ゆっくり目蓋を上げる。視界に入ったのは相変わらずのくすんだ情景と、黒髪の女、そして…。
「お、狼…?」
普通の個体にしては大きすぎる、真っ白な体毛の狼だった。不思議な狼は白石を護るように女に立ちはだかる。見覚えがない動物にそんなことをされ、白石はただ戸惑った。普通の動物にしては知能が高い純白の獣は、咆哮すると女に向かって駆け出した。
「よう帰ってきたな」
「!? あ、あんたさっきの…」
いつの間に背後にいた紫苑。ハッとして周囲を見渡せば、あの霧雨の中ではなく先程の住宅街に戻っていた。一体いつ…そもそもあそこは何だったのか。様々な疑問が浮かんだが、取り敢えず今は考えている場合ではないと頭を振った。
「姑獲鳥(うぶめ)」
薄桃色の唇から出た聞き慣れぬ単語に白石は首を傾ける。「あいつの名前や」あいつ、というのは女のことだろう。
「姑獲鳥は子供を攫う妖怪や」
「こ、子供を…?」
「どうやらアンタは姑獲鳥に唆されて遠山を明け渡してしもたらしいな」
やれやれと肩を竦める紫苑に白石は息を呑む。彼女の声音は完全に白石を責めていた。己の責であることくらい承知済みだったが、やはり面と向かって態度に出されると少しつらいものがある。
「そんな顔すんな」
「!?」
「アレはうちが片付けたるさかい、安心し」
優しいのかそうでないのかよく分からない彼女の人柄に少々混乱する。ただ一つ分かることといえば、自分たちとはまったく縁のない紫苑という少女が、自らの身すら顧みず白石たちの為に戦ってくれるということだけだった。
「………済まん…、ありがとう」
無力な白石は、ひたすら心の中で紫苑に礼をし続けた。