呪符はすぐに見つけることができた。こんなにも分かりやすいところにあり、且つそれを守護する者を配置していない辺り、随分手筈が荒い術者なのだろう。あまりにもお粗末だ。もしやと考え至ったその時、それにしてもよォと丸井が口を開いた。
「妖を呼べるってことは差出人もお前みたいな奴ってことなのか?」
「まあ同業者は何人かおるけど……こんな容易く呼び出してええもんちゃうってことを自覚してへん辺り、センスあるだけの素人やろ」
その“センス”があるだけでも充分すごいものだが。こんなことに力を使ってしまうとは勿体ないものだ。
「素人かぁ。こえーな」
「ホンマやで。早よ止めな術者も無事じゃ済まんわ」
「え?どういうことだよ」
不思議そうにする丸井を紫苑は真剣な目で見る。
「召喚術ってのは先天的な才能と精神力で決まる。そして妖ってのはまず自分よりも弱いモンには絶対に下らん。とりわけ自信を失くした術者には襲いかかってくることもあるんや」
「ということは……」
「ああ。素人ってことはそれもよう分かってへんやろう。妖は味方なわけちゃう。あいつらは術者の一瞬の隙を狙ってんねん」
式を出している間は決して気を抜いてはいけない。それは“敵”に対してもそうだが、“味方”に侮られてはいけないという教えだ。紫苑は幼き頃から嫌というほど聞かされている。幼少期からお世話になっている騰蛇とは信頼関係を築けているのではないかと思っているが、プライドの高い勾陣にはいまだに寝首を掻かれないか慄く時がある。
「とにかくこんなちんたらしてる暇ないんや。ちゃっちゃと行――」
(――あ?)今、嫌な予感がした。
「どうしたよ?」
「…なんか…」
「なんか?」
面倒な事が起きそうな予感がしている。この感じはいつぞやの赤也の時と似ていた。
まさかとは思うが仁王がこの建物内にいるのではないだろうな。――と考えたが首を横に振る。
「流石に考え過ぎや」
「どうしたんだよい、さっさと剥がそうぜ!」
「…せやな」
「一枚目だぜ!」
嬉しそうに呪符を指差す丸井を押し退け、紫苑はそれを剥がす。指先にぴりぴりとした感覚が走ったが大したものではなかった。
「じゃ、次行こうぜ」
「…………」
「どうしたんだよ紫苑」
第六感が警鐘を鳴らしている。
「…行ってええんよな…?」
このまま坤まで行き、もう一つの呪符を剥がす。そうすれば全てが解決する。こちらに残った妖を一掃しなければならないが、そんなことは容易だ。それは問題ではない。
何かとても、重大なことがどこかにある気がしてならないのだ。
“土御門さん”
「!!?」
仁王の声が聞こえた。「今の…」「あ?何だよ」全然気づいていない丸井に溜息を一つ。その態度は仕方のないこととはいえ、紫苑を脱力させるには充分だった。
「…なあ、もしかしたら仁王が、」
「っ危ねえ!!」
「ぎゃぁっ?!」
咄嗟に腕を引かれ、紫苑は丸井の胸に飛び込む。蛙が潰れたみたいな声が出てしまったが恥じらう余裕なんてない。背後に感じる不快な気配に、すぐさま式神を出そうとポケットに手を入れようとするその前に、丸井に引っ張られ走らざるを得なくなった。
「ちょっ、待って…!」
「何か変なやつがいるんだよい!とにかく逃げるぞ!!」
「アホ!せやったら尚の事式神を………」
――ぞわり――
とんでもない悪意が、紫苑の背を舐める。
「紫苑!?」
「っ…!」
足がもつれた。転びそうになったところを間一髪、丸井に助けられる。瞬間、意識が現に戻った。
「大丈夫か!」
「っ、…ん、そこ、ひだりっ」
「おう!」
「丸井!仁王が……」
唐突な彼の名に丸井は、は?と目を丸くする。
「仁王がここにおる!うちらとおんなしように襲われてるわ!」
「マジかよい!しょうがねえ!いっちょ助けてやるか!」
ニッと、この場に不釣り合いな笑顔を湛える丸井に、紫苑は不本意だが救われた気がした。
古ぼけた教室に入り込み、護符を扉に貼る。やっと息をつけて、紫苑はへなへなと座り込んだ。
「おい紫苑、お前マジで大丈夫なのか?」
「……アンタは気づいてへんのかい」
「は?」
いやこの場合、紫苑に悪意が直接的に向いている故、丸井は気づかないのだろう。
「な、なあ、俺にできること、ある?」
「…………………」
特にない。強いて挙げるなら、どんなことがあってもそのままの丸井でいてくれればそれだけで良い。気持ちを強く持っていてくれさえいれば、何とかなるだろう。その意を伝える為、紫苑はひらひらと手を振った。
「………とにかくうちから離れんといてよ」
「お、おう。……本当に、大丈夫か?」
眉をハの字にして訊いてくる丸井に、紫苑は力なく笑った。