神奈川県にある立海大附属中学校。そこに土御門紫苑は一年前から通っていた。
紫苑は昔から人成らざる者に好かれる体質だった。元々彼女は京都の小学校に通っていたのだが、小学校六年生の時、紫苑の父がある場所に残穢を感じ取った。陰陽道に携わっているとはいえ紫苑に危険が及ぶと思った父は、紫苑を関東に移すことを決心した。最初は戸惑っていた紫苑も、関東での生活も慣れて今では仲良く父と一緒に暮らしている。
「紫苑〜、昼食べよう」
「せやな」
笑顔で話しかけてきた友人を一瞥し、紫苑は呪符を慌てて隠して弁当を出した。
紫苑の家系が陰陽師だということは、誰も知らない。しかしこの聡い友人は何かしら感じ取っているのだろう。だが彼女は何も訊かなければ何も知らないふりをしてくれている。今も呪符を一瞬だけ見たが何も見なかったことにしてくれていた。
「次の時間何やったっけ」
「古典だよ」
「ああ…ほんなら寝れるな」
「紫苑、古典得意だもんね」
出し巻き卵を箸でつつく。今日、弁当を作ったのは父だ。味が心配である。
意を決して口に含む。味が薄い。あまり好みではない。指導し直さなければと、紫苑は出し巻き卵を噛み砕いた。
「…!」
「どうしたの?そんなに卵焼き不味かった?」
「……(これは…)」
「紫苑?」
出し巻き卵が不味くて硬直しているのではない。紫苑の意識は卵焼きではなく、別の方向に向いていた。
(何かおる…憑かれとんのか)瞬間的に察知した、人成らざる者の気配。
このクラス内に、居る。誰かが憑れて来ている。
「数学の教科書忘れて来てしまったぜよ。貸してくれんかのう」
「もう、仕方ないな。次はちゃんと持ってくるんだよ」
「済まんのう」
ドアのところ…特徴的な口調がダイレクトに鼓膜だけでなく第六感も揺さぶる。
声の主の姿は窺えない。その声と話しているのはクラスメイトの幸村精市だ。
「……紫苑」
「…ん?」
「大丈夫?」
「あ、ああ…大丈夫やで」
友人は急に黙ってしまった紫苑に心配の目を向けている。それに少し笑って、紫苑はおかずをつまんだ。
“ああいうの”はたまに察知する。それに逐一目くじらを立てていればきりがない。紫苑は彼から意識を離して目の前の友人と会話を続行した。