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※以前執筆した作品のリメイクです。
くじら島の天気は今日も快晴である。とは言え、周りが海に囲まれているせいか天候が変わりやすいので、何時間後かには雨になっているかもしれないが。いや、そんなことはどうでもいい。今現在晴れていることに希望が持てれば、それでいいのだ。
今日は幼馴染みであるゴンの誕生日だった。何日か前から晴れろ晴れろと念じていたのが、無事に叶ったようでなんとか一安心だ。暖かい日差しに、馴染み深い潮の香りとそよぐ風。絶好のお祝い日和ではないか。
いやぁ、晴れて良かった!本当に!
もちろん誕生日だから晴れてほしいという気持ちがない訳ではないのだが、彼はこう……はしゃぎ過ぎると何を仕出かすかわからない特性を持っているので雨だけは避けたかった。
何を隠そう、彼にはとんでもない前科がある。以前、何を思ったのか降りしきる雨の中に構わず突っ込んで行ったゴンを放っておいた私は、案の定全身びしょ濡れで帰ってきた彼を見たミトさんに「なんでゴンを止めないのよ!!」と怒られた。とんだとばっちりである。逆にこちらが問いたい、何故私のせいなんだと。ちゃんと見張ってて!と無理難題を押し付け、謎に凄んできた彼女を思い出すだけで身慄いする。
さてさてさて、過去の回想はこの辺で終わりにするとして……。
「ここどこだ??」
ふう、と息を吐いて空を見上げる。木々の隙間から覗く憎たらしいほどの快晴と日差しが、豪雨で吹き荒れる私の心をまるで当て付けかのように照らしていた。くそう、腹が立つ。確かに私は昔から方向音痴だったが、まさか自分の故郷で迷子になるとは思っていなかった。こんなあり得ない事態の発端は数時間前に遡る。
『飾り付け用の木の実を切らしているんだけど、ナマエ取ってきてくれないかしら?』
『え、私が?』
『ええ。あ、でも心配ね。あなた方向音痴だもの……』
『行けます』
……あの時の私は何を根拠に行けると思ったのだろうか。ゴンに連れられ森へと入ったことはそれはもう数え切れないほどあったけど、一人で赴くという無謀は未だかつてしたことがなかった。間違いなく、これが私の敗因である。はあ、と一つ盛大なため息を吐いて近くの木に背中を預けて座り込む。
森で遭難した時、その場から動いた方が良いとか、逆に動かず助けを待った方が良いとか聞くけれど、結局どちらが正解だっただろう。どれだけ考えたって、答えを提示してくれる誰かはいなくて。ぐるぐると意味のない問いが脳内を巡る。なんだか雲行きも怪しくなってきたような気がして、さらに気分が沈んだ。
「……ゴン」
来てくれたりしないだろうか、なんて希望の薄い願いを込めてほんの小さな声で彼の名を呟く。こんな声量では聞こえるはずもないし、そもそも彼は私が森に来ていることすら知らないはずだから、まずあり得ない幻想だけれど。
「あっ、いた!」
きっと、疲れているのだろう。ずっと前から聞き慣れている声が、この状況下で都合よく響くわけがない。そう、だからこの声は幻聴なのだ。ついでに言うと、ナマエー!と手を振りながらこちらに近づいてくる姿が見えるのは幻覚だ。やだ、怖い。脳内だけでは飽き足らず、彼の幻まで作り出してしまうとは相当精神がやられている。
「もー、探したよ! 一人で行ったら絶対迷うに決まってるじゃんか」
「ワー、ホンモノダー」
「なんの話?」
そばに寄ってきた彼はあろうことか、ガシッと私の腕を掴んでひょいと引っ張り起こしてくれた。まさか、本物だとは思ってもみなかったから、引かれるがままに体勢を崩してゴンに突っ込んだけれど、それも予想していたとばかりに優しく支えられる。なんだかむず痒くなって、礼を言ってすぐに彼から距離を取った。
「ゴホン……なんでもないよ。それより、どうしてここに?」
「帰ったらミトさんが焦ってて、理由を聞いたらナマエが森から帰って来ないって言われたんだ」
「それで探しに来たと」
「うん」
こくりと頷いたゴンを見て、後悔の念に苛まれる。すみません、ミトさん心配かけて。本当に。いや、でも元はと言えば無理難題を押し付けてきた彼女のせいーーだめだ、やめよう責任転嫁は良くないよね!!
「そういえば、よくここがわかったね」
「? わかるよ。だって、ナマエの声聞こえたもん」
「え」
しれっと、なんてことないように返された言葉に思わず固まった。声……??声ってまさか、先程のものすごく小さな呟きのことだろうか。いくら彼の五感が優れていることを知っていようとも、実際にそれを目の当たりにすると、はいそうですかと納得はできない。「あとは匂いで!」「あ、そう……」納得せざるを得なかった。すごいを通り越して怖い。もはや人間ではないのでは、と疑うレベルである。
「とにかく助かったよ、ありがとう」
「えへへ、どこにいても必ずオレが見つけ出してあげるから」
「うん、ありが……え、……えっ」
何かとんでもない台詞を聞いてしまったような気がして、つい彼を二度見する。あまりに恥ずかしげもない様子に、聞き間違いか、あるいはこちらがおかしいのかと思わされるが、断じて違うぞ落ち着け私。良くも悪くも素直過ぎるゴンがおかしいのだから、お前はいつも通りを意識しろ。そう、いつも通りを……いつもを……そもそも、いつも通りってなんだ??少なくとも、意識して作るようなものではないよな。あらぬ方向へ迷走し始めた私の思考は、ゴンにそっと手を引かれたことで打ち切られた。
「行こうよ。オレのこと祝ってくれるんでしょ?」
「え、うん、まあ……」
えへ、と嬉しそうに口元を緩める彼につい、つられて同じように笑みを返した。なんだか丸め込まれたような複雑な気持ちだが、気にしないことにしよう。スタスタと私が散々迷ったはずの道を、勝手知ったるとばかりに彼は易々と突き進む。繋がれた手はそのままに、そこから彼の暖かな温度が伝わってきて不思議と素直になれるような心地がした。
「……ねえ、ゴン。本当にありがとう」
だから、そうだ。こういう日くらいは素直に感謝を込めて言葉を送らなければ。眼前で揺れる彼の特徴的なツンツンとした髪を見ながら、ゆっくりと息を吸い込み、それから送り出した声はなんとも小さなものだったけれど、さすがはゴン。これも洩らさず聞き取ってくれたようだ。
「ナマエを見つけたこと? それならさっき聞いたよ?」
「うん、それもあるけど……」
「けど?」
不思議そうに首を傾げた彼から目を逸らし、代わりにきゅっと、握られている手に緩く力を込める。ふと思い浮かんだ台詞はとても恥ずかしくて口に出すのは億劫だったけれど、伝えたい想いは確かに存在した。己を鼓舞するように、もう一度息を吸う。
「……私、ゴンに会えて本当に良かったと思ってる。……だから、」
ーー生まれてきてくれてありがとう。
息を飲むような気配がした。言えた、言ってやったぞ。目を逸らしておいて良かった。こんな台詞を相手を見て伝えるのは、今以上にもっと勇気のいるものだっただろうから。恥ずかしさにぷるぷる震え、未だに反応を見れないでいる私の手を彼は不意に握り返した。その優しくも強い力に促され、顔を上げた先で見たのは、照れたようにはにかむゴンだった。
「ありがと、ナマエ。最高の誕生日だよ」
あまりに幸せそうに笑うので一瞬呆気にとられたけれど、贈りたかった想いが届いたのだとじわじわと実感して頬が緩んでいく。雲行きの怪しい中でも、お日様みたいに輝く彼の笑顔はきっとこの先忘れることはないだろう。
その後、途中で降り出した雨に二人して全身ずぶ濡れになり、ミトさんに怒られたのも良い思い出なのだと思いたい。
コトノハ贈り