屋上より愛をこめて
目が隠れそうになるほどの深めのキャップをかぶり、背負い慣れないギターケース。バンド活動でもしているのだろうかという恰好で、人々が行きかう交差点にかれこれ十五分ほど立っていた。
せっかく待ち合わせ時間ピッタリに来たというのに、十五分も過ぎているのだ。
そろそろギターケースを下してもいいだろうか、それよりも怒りを電話にぶつけるべきだろうか。いまだに姿を現さない人物にイライラしていると、ざわめく人ごみの中に同じようなギターケースを背負った背の高いニット帽が見えた。
「人を呼んでおいて遅刻するな」
「すまなかった」
「ったく。さっさと行こうぜ」
「あぁ」
ギターケースを背負いなおすと、赤井と共に人混みの中に一歩踏み出した。
*
目的地へ向かう途中に赤井から紙袋を受け取って、それぞれ米花町の中でも一番、二番の高さを誇る隣り合うビルの屋上に忍び込んだ。
さすがに高いビルだけあって風が強い。
改めてキャップをかぶり、ばらつく髪を抑えると多少鬱陶しさはなくなった。
ギターケースを地面に降ろし、カギを開け、重たい蓋を開くとそこにギターはない。代わりに銃身の長いライフル銃が一丁収まっている。
ライフルの組み立てなどもう何十回、何百回とやっている事だ。迷う事なくさっさと組立て、スコープを付けたライフル銃を銃床にセットするとタイミングを見計らったかのように傍に置いていた携帯から着信音が鳴り響いた。
『準備はできたようだな』
「見てたのかよ…。趣味悪いな」
『ココからよく見えるんだ。……それより、紙袋にインカムを入れておいた』
「はいはい」
耳から携帯を離すと丁度ブチッと通話の切れる音がした。
相変わらず身勝手な奴だ。
赤井から渡された紙袋を漁ると、通信用の遠距離インカムと激安と青いペンギンでおなじみの某バラエティショップの袋が出てきた。とりあえずインカムを取り付けてから、通信スイッチを押し、バラエティショップの袋と対面する。赤井が買ってきたのだろうか。買ってくる所を想像して似合わないな、とちょっと笑ってしまったのは仕方のない事だと思う。
まぁ何はともあれ開けてみなければ。
「何これ」
『変装用だ』
「いやもっと何かあっただろ」
出てきたのは鼻眼鏡だった。
ベタな黒いヒゲにクロブチの丸メガネ。変装用にしても相手の神経を逆なでする事間違いなしの変装だ。
奴らに消されるの毛利探偵じゃなくて俺になるんじゃないの?
嫌な想像が頭をよぎる。
ただ付けないなら付けないで顔バレする可能性があるのも間違いない。
渋々鼻眼鏡をつけ、赤井のいるビルへと振り返ってみればインカム越しに鼻で笑ったような声が聞こえた。
ムカつく。
『ところでナマエ。さっきから何か鳴っているようだが』
「あ、本当だ」
放り投げられたスマホのうちの1台をチラリとみると仕事用の方がブー、ブーと小刻みに揺れ画面が光っている。
依頼か何か問題でも起きたのだろうか。
電源切っとけばよかったと思っても後の祭りだ。
番号も見ずに通話ボタンを押すと、携帯からスピーカーモードにでもなっているのかやたらと大きな声に電話を取った事に後悔した。
『ようやく出ましたね!何回かけさせれば気が済むんですか全く…』
「お前しつこいんだよ」
やれやれとでも言わんばかりの声色に、呆れたいのはこちらだとため息をついた。
ポアロで出会ったあの日から、何故か用もなく電話をかけてくる安室のせいで仕事用の携帯履歴はほとんど安室の番号で埋まっていた。
新手の嫌がらせだろうか。いや、業務妨害か。
出る電話出る電話ほとんどが安室で仕事の電話に出るのも億劫になってきた。着信拒否にでもすればいいのか。いや、した所で別のルートで何かしでかしそうだ。
『浮気してる所悪いが敵がおいでのようだ』
「赤井お前撃つぞ…」
『ナマエさん、今赤井と一緒にいるんですか?』
「お前には関係ないだろ」
『関係あります』
あぁ、電話に出たのは失敗だった。声を大にして何やら主張してくる安室に頭が痛い。
しかし今は仕事に集中しなければ。
寝転んでライフルを構えると、スコープ越しに赤井に指定されたビルの屋上に5人の黒ずくめの男女が見えた。黒ずくめなのに頭はカラフルな外国人だ。
スコープでよく5人を観察してみると、2人はライフルを持っている事から、白昼堂々暗殺でもするつもりらしい。
『俺が合図をしたら威嚇射撃を頼む。』
「了解」
ライフルをかまえ、狙撃に備える。
そして数十秒後にインカム越しに大きな銃声が聞こえた。その瞬間スコープの中で銀髪の男が持つ小さな何かを狙い打ちしたようだ。これには素直に拍手を送ってやりたいくらい素晴らしい腕前だった。
しかし敵にとっては青天の霹靂だ。銀髪の男が赤井のいる方向へスコープを向けるが、そのライフルについたスコープも打ちぬいた。
『今だ』
合図とともに標的へと照準を合わせ引き金を引くと、すさまじい音とともに弾丸が飛び出した。弾丸はまっすぐライフルを持つ女の足元へと突き刺さる。続いて二発目も足元へ打ち込み、内心ガッツポーズだ。
さすがにこうも距離のある狙撃というのは命中度が下がってしまうのだが、今回はどうにかなったようだ。
続いて赤井の狙撃が銀髪の男へ打ち込まれる。唯一使えるスコープを慌ててのぞきこんだ女の顔がみるみるうちに怒りに染まったのは、確実にこの鼻眼鏡のせいだろう。
「俺も追われるようになったらどうするんだよ…」
『その時はFBIに戻れ。俺が守ってやる』
「冗談よせ。俺はそろそろ撤退する。スナイパーの女がこっちに来そうなくらい怒り狂ってる」
『フッ。違いないな』
「じゃあまたな」
最後にスコープ越しに敵を視ると、敵もビルから撤退し始めていた。
あの組織が来る可能性もあるし、こちらも早々に撤退しなければ。
手早くライフルを解体し、鼻眼鏡とインカムも一緒にギターケースに仕舞い込む。床に転がるスマホを拾って素早く屋上から出た。
『…お仕事は終わったんですか?』
「げ、まだ繋がってたのか」
そういえば狙撃する時切らないで置いておいたんだっけ。
スピーカーモードを切って耳に当てると、携帯越しにいつもよりトーンが低い声が聞こえた。
『げ、じゃないですよ。あきらかに銃声がしましたけど今どこにいらっしゃるんですか』
「秘密」
『…秘密でもいいですが、心配させないで下さい』
「心配?」
久しく聞いた事のなかった言葉だ。ふと心が温かくなったような気がしたが、きっと階段を駆け下りているせいだろう。気のせいだ、気のせい。
『あなたには僕の相棒として公安に入ってもらう約束がありますから、無事でいてくれないと』
「そんな約束してないけど」
『そうでしたっけ?』
「フッあんたでも冗談言ったりするんだな。…じゃあそろそろ切るからな」
応答を待たずに電話を切ると、さっきまで電話をしていた番号を「安室透」と名付けて連絡帳に登録した。