贖罪
遠山を救い出すには白石の協力が必要だった。言うまでもないが紫苑の実力なら姑獲鳥を倒すことは容易い。しかしながらそれだけでは遠山を救い出すことに繋がらない。彼を手放した者が、もう一度遠山に手を伸ばさなければならない。そうでなければいつかまた、同じことを繰り返すからだ。
「白石、聞き」
聖獣である真神に姑獲鳥を取り押さえてもらい、紫苑は淡々と白石に語る。
「遠山を救い出すにはアンタの力がいんねん」
「…俺の?」
心底驚いた顔をする白石を一瞥し、紫苑は手塚に目を向ける。この件により彼の中の“感”が刺激されるかもしれないが、致し方ないことであった。
「おいアホ兄貴、手塚が巻き込まれんようにちゃんと護っときや」
「へいへい」
桐は気怠そうに手塚の前に立つ。
「行くで、白石。………後悔すんなよ」
*
「――――――――――――――――――――」
揺れて、落ちて、弾けた。
「あァァぁああアぁあアあアアアぁあぁ」
頭上から滴り落ちる血色の水滴は、またもや白石の頬を濡らす。顎に伝い落ちたそれは露草に跳ね、地面に消えた。
「……………アァあ、ぁ」
“彼”はそこにいた。
「あれか」
紫苑が“彼”を認識する。特に何の感情も篭っていない黒曜石の瞳は、ただ静かに“彼”と白石の動向を見守っている。何故……問いたかったが瞳はそれを許さなかった。紫苑はただ、事の成り行きを見つめている。
自分の力で“彼”を助け出さなければいけないのは必至だった。
「……金ちゃん」
“彼”は先程白石が見つけた時と変わらず、木に逆さ吊りされたままだ。取り敢えず降ろさなければいけない。白石はおそるおそる木に近づこうとした。
しかし、歩みは止まる。それより先に行けないのだ。
「な、なああんた…えっと…」
「土御門紫苑」
「つ、土御門さん!なんか壁みたいなんがあんねんけど!…これは何なんや!」
壁?と紫苑の怪訝そうな声が木霊する。
「せや!半透明みたいな壁があんねんけど…これどうにかできへんやろか!?」
「…さあな。生憎うちには何も見えへんさかい、アンタが何とかしたらどないや」
「は……はぁ!?俺がどうにかできるわけないやん!!」
至って普通の人間である己が、こんな超常現象を何とかできるとは到底思えない。どう足掻いても打開方法なんて見つからない。「ほんならそいつ、助からんで」しかし白石が音を上げても、無情にも紫苑は静観し続ける。どうなろうとも助太刀する気は皆無のようだ。(何でや…俺がどうにかできるわけないやん)完璧だと謳われていた筈の己は、やはり無力だった。
『えー!何でーな、白石もやろーやぁ!』
“彼”の無邪気な声が蘇る。そういえばストリートテニスに誘われていたな、だなんて遠い昔のことのように思い出す。(ごめん、ごめんな、金ちゃん)弱くてごめん、最低な先輩でごめん―――色んな思いが溢れ出す。そこには後悔しかなく、どうにもできない自分をただ責めた。
「やめるか?」
突然、無感動な声がかかる。冷水を浴びせられたような気分を味わった白石は、硬直した。
「逃げるか?」
紫苑の冷徹なそれは白石の脳髄を貫いた。直後、腹の底から何かが沸き立つ。
“怒り”
「…………やめへん…………アホなこと抜かすな」
「………そうか。なら、早よ助けたり」
それ以降沈黙した紫苑を一瞥もせず、白石は目の前の逆さ吊りされた後輩を半透明の壁越しに直視する。
もう、逃げない。もう、後悔したりはしない。
「金ちゃん!」
解決方法なんて無論知らない白石は、己の決意を込めた拳を、壁に叩きつけた。すると――ぱりんっ――半透明の壁は呆気なく崩れ去った。「きっ金ちゃんッ!!」どうして、という疑問なんて置き去って白石は“彼”のところまで駆けた。
「…?何やこの紐。……………!!」
「………覚えがあるみたいやな」
静かな紫苑の声に、答えられなかった。
この紐自体に覚えはない。しかし、この紐に書かれたものに関してはとても、とても、覚えがあった。『何で俺ばっかり』『しんどい』『やめたい』『疲れた』『うるさい』『俺に期待すんな』それは、奥底で押し固めて知らないふりをし続けた感情。
“彼”に伸ばしかけた手が、震えた。“彼”を縛りつけるその感情の羅列に触れるのが恐ろしい。元は自分の奥底に隠してあった筈のものが、“彼”に牙を向いている。「……………っ…」もうこんなものに負けない。そう、決意した。
負の紐はあっさり外れた。己の腕に抱かれた“彼”………遠山は、ぐったりしていて意識はない。呼吸は安定しているので気絶しているだけだろうが、油断はできない。
「イャあァァあアアアアぁあァああ!!!」
突如響いた悲鳴は白石でも紫苑のものでもない。
姑獲鳥が、迫っていた。
「白石、聞き」
聖獣である真神に姑獲鳥を取り押さえてもらい、紫苑は淡々と白石に語る。
「遠山を救い出すにはアンタの力がいんねん」
「…俺の?」
心底驚いた顔をする白石を一瞥し、紫苑は手塚に目を向ける。この件により彼の中の“感”が刺激されるかもしれないが、致し方ないことであった。
「おいアホ兄貴、手塚が巻き込まれんようにちゃんと護っときや」
「へいへい」
桐は気怠そうに手塚の前に立つ。
「行くで、白石。………後悔すんなよ」
*
「――――――――――――――――――――」
揺れて、落ちて、弾けた。
「あァァぁああアぁあアあアアアぁあぁ」
頭上から滴り落ちる血色の水滴は、またもや白石の頬を濡らす。顎に伝い落ちたそれは露草に跳ね、地面に消えた。
「……………アァあ、ぁ」
“彼”はそこにいた。
「あれか」
紫苑が“彼”を認識する。特に何の感情も篭っていない黒曜石の瞳は、ただ静かに“彼”と白石の動向を見守っている。何故……問いたかったが瞳はそれを許さなかった。紫苑はただ、事の成り行きを見つめている。
自分の力で“彼”を助け出さなければいけないのは必至だった。
「……金ちゃん」
“彼”は先程白石が見つけた時と変わらず、木に逆さ吊りされたままだ。取り敢えず降ろさなければいけない。白石はおそるおそる木に近づこうとした。
しかし、歩みは止まる。それより先に行けないのだ。
「な、なああんた…えっと…」
「土御門紫苑」
「つ、土御門さん!なんか壁みたいなんがあんねんけど!…これは何なんや!」
壁?と紫苑の怪訝そうな声が木霊する。
「せや!半透明みたいな壁があんねんけど…これどうにかできへんやろか!?」
「…さあな。生憎うちには何も見えへんさかい、アンタが何とかしたらどないや」
「は……はぁ!?俺がどうにかできるわけないやん!!」
至って普通の人間である己が、こんな超常現象を何とかできるとは到底思えない。どう足掻いても打開方法なんて見つからない。「ほんならそいつ、助からんで」しかし白石が音を上げても、無情にも紫苑は静観し続ける。どうなろうとも助太刀する気は皆無のようだ。(何でや…俺がどうにかできるわけないやん)完璧だと謳われていた筈の己は、やはり無力だった。
『えー!何でーな、白石もやろーやぁ!』
“彼”の無邪気な声が蘇る。そういえばストリートテニスに誘われていたな、だなんて遠い昔のことのように思い出す。(ごめん、ごめんな、金ちゃん)弱くてごめん、最低な先輩でごめん―――色んな思いが溢れ出す。そこには後悔しかなく、どうにもできない自分をただ責めた。
「やめるか?」
突然、無感動な声がかかる。冷水を浴びせられたような気分を味わった白石は、硬直した。
「逃げるか?」
紫苑の冷徹なそれは白石の脳髄を貫いた。直後、腹の底から何かが沸き立つ。
“怒り”
「…………やめへん…………アホなこと抜かすな」
「………そうか。なら、早よ助けたり」
それ以降沈黙した紫苑を一瞥もせず、白石は目の前の逆さ吊りされた後輩を半透明の壁越しに直視する。
もう、逃げない。もう、後悔したりはしない。
「金ちゃん!」
解決方法なんて無論知らない白石は、己の決意を込めた拳を、壁に叩きつけた。すると――ぱりんっ――半透明の壁は呆気なく崩れ去った。「きっ金ちゃんッ!!」どうして、という疑問なんて置き去って白石は“彼”のところまで駆けた。
「…?何やこの紐。……………!!」
「………覚えがあるみたいやな」
静かな紫苑の声に、答えられなかった。
この紐自体に覚えはない。しかし、この紐に書かれたものに関してはとても、とても、覚えがあった。『何で俺ばっかり』『しんどい』『やめたい』『疲れた』『うるさい』『俺に期待すんな』それは、奥底で押し固めて知らないふりをし続けた感情。
“彼”に伸ばしかけた手が、震えた。“彼”を縛りつけるその感情の羅列に触れるのが恐ろしい。元は自分の奥底に隠してあった筈のものが、“彼”に牙を向いている。「……………っ…」もうこんなものに負けない。そう、決意した。
負の紐はあっさり外れた。己の腕に抱かれた“彼”………遠山は、ぐったりしていて意識はない。呼吸は安定しているので気絶しているだけだろうが、油断はできない。
「イャあァァあアアアアぁあァああ!!!」
突如響いた悲鳴は白石でも紫苑のものでもない。
姑獲鳥が、迫っていた。