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※以前執筆した作品のリメイクです。


ヨークシンシティの街外れにある廃墟に集められた幻影旅団は、作戦決行までの数日を個々好きなように過ごしていた。部屋を照らす電気はほとんど点いておらず、若干の薄暗さが拭えない。暇を持て余した団員達は、飲んで食べて騒いで寝てとかなり好き勝手に行動しており、正直に言うと絵面がとても酷い。これで世間では、冷酷非道と語られるのだから不思議なものだ。

かく言う私も暇で暇でしょうがない。ふと、瓦礫に座って本を読んでいるフェイタンを見つけた。完全な興味本位で彼に近づき、そっと覗き込む。しかし、目敏く気配を察知したのか、さっと体の向きを変えてこちらに見えないように本を遠ざけられてしまった。

そんなに見られたくないものだったのだろうか。はて、と不思議に思い首を傾げたが、逆に彼のその反応は私の興味を刺激した。あのフェイタンが知られたくない趣味でも持っているのかも……!我ながら最低な思考だとは自覚しているが、好奇心に突き動かされた私の行動は速かった。

背中を向け本を隠す彼の背後からガッと肩に両手を置き、そのまま身を乗り出すようにして軽く覆い被さる。子供が戯れておんぶを強請るような体勢だが、これで良し。一瞬身を固くした彼に構わず、そのまま手元を覗き込んでみ、た……?


「えっ……、うわ、え!?」
「自業自得ね」


刹那、視界に飛び込んできたのは、口に出すのも憚られるような惨たらしい写真の数々。拷問の参考書のような内容だったのか。すぐさま、本及び彼から離れてしまったためその真偽は定かではないが、拷問関連だったのは確かだ。なんて物を読んでいるんだ。あまりに痛めつけられたようなものは得意じゃないのに、と思ったところで彼が最初にした行動の理由を知った。


「ご、ごめん、見なければよかった……」


口元を手で覆い、もごもごと謝罪する私に対してフェイタンの呆れたような視線が突き刺さる。「せっかく気を遣ってやったのに」と言わんばかりの目に苦笑いを浮かべた。返す言葉もない。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

彼の優しさを無下にしてしまったことが申し訳なくて、これ以上の我儘はよそうと思うものの、けれども嫌なものを見てしまったもやもやとした気分はどうにか拭い去りたい。結局私は一番近くにいるフェイタンに甘えてしまうのだ。


「フェイタンフェイタン、おしゃべりしよう」


彼が座っている瓦礫の端にちょん、とちょうど背中合わせになるように腰かける。こうすれば本を見なくて済む。ぐりぐりと彼の背に僅かに体重を預けながら話題を探していたら、煩わしそうにぐいと同じくらいの力で押し戻された。


「イヤよ、ワタシは暇じゃないね」
「うー、そこをなんとか」
「……」


かさり、と紙が擦れるような音がした。どうやらこの状況で、もう読書を再開してしまったらしい。フェイタン、と彼の名を呼び駄々をこねてみるが、当の本人がこちらに意識を戻すことは一向になくて。納得いかないような寂しさを覚えながらも、元はと言えば彼の邪魔をしたのは私の方なので仕方なく立ち上がる。それに何より、これ以上騒ぎ立てるとフェイタンに殺されかねない。


「邪魔してごめんね。フィンのところにでも行ってくるよ」


じゃあ、と一声かけてフェイタンの元を去り、お目当てのフィンクスを探す。先程見かけた時には呑気にお酒を煽っていたし、特に忙しいというわけではないのだろう。よし、ならば私の暇つぶしに付き合ってもらおうではないか。かなり横暴だが、頭の中を占める惨い断片を早く消し去りたい思いでいっぱいだった。





「あ? お喋りしようだあ?」


ちょっと面倒くさそうな声に、うんと頷きを返す。少し不機嫌なのは、寝ていた彼がちょうど起きたところをこれ幸いと突撃したからだろうか。もちろん、物理的にタックルをかましたわけではないが、寝起きに会話しようというのも配慮が足りなかったかもしれない。やっぱりだめか、と私がしょんぼりと肩を落とした時だった。それまで顰められていたフィンクスの表情が、はっと何かに気づいたように改まる。


「……もうお前はフェイタンのところにでも行ってこいよ。できれば早く、今すぐに」
「? フェイタンとはさっきまで話してたよ。読書の邪魔しちゃったから、こっちに来たの」
「はあぁぁ……? そのまま居ろよそこに。マジで気づいてねえのかお前」
「なにが?」


何の脈絡もないその返答に頭の中で大量のはてなが浮かぶ。いや、本当に何の話だ。お喋りしようとは提案したけれども、まさかここまで置き去りにされる話題が来るとは思っていなかった。首を捻って考える私に察したのか、フィンクスは「はあぁぁ」とものすごく深いため息を吐く。そんなにか。単純に私の理解力が足りていないのだろうか。


「とにかくさっさと行け。俺がとばっちりを食らう前に」
「とばっちり……??」


なおも疑問が浮かぶが、あっち行けという風にしっしと手を振られると聞くに聞けない。聞いたところで私が理解できるかどうかはまた別問題だけども。仕方ない、他の人を探そう。次は女の子を当たってみようかな、なんて思いながら立ち上がろうとすると、唐突にフィンクスが「げ」と声を漏らした。それがあまりにもやばいという声音だったから、私が何かを仕出かしてしまったのかと心配になったのだが、彼に声をかける前にぐいっと強い力で腕を引かれたせいでその言葉は飲み込まれた。


「わ、……フェイタン?」


情けなくもよろめいた体を支えてくれたのは、先程まで例の本を読んでいたはずのフェイタンだった。何故ここにいるのだろう。ぽす、と彼の胸に倒れ込んだ私をそのままにフェイタンはフィンクスを一瞥し、すぐさまくるりと身を翻す。片腕をしっかりと掴みながらスタスタと歩みを進めるものだから、私はわけがわからぬまま着いて行くしかなかった。


「フェイタン? ねえ、どうしたの」
「…………」


いや、本当になんでこんなに不機嫌なのだろう。何度声をかけても、少しも反応が返ってこない。唯一わかるのは、目の前の背中が纏う雰囲気がいつもと違って若干ぴりぴりしていることくらいだ。助けを求めてフィンクスを振り返る。ちょうど目が合った彼が、ぱくぱくと口を動かした。何か言っている。


「?」
「(ま、き、こ、む、な)」
「え?」


まきこむな。巻き込むな?どう言う意味だ。何故このタイミングで。その真意を彼に問いかけるよりも早く、フェイタンが通路を曲がったため、フィンクスの姿は壁の向こうへ隠れてしまった。ああ、何が起こっていると言うのだ。誰か教えてほしい。

暗がりの廊下を数分歩いた。他の旅団メンバーがいた部屋からはだいぶ離れていると思う。そうして、辿り着いた先は当然誰もいない部屋で、崩れた天井から月明かりが差し込むだけの簡素な空間だった。ここに至るまでの間、フェイタンは一言も発していない。だんだんと怖くなってくる。


「……あの、本当にどうし、」


言いかけた言葉を遮るように、ぱっと腕を放された。今までビクともしなかったのに急に解放されて呆気にとられた私を知ってか知らずか、彼はゆっくりとこちらに歩み寄る。相変わらず彼の足音は静かで、物音ひとつ立てない。ゆったりとした足取りは、獣が獲物を追い詰める時とよく似ていた。無言の圧力とでも言うべきか、彼のその雰囲気に押され、じりじりと後退していた背中がついに冷たく堅い感触を感じ取った。ひやりとした感覚。まずい、壁だ。

とりあえず何かを喋ろうと口を開きかけた時、「……黙てるね」とそれを察したフェイタンの片手が私の顔の横辺りに置かれた。一気に近づいた距離にひゅと息を飲む。これは、もしかしなくとも怒っているのでは。ことごとくこちらの退路を断たれ、選択の余地を与えてもらえない状況にいよいよ焦りが加速していく。必死に働かせようとする頭も、混乱からか上手く思考が纏まらない。驚愕と困惑が混ざったような私の表情に、何故か満足げに目を細めた彼はもう片方の手でするりと頬を撫ぜる。ぴくと肩が跳ねた。


「え、な、なに……」
「さきも言たね。黙るよ」
「っ……!?」


頬に触れていた手の親指が、ゆっくりと艶めかしく唇をなぞる。反射的にカッと体温が急激に上昇した。な、なに、ほんとにどういうことなの……。許容範囲を優に超えた脳内は、体に指令を送ることを放棄した。ぴしりと固まった私の視界で、フェイタンがいつも身につけている黒いマスクをくいと下げる。その邪魔そうな、煩わしそうな動作がいっとう色香を纏っている気がして、とても見ていられない。

どうしていいかわからなくて、ただ目を逸らしたい一心できゅっと目を瞑れば、彼の吐息を間近に感じた。目を閉じたことを一瞬で後悔する。しかし、少し動けば触れてしまいそうな距離では身を縮こませることしかできなくて。お互いの息遣いが重なる。「……フェイ、」タン、と続けようとした吐息は彼に飲み込まれてしまった。正確には、突然襲った柔らかさに言葉を詰まらせたのだけど。

一瞬で真っ白になった頭で、ぼんやりと目の前の彼を見る。えっと、何が起きたのだろう……?な、何かが触れて……そう、それは確かだけど、場所が……その、くちびる、ではなくて。そっと、今しがた柔らかさを感じた部分ーー“口の端し”辺りを指先で触れる。何をされたのか私が理解したのと、ゆるりと彼が妖艶に笑んだのは同時だった。


「期待したか? 残念だたね。口にされたかたら自分からするといいよ」


きゅ、と心臓が悲鳴をあげる。呆然とする私を残し、フェイタンは何事もなかったかのようにくるりと踵を返して去って行ってしまった。何に満足したのかはわからないが、随分と機嫌が良いしあっさりしている。いや、先程までのことを思い返せば、あっさりという表現は相応しくないのかもしれないけれど。

はあ、と息を吐き出した私はぐにぐにと両頬を弄る。異様に顔が熱かった。どうしようもないくらい熱が篭っている。ずるずると壁に背を預けながら座り込む。よかった、今が夜で。ついでに人気もなくて。こんな情けない顔を誰にも見られなくて済む。でも、フェイタンには見られてしまったかもーーいや、だめだ!やめよう!!思い返しちゃいけない!

つい彼の顔が脳内に浮かんでしまい、ぐりぐりと抱えた膝に顔を埋めて必死に羞恥を堪える。そんな私の姿を、部屋に差し込む月明かりだけがやさしく照らしていた。
月のみぞ知る