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※以前執筆した作品のリメイクです。
※ゾルディック家の外観に関しての捏造が若干入ってます。


地元の観光地となっているククルーマウンテンに鬱蒼と広がる木々。あり得ないくらい高い門から長い長い道のりを経て、ようやっと悠然と佇む豪邸に辿り着いた。それにしても、毎度毎度この道はキツいものがある。もちろん獣道を通っているわけではなく、単純に距離が長いから無駄に疲れるという話だ。私有地の行き来だけで軽く鍛えられてしまう。

何故こんな陰湿なところに、かの有名なゾルディック家はアジトを造ったのだろう。もう少し訪ねてくる側のことを考えてほしいものだ。まあ、あの暗殺一家は訪問者が来ることなど最初から想定していないのだろうけど。

幼い頃から何度も訪れているとはいえ、どうにも慣れない。屋敷に漂う不気味な雰囲気と緊張感。非日常を感じさせるそこは、昔から明るいイメージを抱けない場所だった。それでも度々訪れる理由は、何ら難しいことではない。ただ幼馴染みがこの家の子供だから、というだけである。そして、今日は他でもないキルアの誕生日だった。


「あ、キキョウさん。お邪魔します」
「あら〜、ナマエちゃんじゃない! いらっしゃい」


家の中に入ると、途中でキルアの母に出会った。挨拶のために声をかけると、いつもの如くふんだんにレースがあしらわれたドレスを着ている彼女は、くるりと振り返り微笑んでくれた。動きに合わせてひらりとドレスの裾が揺れる。キルアからはヒステリックの一言でよく説明を受けるキキョウだが、普通にしていれば比較的穏やかな人でもあった。キルアに言うと、頭大丈夫かみたいな反応をされるので言わないが。


「それ、もしかしてキルに?」
「はい、そうです。あの、それでキッチンをお借りしたいのですが……」
「もちろんよ! キルもきっと喜ぶわ! 毒もじゃんじゃん入れてあげてね」
「え、あ、いや、あはは……」


それ、と彼女が手にしていた扇子で指し示したのは、ここに来る前に買っておいたケーキの材料が入った紙袋だ。快くキッチンを貸してもらえたことに感謝しつつも、いつ会っても鈍らない不穏な言葉に苦笑が漏れた。こんな会話が極自然と飛び交っているので、毎回反応に困ってしまう。いい加減慣れろと言われてしまえば、全くその通りなのだが……。

以前、キキョウさんから「ナマエちゃんもどう?」と素敵な微笑をたたえて毒を勧められた時は、私もここまでかと遠くを見つめたのを覚えている。その時は仕事の話なのか、イルミさんがナイスタイミングで彼女を呼んでくれたおかげで、この世とおさらばせずに済んだのだ。

多少の世間話をしてキキョウさんと別れると、早速キッチンへと向かった。調理台の上に材料を並べながら、これから形にするケーキを思い浮かべる。今更「どんなのにしよう?」とか「喜んでくれるかな?」 なんて可愛らしい思考ではない。何日か前に考えつき、その場で即ボツ案となったそれは私の好奇心をビシバシと刺激していた。


「ちくしょう……! パイ投げがしたかった!」


あの生意気なやたら整った顔に当ててみたかった……!もちろん、キルアを嫌ってる訳じゃないけど、パーティといったらサプライズが定番じゃないか。そこでパイ投げが真っ先に思い浮かぶ私は安直なのかもしれないが気にしない。

しかし、これには重大な穴があった。どれだけ奇襲しようが私のスピードでは、キルアにさらりと避けられて終わりなのだ。当たるはずだったパイが床や壁に虚しくべちゃあと崩れるのが容易に目に浮かぶ。何より一番最悪なのは、パイを奪われ逆に投げつけられること。キルアの誕生日に何故か私が、その日の主役にパイ投げをされているという謎の図が完成してしまう。それだけはやめて頂きたい。

誰だってクリーム塗れは嫌でしょう!?
棚上げしてる?聞こえない聞こえない。
そこでチンっと音がして、わくわくしながらオーブンを開く。たちまち生地の焼けた甘い良い香りがキッチンに広がった。出来るだけ綺麗にトッピングを心がけて、なかなか美味しそうなものが出来上がる。パイ投げは企画時点でボツになったので、これは極普通の誕生日ケーキだ。

皿やカップなどを用意してキルアの部屋へ向かい、ばーん!と勢いよくその扉を開け放つ。おっと、手が塞がっていたから加減が出来なかったわ。失敬失敬。結構な勢いと音だったが、奥に見える部屋の主は特に気にした様子もなく、ピコピコとゲームで遊んでいる。今日が誕生日だからなのか、どうやら仕事は入っていないらしい。それにホッと小さく息を吐いて、こちらにちっとも目も向けない彼に声をかけた。


「やっほ、キルアー」
「お前さ、もっと静かに来れねーのかよ。いい加減ドア壊れる」


呆れた、と言わんばかりの雰囲気と声音だ。そんな彼は未だにゲームに向き合っている。これが家族の誰かだったら、すぐに警戒するような視線を向けるくせに。


「よく私だってわかったね」
「ドアをそんな風に開けんのナマエしかいねーよ、アホ」
「なっ! ひっどいなー、もう。それより、ケーキ食べよ。キルア仕事ないんだよね?」


キルアとそんなやり取りをしながら、テーブルに先程作ったケーキとティーセットを置く。やっとゲームを中断させた彼は、寝転がっていたベッドから立ち上がり、私の前の椅子に座って頬杖をついた。


「あー……まあ。休暇やるから明日から働けってよ」
「えぇ、そうなんだ……」


誕生日プレゼントが休暇という事だろうか。休んだ分は後でしっかり働けと。さすが暗殺一家、相変わらず甘くはないらしい。去年の誕生日も彼が似たようなことを言っていたのを思い出し、少し虚しくなった。けれど、祝う側がどんよりとしたオーラを振り撒くわけにはいかない。ぱんと空気を入れ替えるように両手を叩き、意識して笑顔を作る。


「ま、まあ、とにかく! 仕事ないならいいや、ゆっくり出来るね」
「まあな」


彼の前に切り取ったケーキと紅茶を置くと、心なしか瞳が輝いて見えた。早速フォークを掴み、一口サイズをぱくりと食べる様子をそっと見守る。やはり、自分が作ったものを食べてもらうのは緊張するものだ。変なものは入れていないし、見た目も悪くない。もちろん無毒である。


「どう? 美味しい?」
「ん、……普通」
「おお、ふつう……」


普通か……。味見した時はなかなか美味しかったはずーーアッ、そういえば味見してない。それか?原因それか??いや、むしろ普通の評価をもらえた事に喜ぶべきなのかもしれないな。悶々と考え込んでいたら、突然口に何かを突っ込まれた。


「むっ! ……いきなりなにするのさー」
「……って」
「え、なに? ごめん、聞こえなかった」
「っ、美味いっての!!」
「むぐっ……!?」


こちらに身を乗り出しているキルアが俯き気味で何かを呟いたが、聞き取れなかった。首を傾げて彼の顔を覗き込めば、恨めしそうな目と合う。それとほぼ同時、半ばヤケになったようにそう声を荒げると再びケーキを突っ込まれた。照れたようにプイッとそっぽを向きながら椅子に座り直すキルア。その頬には薄く赤が差していた。そんな幼馴染みの姿がおかしくて、自然と笑みがこぼれる。


「あはは、可愛いなー。おー、よしよし」
「は、ちょっ! やめろバカ……!」
「そんなに照れなくてもー」
「ナマエ、てめっ……!」


顔が真っ赤なキルアが面白くて、今度はこちらが身を乗り出し、彼のふわふわな髪を撫でる。昔から変わらない雪のような銀髪。ふわふわなくせに全く絡まらないなんて、どういうことだ。ちょっと、いやかなり羨ましい。

その後、キルアから拳骨をもらったのは言うまでもない。それはもう、とても痛かった。


「誕生日おめでとう、キルア」
「ん、……さんきゅ」


けれど、私とのやり取りの中でキルアが笑って過ごせるのが、ちょっぴり誇らしかったりするのだ。
あなたへ贈るひとさじの