸村”……この学校でその名前なのは同じクラスの彼しかいない。ところどころ途切れているため聞き取りづらいが、確かにそれは彼の声だ。相手は先生だろうか。
紫苑は珍しいな、と驚いた。普段冷静沈着な彼が教師相手にここまで食い下がるなんて想像つかない。
「俺はまだいけます!!」
一際大きな声が響く。とても震えていて、頼りない。本当に彼なのかと疑いたくなるくらいだ。
「幸村ッ」
教師の鋭い声が耳を刺す。つい紫苑の背筋が伸びる。幸村の息を呑んだような音が聞こえた。
「精密検査を受けなさい」
「ッ…………」
(は、?)何だそれは、と紫苑は目を見開く。少し呆然としてしまったが近づく足音に紫苑はすぐさま図書室に入った。入室と同時に廊下からバタバタと走る音が。多分、幸村のものだろう。
「精密検査、て…」
どういうことだと混乱したが、紫苑はハッとして頭を振る。彼にとって大変なことだが、自分には関係ないことだろう。なにを気にすることがある。こういうのは仁王たちが気にする役目を担うべきだ。
夕暮れの茜色の光が図書室を侵食する。それを一瞥して、紫苑はカウンターに足を向けた。