夏の魔法





「あっつぅーーーー」

ジリジリと真夏の太陽がアスファルトを照らす。
体育館の側に植えられている樹の根に腰を下ろしているが、避暑としての役割は気休め程度にしかなっていない。
言葉に出すことで余計に暑さを感じるようになった気がしたが、声に出さずにはいられなかった。
間を開けて隣に座っている自分と似たような学生服を着ている少年は一見涼しそうな見た目をしているが、その額には汗の玉が浮かんでおり彼が自分と同じ人間なのだなと改めて思った。

「あ、降谷くんコレあげる」

コンビニで買ってきたソーダ味を謳うアイスの袋を取り出して、細かくノッチ加工されたそれを縦に裂いた。中からボトルの形状を模したアイスを持つと、火照っている掌の温度をじんわりと奪っていく。

「小鳥遊さん、それ買ってきたの?」
「そ!こんな真夏に学校来てるんだし、これくらい許してくれるでしょ」

吃驚したように目を丸くする降谷くんがちょっと可愛くて、クスクス笑いながらアイスをパキンと2つに割って片割れを渡す。
さあこれで共犯だぞ、とニヤッと笑うと降谷くんは諦めたように肩を竦めた。アイスの蓋を千切って口に咥えるその姿は、それだけで雑誌の1ページや何かのCMみたいで視線を逸らせない。
じっと見つめていると降谷くんが不思議そうに「ん?」と小首を傾げるので、慌てて首を振り少し溶け出しているアイスを吸い出す。未だに冷たさを保っているそれは、ちょうど良く身体と心の温度を冷やしてくれた。

「あーー、生き返るぅーー」

アイスを口に咥えたまま足を投げ出し、パタパタとブラウスの胸元を揺らす。ちらりと、今度は見過ぎない様に降谷くんを盗み見る。さっき乗っかっていた汗の玉はいつの間にか筋になって、丁度頬の辺りを過ぎていた。

「あ、そうだ!降谷くん!」
「うん?」
「写真撮ろうよ!夏休み入る前に撮ってたヤツなんだけど、あと3枚でさ」

インスタントカメラを鞄から取り出しそれを軽く振ると、降谷くんは少し困ったように眉を顰めて頬を掻く。協力して、とダメ押しのようにお願いするとゆっくりではあるがそのはちみつ色の頭が縦に揺れて、心の中で大きくガッツポーズをした。

「あ、でも撮った写真の現像は小鳥遊さんと僕の2枚だけにして欲しいんだけど」
「もちろん!」

元よりそのつもりだ。なんなら降谷くんにも渡さず自分の宝物として後生大事にしておくつもりだったのだから。

「はい、じゃあ降谷くんよろしく」
「え、僕が撮るの?」
「だって降谷くんの方が腕長いし」

手にしていたインスタントカメラを降谷くんに渡し、人一人分が空いていた空間を詰めると想像以上に近くに座ってしまい、降谷くんの上腕に肩が触れる。その近さに息が詰まり、心拍数が上昇してドクドクと煩い。ドキドキが伝わってしまうんじゃないかと思う程に鼓動は煩く感じた。

「ほらほら、はいチーズ!」

降谷くんが何か言いたげにこちらを見ていたが、カメラを指差して視線を誘導する。国民の大半が反応してしまうであろう台詞と共に、カチッと薄いプラスチックが折れるような、そんな軽い音がした。

残り2枚

「降谷くんだけの写真、撮りたい、なぁ」

ふと、彼だけの写真が欲しくなってそんな事をお願いしてみる。少し考えるように顎に指を添えるその顔があんまりにも画になるから、彼の了承も得ずに褐色の手に握られているカメラを奪ってレンズにその姿を写す。

仕方ないなぁ、と笑った顔が少し赤いような気がした。

残り1枚

サッと私の手からカメラを取った降谷くんの顔は、もうカメラで半分隠れている。どうやら仕返しとばかりに撮られる番らしい。

レンズ越しに、蒼灰色の瞳に射抜かれる。

顔の火照りも心の熱さも、ぜんぶ夏の暑さのせいにして、気付かないふりをした。








洒涙雨