本気で殺そうかと思ってしまうくらい、腸が煮えくり返った。
初めて奴を見た時は薄気味悪い奴という印象。そしてその直後に、赤河童様に刃を向けるという凶行。
なんて最悪な奴なんだ…何であいつと関わっちまったんだ。
奴と出会ったその夜は、簡単に挑発に乗せられてしまい大失態だった。
『大体わいがあの赤いのに仕掛けた時、誰も間に割って入られんかったやろ。その時点であんたらの底はしれとるわ』
その言葉が、どうしても許せなかった。気づいたら俺は奴に襲いかかってて…でも奴は俺の攻撃をいとも簡単に避けて。
対等以上の闘いを久しぶりにした。
怒りと悔しさが織り混ざったどす黒い感情が、俺の中に生まれた。
強くなりたいと、ひどく思った。
その後俺は奴の名を初めて知る。
赤河童様が仲間として迎え入れると言われていたが、正直俺は奴のことを敵も同然のような目で見ていたから、奴の名など気にも留めていなかった。呼ぶ気も無かったし。
だから、初めて奴の名を聞いた時、不覚にも…『綺麗な名前だな』と思ってしまったことが……。
そうして俺は時々奴のことを想うようになった。柄にもなく、向き合ってみようとさえ思う始末だ。何でそんなに気になってるだと、自問し続けたこともある。
取り敢えずこの姿のままじゃ警戒されるのは必然なので、イタチの姿に変えて奴に近づくことにした。
『ふん、今日の夕餉や』
この言葉には絶句した。
奴はイタチを食うのか…これからは警戒心を強めなければと心に誓った。
それからというもの、奴は相変わらず素っ気なくて可愛気の無い態度を貫いていたが、俺が毎晩現れるのを理解してか、当初よりも雰囲気は柔くなり、口調も変わっていった。自分のことを話すようになった。俺に気を遣う素振りが出てきた。それに対し俺は目から鱗が落ちる程驚いたが、それを凌駕する出来事が二つあった。
一つは、奴の素顔。
『…ん?』
『…キゥ』
『何や?』
その髪の色は白い。だが月光に当てられたその柔い髪色は、銀に近いんじゃないかと思った。風に揺れる髪は、指で梳かしたくなる衝動に駆られた。
素顔は、思いの外悪くはない。もっと悪人面だと思い込んでいたが、目は鋭いもののちょっとだけ幼顔で、愛嬌があるとさえ感じた。まさか俺がそんなことを思っちまう日が来るとはな…自分でも意外だと分かる。それどころか、あいつの素顔に不覚にも見惚れてしまって恥ずかしい。その時、本当にイタチの姿で良かったと思う。
あいつの意外な素顔が分かった…それは良い、だけど、一つだけ分からないことがある。
(……こいつ、男か?女か?)
それだけだった。
だが俺のその疑問はすぐ解決することになる。
先の出来事を凌駕する程の、事柄二つ目。
外の妖怪が遠野に忍び込んだ時のことだ。その時俺は生憎イタチの姿だったから、奴らを叩きのめすことはできなかった。だけどあいつの実力は信用していたから…非常に気に食わないが…特に加勢に行こうとも思わなかった。それよりも今ここであいつにイタチの正体が俺だと分かってしまうことの方が厄介だ。
だけど俺はそう判断したことを後悔した。
そう、奴はイタチ姿の俺を、あろうことか自分の胸元に放り込んだんだ。
その時、何か柔らかいものの間に入ったんだと理解した。
独特の柔らかさ、そして位置的に、俺はやってしまったと頭を抱えた。
…まさか…奴が、お、お、お…女、だったなんて。
「イタクー?」
「っ!!?」
突然背後から声。「な、何でそんな驚いてんだ?」と雨造が動揺する。
「うっ煩ェ!急に声かけんな!」
「わ、悪い…いやだってお前、顔赤いから…体調悪いのかと思って」
「悪くねェ!」
顔が赤い!?何でだ!!?
知らねェ。わけわかんねェ。気恥ずかしさのあまり、俺は雨造を追いて立ち去った。
奴が俺を呼ぶ声をしたけど、そんなモンに一々反応できる程、今の俺は何故か余裕が無い。
ばっくんどっくんと、心臓が煩い。身体の中で暴れてる。
『二代目の奴…あんな綺麗事言いやがって…わいは必死こいて命乞いするあいつの首を取りたかったんや』
何で…。
『…なんやお前、妖気感じるな』
鼓膜に、あいつの声が蘇る。
『なんやねん、あんたも帰る場所が無いんか』
『…わいも無いわ、そんな場所』
何でそんな悲しそうな顔、するんだ。
『あの黒髪野郎、最近
来えへんな』
『! このボケ何わいの胸触っとんねん!』
『あんたら勘違いしとうけど、わいは遠野の者やない……ただの余所者や』
『ハッ、遠野も色々恨み買われとんねんな』
悲しそうで、つらそうな…奴の、市夜の顔がちらついて離れない。
「…馬っ鹿でねーか」
なにが余所者だ。
お前がどれだけ否定しようが、周りがどれだけ反対しようが…市夜、お前は遠野の妖怪だ。
「帰る場所はあるだろ、ここに」