白いカーテンが揺れ、柔らかな風が室内を通り過ぎる。あの禍々しい惨劇とは程遠い清潔な部屋に紫苑は息をついた。
現在、紫苑たちは青学の保健室にいる。あの騒動のあと遠山が再び意識を失ったため大事を取って休ませているのだ。白石も疲労がピークなのか目蓋が下がりつつある。
「土御門さん、ほんまありがとうな」
疲れているだろうに、律儀に頭まで下げて礼を述べる白石。
「別に…偶然助けただけや」
「でも土御門さんがおらんかったら今頃どうなってたことか…」
ただでは済まなかっただろう。紫苑と白石が出会ったのは幸運としか言いようがない。
不思議な沈黙が流れたその時、丁度保健室のドアが開いた。入ってきたのは桐と手塚だ。
「先生には上手く言っておいた」
「手塚くん…ありがとう」
「あと念の為救急車を呼んだぞ」
無表情で告げたその言葉に白石は「えっ」と動揺する。「にゅ、入院とか…しなあかんくらい金ちゃん弱ってんの…?」狼狽えた白石に大丈夫だと答えたのは、我関せずな態度を貫いていた桐だった。
「普段遭遇せえへんモンと出会ったんや。見た目が無傷でも精神的疲労は凄まじいわ。遠山はまだ幼いし、一応療養させてるほうがええねん」
「そ、そうか…」
「あんたも早よ帰って寝ェや。疲れてるやろ?」
それに素直に頷いた白石は、随分ぼうっとしている。無理ないが、このまま寝そうな勢いだ。それでは流石に困る。
「…うちの部室で良ければ休息させましょうか」
手塚の助け舟に桐は頷いた。
その後、救急車で運ばれていった遠山を見送り、紫苑もさて帰ろうかと疲れた体に鞭を打つ。
「…手塚の記憶、消しといたほうがええかな」
桐の発言に紫苑は大丈夫やろと投げやりに答える。彼のフォローは同じ学校に通っている桐に任せることにした。正直そこまで気を遣ってなどやれない。
「つかお前、四天宝寺に知り合いおったやろ」
「あ?あー…まあ」
あいつのことを言っているんだな、と紫苑は彼を思い出す。
「白石に言わんで良かったんか?」
「ええやろそんなん。………あ、でもあいつ最近また怪奇に巻き込まれたとか栄架さんに聞いた」
やっぱり何かしら言っておいたほうが良かったかもしれない。今更後悔しても仕方ないが。
「…ま、ええか。んじゃうちはもう行くで」
「あ、そ」



「金ちゃん急に倒れたんやって?もう大丈夫なん?」
「大丈夫や!なんかたいちょーふりょーやったらしいねん」
金色と元気に話す遠山は、先日の顔面蒼白など嘘だったかのような振る舞いをする。まあ遠山自身、記憶がないため嘘も何もないが。己だけが覚えているという現状に白石は溜息をつきたくなった。
『遠山には耐え切れんかもしれへんからな…一応こいつの記憶だけは消去しとく』
東京で出会った少女の陰陽師は、あまりにもあっさり彼の記憶を消し去った。それが良いことなのか悪いことなのかと言えば、良いことなのだろう。騒動直後の遠山はひどく怯えていたし、これが正しい行為なのだと白石は信じた。
ただ、彼女は白石の記憶は消さなかった。
「なあ白石何してんの!早よ試合しよーやー!」
遠山がどれだけ元通りになっても、白石が彼に対し後ろめたい想いを抱くことに変わりはない。罪悪感は消えやしない。
日常は何事もなかったかのように流れるが、白石の心はその軌道に乗ることができない。
「…せやな、ラケット取ってくるから待っとき」
「白石どないしたん?元気ないやん」
遠山の無垢な瞳が眩しい。
「大丈夫や。ちょっと…疲れてるだけやし、すぐに治るわ」
根拠はない。自信もない。だが己にそう言い聞かせないと立ち直れそうになかった。
「そうなん?」
「うん。せやから………待ってて」
「分かった。待ってる」
大事な後輩。可愛い後輩なのだ。もうあんな思いをするわけにはいかない。もう、あんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。
白石は少女の背中を思い出し、自分を勇気づけるように口角を上げた。