さよなら、また今度
――太陽が、傾いていた。くらり、とろり、色が融ける。沈む赤。浮かぶ藍。ジリジリとやって来る、闇の気配。
その中心で小さな男の子が佇んでいた。
「あっ!おにいちゃん…こんな時間に珍しいね」
彼の嬉しそうな顔に柳生は笑みを送る。
「今日の試合もすごかったね!」
「ありがとうございます」
「ぼくも早くあんな風に試合がしたいよ!」
―その言葉は彼にとってどれ程重みがあるのか、柳生には推し量れなかった。ただ、“今”じゃそれが叶えられないことは理解していた。
「きみ」
名前すら知らない。ただテニスが好きなことと――左足が無いことだけは知っている。
「? おにいちゃん?」
「テニスは好きですか?」
「もちろん!」
無邪気に笑う彼は至って普通の人間に見える。どうして最初の時点で気づかなかったのか…彼の左足はもげて血だらけだというのに。どう見たっておかしいことくらい分かるだろう。
「テニスがしたいですか?」
「そりゃ…もちろん?」
彼の眉が不可解そうに歪む。
「だったらきみはこんなところにいちゃいけません」
「どういう……こと…?」
「きみは行かなきゃいけない」
「やッ…やだよ!おにいちゃんのテニスまだ見ていたいよ!」
首を横に振る彼は年相応に見える。しかし、ここで蹲っていても何も始まらないことを柳生は知っていた。
「ここにいてもきみはテニスができません。それは分かりますね?」
「………ん…」
「私はいつかきみとテニスがしてみたいです」
「!」
彼の表情がみるみる内に涙色になってゆく。
「できる、かな…」
「できますよ。信じていれば、必ず。だからまた会いましょう」
「……分かった。ぼく、絶対テニスするね。おにいちゃんより強くなって勝ってみせるよ!」
「はは、それは楽しみです」
刹那、彼の体が透ける。彼の涙色に満ちた微笑みは段々薄くなっていき、やがて完全に消えた。その場には跡形も無く、初めから何も無かったかのように草木が茂って平静だった。
「…アンタ、霊媒師の才能あるんちゃう」
「!?」
突然聞こえてきた関西弁に柳生の肩が跳ねる。次いで草叢から紫苑と気まずそうな顔をした仁王が出てきた。
「…覗き見とは悪趣味ですね」
「別に趣味ちゃうわ。こいつがアンタのこと気になっとったんやからしゃあないやろ」
そう言って紫苑は仁王を指差す。彼は苦笑して「プピーナ」と呟いた。
「……彼、今度はテニスできますかね…」
「…………さあ、知らん」
フン、と顔を背けた紫苑からは何も窺えなかった。
その中心で小さな男の子が佇んでいた。
「あっ!おにいちゃん…こんな時間に珍しいね」
彼の嬉しそうな顔に柳生は笑みを送る。
「今日の試合もすごかったね!」
「ありがとうございます」
「ぼくも早くあんな風に試合がしたいよ!」
―その言葉は彼にとってどれ程重みがあるのか、柳生には推し量れなかった。ただ、“今”じゃそれが叶えられないことは理解していた。
「きみ」
名前すら知らない。ただテニスが好きなことと――左足が無いことだけは知っている。
「? おにいちゃん?」
「テニスは好きですか?」
「もちろん!」
無邪気に笑う彼は至って普通の人間に見える。どうして最初の時点で気づかなかったのか…彼の左足はもげて血だらけだというのに。どう見たっておかしいことくらい分かるだろう。
「テニスがしたいですか?」
「そりゃ…もちろん?」
彼の眉が不可解そうに歪む。
「だったらきみはこんなところにいちゃいけません」
「どういう……こと…?」
「きみは行かなきゃいけない」
「やッ…やだよ!おにいちゃんのテニスまだ見ていたいよ!」
首を横に振る彼は年相応に見える。しかし、ここで蹲っていても何も始まらないことを柳生は知っていた。
「ここにいてもきみはテニスができません。それは分かりますね?」
「………ん…」
「私はいつかきみとテニスがしてみたいです」
「!」
彼の表情がみるみる内に涙色になってゆく。
「できる、かな…」
「できますよ。信じていれば、必ず。だからまた会いましょう」
「……分かった。ぼく、絶対テニスするね。おにいちゃんより強くなって勝ってみせるよ!」
「はは、それは楽しみです」
刹那、彼の体が透ける。彼の涙色に満ちた微笑みは段々薄くなっていき、やがて完全に消えた。その場には跡形も無く、初めから何も無かったかのように草木が茂って平静だった。
「…アンタ、霊媒師の才能あるんちゃう」
「!?」
突然聞こえてきた関西弁に柳生の肩が跳ねる。次いで草叢から紫苑と気まずそうな顔をした仁王が出てきた。
「…覗き見とは悪趣味ですね」
「別に趣味ちゃうわ。こいつがアンタのこと気になっとったんやからしゃあないやろ」
そう言って紫苑は仁王を指差す。彼は苦笑して「プピーナ」と呟いた。
「……彼、今度はテニスできますかね…」
「…………さあ、知らん」
フン、と顔を背けた紫苑からは何も窺えなかった。