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※以前、ネタ帳に置いていた文章を多少変えて再掲。
キリト夢の長編描きたくて色々考えてたけど、専門用語が難しくて心が折れた。冒頭だけ勢いで書いたやつ。キャラが出てない。そのうち使うかもしれないし、使わないかもしれない。唐突に始まって、唐突に終わる。
悪夢のはじまり
「えす、えーおー……?」
たどたどしく、まるで覚えたての言葉を話す幼子のように聞き取った単語を繰り返す。机を挟んだ向かい側に座った兄が、今しがた用意した紅茶をカップに注ぎながら満足そうに頷いた。
「そ。ソードアート・オンライン、通称SAO」
お前だって知ってるだろ?と、続けられた言葉と共に差し出されたティーカップを受け取り、私は首を傾げた。もちろん知ってはいる。最近色んな番組で取り上げられては世間を賑わせている注目の話題だ。どこもかしこもその話で持ちきりなので、知らない人はいないと言っても過言ではないかもしれない。
特に私は、SAOというゲームのβテスターに運良く選ばれた兄からあれこれと聞かされていたため知らないはずがなかった。テスターに当選したと知った時の彼の様子は、ハイテンションの一言に尽きたというのは置いておくとして。
ふと蘇った、兄にひたすらゲームの話を語られ、寝不足になるという魔の記憶。それをそっと隅に追いやって、けれども彼との会話の中で得たSAOの知識を思い起こす。確か世界初のVRMMORPGで仮想空間がすごいだとか、やばいだとか。あまり詳しくないのは話半分で聞いていたせいだ。いまいち理解していない様子に、兄はあれだけ語ったのにと言わんばかりの大きなため息を場に落とした。
「あのなあ……人の話はちゃんと聞け。俺のためにも」
「聞いてたよ、一応。でも、VRとかそんなに興味なかったし……」
「はあ!? あの世界に興味がないだと!?」
瞬間、くわっと目を見開いた彼がべしべしと机を叩くものだから、その上に置かれていた紅茶がゆらゆらと波打つ。溢れては勿体無いと慌てて兄の分を卓上から救い上げた。
彼がSAOの世界を気に入っていたのは知っている。βテストをしていた期間のこと、食事やお風呂などの生活上必要な最低限の時間以外は、全て自分の部屋にこもりゲームに没頭していたのだから嫌でもわかる。学校には通っていたが、本当にそれ以外はずっとSAOの時間に当てていた。
そこまで面白いのか。気になった当時、ふと彼に問いかけたが、一を聞いて十が返ってくるかの如く次から次へと喋り続ける兄に、そっと聞いたことを後悔したのだった。
「絶対やればハマるって! 一緒にやろう!」
「言うと思った……」
「なあ、頼む。二人でやればもっと面白くなる……!」
まるで子供の我儘だ。騒ぎ立てる彼の言葉を右から左へと受け流し、塵ほども興味がないことを見せつけて誘いを上手く躱そうと思っていたのに。いつの間に、私はゲームと本体を買い与えられていたのだろう。本当にいつ。まさか妹を引き摺り込むためだけに、買うのですら困難と言われるそれを手に入れて来るだなんて思いもしなかった。
途轍もない執念と執着。布教には一切手を抜かないこの姿勢。作品に対する過度な愛すら感じられて、逆に内容が気になってしまうほどだった。それが狙いならとんだ策士だが、生憎私の兄はそこまで狡猾ではないはず。結局、貰ってしまったものは使わなければ勿体ないので、一緒に遊ぶことになったのだ。他の人に譲るという手段もあったが、さすがに高価な物故に憚られたのと、少しだけ興味が湧いてしまったことでやめた。
それまでは然程楽しみにしていたわけではないのに、いざサービス開始の時間が近づくと自然と鼓動が速まるから不思議だ。それとは裏腹に、一定のリズムを刻む時計の文字を見つめながら兄の言葉を思い起こす。えっと、確か「始まったらその場を動くな」だっけ。早く合流しないと、慣れない場所でならすぐに迷子になること間違いない。ふう、と息を整える。時間だ。
「リンク・スタート……!」
どうかこのゲームが、私でも上手くできるくらいに簡単でありますようにーー。
冒頭(sao)