あらがう左脚
退院してからも通院はしていたと、丸井は言った。
幸村精市はかつて免疫系の難病を抱え、手術とリハビリを経て復帰したそうだ。三年生に上がって初めて同じクラスになった紫苑はそんな過去など全く知らなかった。
「幸村くん、ようやく退院できたのにまた逆戻りとか……本人が一番ショックだろうけど俺らも正直つらいぜ」
そう呟いてクリームパンをかじる丸井。眉を下げて咀嚼する様は、彼に好意のある人間からすればさぞ庇護欲を煽られることだろう。がしかし、紫苑はそんな丸井のことなど一切見ていなかった。
「ていうか何でうちの前におるん。邪魔やねんけど」
「酷えな紫苑、一緒に困難を乗り越えた仲だろい?」
「張っ倒すぞ」
そうなのである。とある日の昼休み、丸井は突然紫苑の元へやって来て勝手に前の席に座り(かつての友人 の席だった)幸村についてベラベラと喋りだしたのである。正直なところ紫苑と幸村はただのクラスメイトに過ぎなかったので彼の身の上など気の毒だと思うことはあれど丸井のように心を痛めたりしないし、過去のことなどあまり興味がないというのが本音であった。
「別にうち幸村の友達ちゃうし、そんなん言われても特に何も言えへんで」
言外に慰めは他の奴に頼めと吐き捨てるが、丸井は席から立たなかった。
「見舞いについて来てくれねえか」
そして前触れもなくそんな言葉を投げかけてきたのであった。あまりにも唐突な誘いに思考が一瞬だけ停止する。
「……は?えっ……何で?」
「な、なんとなく」
「はぁ?」
大層な理由でもあるのかと思えば否の答え。一体どういうことだと睨めつければ丸井は困ったように眉をハの字にした。彼の指先は気まずそうにクリームパンの包装紙をいじっている。
「上手く言えねえけど、とにかく紫苑に来てほしいんだ」
「いやだから、何で?」
「だから上手く言えねえけどって言っただろい?」
少し憮然とする丸井。睨めつけていたつもりが逆に睨めつけられ、何でそんな目を向けられなければならないのかと理不尽な思いをする。
そんな折、ドアの方から丸井を呼ぶ声が聞こえた。彼と同時のタイミングでそちらに顔を向ければ目立つ銀髪がいた。
「なんだ、仁王かよい」
「なんだじゃないじゃろ、また土御門さんに迷惑かけとるんじゃなか」
「かけてねーよ」
仁王はそそくさと紫苑の隣の席に座った。
「何の話しとるんじゃ」
「幸村くんの話」
「……土御門さんと?」
「仁王、アンタからも言ったり。うちが見舞い行ったところで逆効果やって」
丸井の発言に冗談だろ?と顔を引き攣らせていた仁王に頼めば、仁王は何とも言えない顔をした。
「…丸井、幸村の再入院にユーレイは関係なか」
「別にそういう意味で言ったんじゃねーよ」
拗ねたように頬をふくらませる丸井。視界の端で何人かの女子が頬を染めたのが見えた。それに嫌気が差し、紫苑は大きな溜息をついた。自分に向けられたものだと思った丸井はすかさず「そんな不機嫌そうにしなくてもいいだろ?」と唇を尖らせる。
「とにかく行かんもんは行かん」
「紫苑のケチ」
「ケチでええわ」
これ以上頼んでも意味がないと悟ったのか、丸井は先程の紫苑と同じように溜息をつくと席を立った。ところが彼と同じクラスの筈の仁王はその後を追わない。今度は何やと胡乱な目を向ければ仁王は眉を下げた。
「……旧校舎の女子生徒なんじゃが」
「ああ、あれがどしたん」
「幸村と同じ病院に入院しとるらしいんじゃが大丈夫なんかの。……悪い影響を受けたり、とか…」
また幸村の話かと辟易しながらも紫苑は律儀に答える。
「まあ病院とかは想いが溜まる 場所やけど……心配せんでもええやろ。そんなんで一々影響受けとったら今頃殆どの病院は廃れてるわ」
紫苑の言葉に仁王は安心したように胸を撫で下ろした。その様子に心配性な奴だと呆れた。
この時までは、安心して呆れていたのだった。
幸村精市はかつて免疫系の難病を抱え、手術とリハビリを経て復帰したそうだ。三年生に上がって初めて同じクラスになった紫苑はそんな過去など全く知らなかった。
「幸村くん、ようやく退院できたのにまた逆戻りとか……本人が一番ショックだろうけど俺らも正直つらいぜ」
そう呟いてクリームパンをかじる丸井。眉を下げて咀嚼する様は、彼に好意のある人間からすればさぞ庇護欲を煽られることだろう。がしかし、紫苑はそんな丸井のことなど一切見ていなかった。
「ていうか何でうちの前におるん。邪魔やねんけど」
「酷えな紫苑、一緒に困難を乗り越えた仲だろい?」
「張っ倒すぞ」
そうなのである。とある日の昼休み、丸井は突然紫苑の元へやって来て勝手に前の席に座り(かつての
「別にうち幸村の友達ちゃうし、そんなん言われても特に何も言えへんで」
言外に慰めは他の奴に頼めと吐き捨てるが、丸井は席から立たなかった。
「見舞いについて来てくれねえか」
そして前触れもなくそんな言葉を投げかけてきたのであった。あまりにも唐突な誘いに思考が一瞬だけ停止する。
「……は?えっ……何で?」
「な、なんとなく」
「はぁ?」
大層な理由でもあるのかと思えば否の答え。一体どういうことだと睨めつければ丸井は困ったように眉をハの字にした。彼の指先は気まずそうにクリームパンの包装紙をいじっている。
「上手く言えねえけど、とにかく紫苑に来てほしいんだ」
「いやだから、何で?」
「だから上手く言えねえけどって言っただろい?」
少し憮然とする丸井。睨めつけていたつもりが逆に睨めつけられ、何でそんな目を向けられなければならないのかと理不尽な思いをする。
そんな折、ドアの方から丸井を呼ぶ声が聞こえた。彼と同時のタイミングでそちらに顔を向ければ目立つ銀髪がいた。
「なんだ、仁王かよい」
「なんだじゃないじゃろ、また土御門さんに迷惑かけとるんじゃなか」
「かけてねーよ」
仁王はそそくさと紫苑の隣の席に座った。
「何の話しとるんじゃ」
「幸村くんの話」
「……土御門さんと?」
「仁王、アンタからも言ったり。うちが見舞い行ったところで逆効果やって」
丸井の発言に冗談だろ?と顔を引き攣らせていた仁王に頼めば、仁王は何とも言えない顔をした。
「…丸井、幸村の再入院にユーレイは関係なか」
「別にそういう意味で言ったんじゃねーよ」
拗ねたように頬をふくらませる丸井。視界の端で何人かの女子が頬を染めたのが見えた。それに嫌気が差し、紫苑は大きな溜息をついた。自分に向けられたものだと思った丸井はすかさず「そんな不機嫌そうにしなくてもいいだろ?」と唇を尖らせる。
「とにかく行かんもんは行かん」
「紫苑のケチ」
「ケチでええわ」
これ以上頼んでも意味がないと悟ったのか、丸井は先程の紫苑と同じように溜息をつくと席を立った。ところが彼と同じクラスの筈の仁王はその後を追わない。今度は何やと胡乱な目を向ければ仁王は眉を下げた。
「……旧校舎の女子生徒なんじゃが」
「ああ、あれがどしたん」
「幸村と同じ病院に入院しとるらしいんじゃが大丈夫なんかの。……悪い影響を受けたり、とか…」
また幸村の話かと辟易しながらも紫苑は律儀に答える。
「まあ病院とかは想いが
紫苑の言葉に仁王は安心したように胸を撫で下ろした。その様子に心配性な奴だと呆れた。
この時までは、安心して呆れていたのだった。