満月の夜のミステリー後編


ジョディの車の脇には何故かあのメガネの少年、江戸川コナンが眠っており、灰原というあの少女がベルモットに銃を向けられているではないか。
ジョディが連れてきたのは変装でもした少年だったようだ。

いや、今はそんな事はどうでもいいのだ。
こうにも人が増えてしまっては、ベルモットを攻撃した所で誰かを人質に取られる可能性もある。何より赤井がスナイパーを倒してくれない限りは圧倒的に不利な状況は変わらない。不用意に飛び出ていっても狙撃され俺自身がお荷物になってしまう。

(そうだ、スナイパーに打たれない死角になるコンテナの壁沿いに入り込めばいい…!)

握る銃の安全装置が外れているかだけ確認してそっと壁伝いに出ると、やはり死角になっているようだ。狙撃はない。

「(!!ナマエ)」

ジョディも同じ事を考えていたようだ。ベルモットが気を取られているうちに死角になる壁に移動し痛みに耐えている。

後は俺に任せて、と声には出さずひとつ頷くと銃口をゆっくりとベルモットに向けた。まっすぐ伸ばした両手の直線状にベルモットを捉え、後は引き金を引くだけだ。手慣れた動作だというのにやけに心臓が早く脈打つのが自分でもわかった。
これで決まりだ、そう思って指に力を入れようとしたその瞬間。視界の端で何か不審な動きが映り、一瞬気がそれた。ジョディの車のトランクが人の手もなく勝手に開いたのだ。

「!?」

思わず意識をトランクに向けると、その魔法にはちゃんと種も仕掛けもあったようだ。なんと中から少女が一人飛び出してきたのだ。
どこかで見た事があるようなその少女はそこから飛び出ると、まるでアクション映画のワンシーンのように車の上を走る。だが敵はここにいるベルモットだけではない。一直線に灰原の元へと駆け抜けるその姿を狙うように、一発、また一発と弾丸が放たれた。

「待ってカルバドス!!待って!!」

だがそれはベルモットの意図する事とは違うらしい。ひどく狼狽え、しまいにはスナイパーがいるであろう建物に向かって一発射撃している。その間に少女は灰原をかばうように地面に倒れ込むと、同時にベルモットの射撃が効いたのか狙撃も止まっている。

「さぁその茶髪の子から早くどきなさい!早く!」
「動いちゃダメ!もう警察呼んだから、もう少しの辛抱だから…」

(…まずい)

ベルモットはまた彼女たちに銃を向けるつもりだ。今度こそ、と銃口の先にベルモットの腕に狙いを定めた。

「どいて!エンジェル!」

ベルモットが撃つよりも先に、指を重たい引き金にかけると力強く引いた。瞬間に弾丸を放った強い衝撃が体中に走り、うっすらと硝煙の匂いが鼻をかすめる。

「な、何!?」

弾丸は狙った通り腕に当たり、振り返ってこちらを見たベルモットの表情には痛みで歪んでいる。そしてようやくその瞳に俺が映り込んだ。その時の俺はさぞかし歪んだ笑みを浮かべていた事だろう。

「へぇ、本当に女優のシャロン・ヴィンヤードだ。結構好きだったんだけど残念だな。…とりあえず銃を捨てて、さもないと次は頭だ」
「…いつの間に」

銃は降ろさずベルモットを捉えたまま、さりげなくジョディの前に立つ。

ベルモットは出血する腕を抑えはしたものの、銃を捨てる動きはない。代わりに少し照準をずらして今度は銃口を頭に定めた。

お互いが沈黙し、あたりに波がコンクリートに当たる音だけが聞こえる中に、わずかだがコツコツと足音が混ざっているのに気が付いたのはすぐの事だった。その足音は徐々に大きくなり、冷や汗が額に滲む。
暗闇の中に響く足音は、随分と落ち着き払ったようなゆっくりとした足取りのようだ。それが敵なのか、味方なのか。誰にも分からなかった。

「OK、カルバドス。挟み撃ちよ」

ベルモットは自分の仲間であると確信しているようだ。自身の勝利を決定付けるかのように少しだけ口角をあげ、ふふふと笑いすらこぼしてみせた。それはテレビで見た事のある笑みで、こんな状況にも関わらずやっぱり本物のシャロン・ヴィンヤードという事を感じさせる。

「さぁカルバドス。あなた愛用のそのショットガンでFBIの子猫ちゃん達を吹っ飛ばして」
「ホォーあの男カルバドスと言うのか」
暗闇から姿を現したのは、先ほど後ろ姿を見送った赤井だった。手にはその男のものなのだろうショットガンが握られている。

「赤井!」
「ライフルにショットガンに拳銃3丁、どこかの武器商人かと思ったぜ」

いつもより饒舌に喋るその姿に、ベルモットはハッと息をのんだ。もうさっきまでの笑みはその顔にはない。むしろ焦りさえ見せていた。

「あ、赤井秀一…」
「シュウ!」
「もっとも両足を折られて当分商売はできんだろうがな」
「じゃああのスナイパーは」
「安心しろ。もう狙撃はできない」

その一言に、ジョディがひとまず胸をなでおろしたのが分かった。スナイパーの脅威がなくなった事で、安心してこのコンテナの壁から離れられそうだ。
ショットガンを手に持った赤井はゆっくりと歩きながらこちらに近づいてきた。

「まぁカルバドスは林檎の蒸留酒。腐った林檎の相棒にはお似合いって所か」
「く、腐った林檎?」
「あんたに付けた標的名だ。大女優シャロンが脚光をあびたのは舞台のゴールデン・アップル。あの時のままあんたは綺麗だが、中身はしわしわのラットゥン・アップル」
「なるほど。それで腐った林檎、か」

随分と洒落と皮肉が効いた名前だ。

しかしそれはベルモットにとってはそれは屈辱の言葉だったのだろう。降ろしていた銃を握り直すのがすぐに分かった。
その手の動きを止めるように、標的を狙ったままの手の中の引き金を引けば、今度は動いているせいか腕を掠るに留まった。それでも俺の攻撃に目もくれず、ベルモットは赤井に銃を向けようとしていた。赤井も素早い反射でショットガンをすかさずベルモットへ向けると、的確に腹部へとその強烈な一撃を命中させた。拳銃とは比較にならないその威力に、ベルモットの身体は耐えきれずに派手に倒れ込んだ。

「ダ、ダメよシュウ!」
「安心しろ。防弾ジャケットやパッドを重ねて身体中に装着している事くらい奴の動きで分かる」
「…あれはあばら骨何本か逝ってるな」
「それより見ろ。散弾で焼けた奴の顔を。やはりあれがあの女の変装なしの素顔ってわけだ」
「…」

それでも起き上がるベルモットに敵ながら素直に感心してしまう。あの威力を近距離で食らって、いくら防弾ジャケットを着ていようが無事でいられるわけがない。だがベルモットは俺の想像を超えてくる女だった。痛みに顔をゆがめながら、怪我をしていなんて思えないくらい素早い動きで立ち上がり、ドアが開けっ放しのジョディの車に駆けていったのだ。

「あいつ逃げる気だ!」

ジョディの車には少年が寄りかかったままで、ベルモットは彼を人質として連れていくらしい。ちょうど赤井がショットガンを構えても、邪魔で撃つ事ができない。
それが分かっていて、少年を盾にしながら車に乗ると、こちらに向かって数発威嚇をするように打ってきた。少年がいるだけで俺も銃を撃つ事ができない。しかもなんと車にはキーが刺しっぱなしだったらしい。眠っていたエンジンにスイッチが入った。

「うっそだろ!?」
「チッ」

(このまま車で立ち去られちゃ大問題だ!)

動き出した車のタイヤに狙いを定め銃を撃つが、思いのほかスピードが速い。弾丸が着くころには車は先へと走っていく。追いかけようにも車の速度には人が走った所で追い付くわけがないのは分かっていた。

その場でその車の後ろ姿を見ていると、車で走り去るベルモットが車から腕だけを出し、こちらも見ずに立て続けに二発撃った。その弾丸はベルモットが乗ってきた車の絶妙な所にあたったのだろう、たった二発で車からは爆発するように火が立ち上った。

そしてベルモットと少年を乗せた車はものすごい勢いで俺達を置き去りにしていった。


燃え盛る車の火は、やはりガソリンのせいか物凄い勢いだ。近くにいるとさすがに熱い。
少し離れて倒れ込んでいる少女達を見てみると、とりあえず怪我はしておらず気を失っているだけのようだ。そうと分かれば安心だ。感心したように口笛を吹いた赤井の隣に並ぶと、ジョディは焦ったような表情でこちらを見た。

「あの状態でミラー越しにガソリンタンクを打ち抜くとは」
「敵ながら天晴って奴だな。あれは俺には無理」
「シュウ、ナマエ。何感心してんのよ!人質取られて逃げられちゃったじゃない!」

いやでも本当にそう思ったんだけど、なんて言ったら今のジョディには怒られずとも元気になった時に怒られそうだ。それに、逃げられてしまったのはなんとも言いにくいがジョディにも責任があると言えばあるのだが。

「テメーの車のキーくらいは抜いとけよ」
「…」
「わ、悪かったわよ…」

せっかく黙っていたというのに、赤井はこういう男だった。思わず脱力してしまう。だが逃げられてしまった今、たらればなど言ってもしょうがないのだ。あの少年の事ももちろん心配だが、ここにもまだ放っておけない事が色々ある。

「まぁ収穫ならあの女の仲間があそこに…ん?」
「何?」

釣られるように赤井の視線を追うと、そこには何の変哲もないコンテナが山積みになっている。そこにはたしかスナイパーのカルバドスがいるはずだ。
首をかしげると、暗闇の中で一瞬黄色のような白のような閃光と同時に銃声が響き渡った。それは赤井が見ていた方向、カルバドスがいる場所だ。銃声が聞こえたという事は、予想できる事はただひとつ。自殺だ。

「おいおいまだ銃を持っていたのか」
「…これは赤井の責任だな」
「…悪かった」

一番の収穫物だったのだが、きっと見に行っても特に得るものはないだろう。

そしてメラメラ燃える車以外は静かになったと思ったら、周囲はそうはさせてくれないようだ。遠くからやたらと響くサイレンの音が聞こえる。聞こえるという事はかなり近くまで来ているのだろう。警察など呼んだ覚えはないが、中々見つかると厄介だ。何せ日本では持ってはいけない拳銃を持っている上がっつり硝煙反応も残っている。

今の俺はただの無職の男という肩書だから、真っ先に疑われるのは間違いなく俺だ。面倒極まりない。

「きっとこの子が呼んだんだわ」

そういえばさっきそんな事を言っていたような。厄介な事をしてくれたと思うが、子どもがやる事だし致し方ない。近くに止めてある車に急いで戻らなくては。また事件の聴取なんかされたくはない。

「じゃあジョディ。後は任せても」
「大丈夫。ナマエ、あなたがいてくれて良かったわ」
「俺あんまり何も今回はしてないけど。ジョディは怪我、ちゃんと治せよ。…おら、赤井行くぞ」
「あぁ。警察には長期休暇中のFBI捜査官がガキの誘拐事件にでも巻き込まれたと言っておけ。あの女を逃がした現状では本当の事を話しても誰も信じてはくれんだろうし、結局本命は出てこずじまい」
「ふーん。ベルモットは本命じゃないのか」
「あぁ。それに俺はまだその茶髪の少女と顔をあわせるわけにはいかないんでね」

チラリと少女達を見るとまだ気を失っているようだ。だが目が覚めるのもこの騒がしさではそう遠くはないだろう。
すぐそばまで迫ったパトカーのサイレンから逃げるように燃える車を背景に赤井と共にその場から撤退した。


真っ暗闇の道を照らすのは月明りのみだ。だが真夜中の散歩というのも乙な物だ。その足取りは軽く、命をかけたあの緊張感から解き放たれ、今はいわばハイという状態に近い。気持ちが高ぶってしょうがない。

「落ち着かないみたいだな」
「まぁな。久々に手に汗握る戦いだった。特に赤井が来た時はカルバドスが来たのかと思ってすげぇ焦った」
「ホォー。俺が来るとは思わなかったのか?」
「いつでも敵が来た時の事を考えておかないとだろう。でも赤井が来た時はホッとした」

戦いの場での赤井の存在感はやはり大きい。いるだけでこう、安心できるというか大船に乗った気分っていうのか。
特に何も考えずペラペラ思った事を言っていると、後ろをついてきていたはずの赤井の足音が聞こえない事に気が付いた。後ろを振り返ってみれば少し離れた所で足が止まっている。ちょっとした距離だったが、戻る気にもなれなくて、いつもより大声で話しかけた。

「赤井―?どうした?」
「いや、なんでもない。君は時々素直になるな」
「はぁ?俺はいつでも素直だろうが」

何を言っているんだか。
その時赤井がどんな顔をしていたかなんて俺には到底知る由もない。