白の真実
病院というのはどうにも苦手だ。
壁や床、人までも全てが白い。清潔という意味の白なのだが、どうにも目に眩しい。
独特の消毒液の匂いもツンと鼻にくる。
何より医療関係者でもない俺は、病院に来る理由など怪我や病気をしたから以外にはなく、治してもらえるとはいえあまり来たくない、良い印象がないというのはご理解いただけると思う。
「5800円でございます」
「カードで」
「かしこまりました」
利き腕ではない、おぼつかない手で財布からカードを取り出すと、スッと機械に通されすぐに戻ってきた。そして続いて領収書と処方箋をもらう。それを適当に折りたたんで財布に入れ、財布をポケットにしまえばようやく両手が開いた。
久々に仕事でヘマをした俺はその苦手な病院にいた。
見事に利き腕がざっくり切れてしまい、痛みに耐えかねて渋々病院に来たのだがやはり苦手なものは苦手だ。子どもっぽいとは我ながら思うが仕方ない。
(ちなみに仕事で何を失敗したかなんて事は恥ずかしくて言えない)
会計も済み、時間はもう昼時だ。
ぐぅ〜とタイミングよく鳴った腹は正確な体内時計を持ち合わせているらしい。やれやれと腹をなだめるように摩るとまた腹は鳴る。きっと早く帰って飯を食えという身体からの訴えに違いない。
さっさと薬をもらって帰ろう。
そう決めて看護師達にお礼を言ってから病院から出ようと自動ドアの前に向かうと、丁度外から人がやってきた。ウィーンと機械特有の音を立てながら自動ドアが横にスライドして迎え入れる。
「ん?あれ…」
「あ!ナマエさんだ!」
「あ、ちょっとコナン君!?」
タッタッと小走りで入ってきたのは毎度お馴染みのメガネの少年、コナン君だ。
「こんにちは!」と元気よく挨拶をするさまは子どもらしくて微笑ましいのだが、いかんせんこの前の無茶な作戦の印象が拭いきれない。彼は知らないだろうが、前回の事と言い俺はこの子が無茶をしている所を度々目撃しているのだ。
まさか怪我でも?と思って観察して見たが、とりあえず元気そうだ。
後ろにはこの前港で見た長髪の女の子と、気の強そうなショートヘアの女の子二人を連れている。美人二人と一緒なんて両手に花という奴だろうか。
「ナマエさん怪我しちゃったの?」
「まーな。腕をざっくり切った。少年は…お見舞いか?」
「うん。蘭姉ちゃん達の同級生のお見舞いだよ」
「蘭姉ちゃん?」
ちらりと少し離れた所にいる彼女たちに視線を向けると、少年は長髪の女の子を指さして「あっちが蘭姉ちゃん。僕の居候先のお姉ちゃんだよ」続いてショートヘアの子を指さして「こっちは園子姉ちゃん。鈴木財閥のお嬢様」というなんとも余計な情報をつけて説明をしてくれた。
という事はこの前無茶してくれたのは蘭という女の子か。
あれからそんなに時間がたっていないのだが、見た所普通に生活できていそうで少し安心した。
「やだイケメンじゃない!?」
「ちょっと園子!」
聞こえてるぞ、少女達。
とは言えないので微かに頬と口角をあげて笑う。
「蘭姉ちゃん!この人は僕の友達のナマエさんだよ」
「あの、コナン君がすみません。毛利蘭です」
「初めまして、ミョウジナマエです。そちらのお嬢さんは?」
「わ、私は鈴木園子って言います!」
「よろしく、蘭ちゃん。園子ちゃん」
蘭ちゃんとは正確には初対面ではないのだが。
あの港ではこちらが一方的に見ただけであるし、恐い事は思い出さない方が良いだろう。
二人と順番に軽く握手をすると、手を握った蘭ちゃんの顔がどこかモヤモヤとしているような表情をしている気がする。心なしか眉間にしわが寄っているような。
「どうかした?」
「あの…勘違いじゃないと思うんですけど、数年前にアメリカにいませんでしたか?」
「えっ?」
「私あなたに会った事があるんです。雨の日のニューヨークで」
切り裂き魔が出てるって噂になっていたあの時。
ぽつぽつと、記憶を手繰り寄せながら話しているのだろう。時折あやふやな言葉もあったが、俺にはいつの事を言っているのか鮮明に思い出せていた。
雨の日のニューヨーク、切り裂き魔。
まだ俺がFBI現役職員だった頃の話だ。
たしかにあの日は日本人の女の子を一人追い返した。いまいち顔は靄がかかったように思い出せないが、彼女の言う通りの出来事があったのだ。
「もしかしてあの時の女の子?」
「っはい!あの時はご迷惑おかけしてすいませんでした」
「いや。こっちこそ同僚が怒鳴って悪かった」
ぼんやりとしか覚えていないが、当時からコンビを組んでいた赤井がすごい剣幕で怒鳴っていたはずだ。
あいつの顔は普通の女の子にしてみれば平常時でも少し怖いのに、更に怒鳴られればトラウマものにでもなりそうだが彼女はそれでも謝ってくれるのだからきっと良い子なのだろう。
ペコリと赤井の代わりに頭を下げると、「いや私が」「こっちが」と俺も蘭ちゃんもお互い譲れずに何度も頭を下げてしまった。
「ねぇ!蘭姉ちゃんとナマエさん知り合いなの!?」
「うん。ほら前に話したでしょう?NYで新一を待っている時に会った人よ。背中にFBIの文字が入ったジャケットを着てた」
「…ナマエさんってFBI!?」
「まぁ元だけどな。今は日本で自由気ままな毎日だよ」
前に言っただろ、今はなんでも屋さんって。
そう言ってみれば、少年はびっくりしたのか俺の顔を穴があくほど見てくるのだから気まずいったらありゃしない。そっと目を離してももじーっと視線はこちらに注がれたままだ。
今このタイミングで聞かれなかったから、なんて言ったら怒られそうだ。
どうしたものかと視線を逸らし続けていると、治まっていた腹の虫が再び動き出したらしい。シーンとしている空間に間抜けな音が響き渡る。
「そういえば腹減ってたんだった。…俺はもう行くけど、何か話したい事があるならまたポアロでな。少年」
「…うん。分かった」
「それじゃあ蘭ちゃんと園子ちゃんも、またね」
ぐぅという腹の音は人に聞かれると結構恥ずかしいものだ。
空気をごまかす様に適当に笑い飛ばして、三人の前から足早に逃げ去るように今度こそ病院のドアをくぐった。病院のすぐ隣には薬局があるのだが、今は薬をもらうより空腹を満たす方が大切だ。なんなら家の近くの薬局で薬をもらえばいいだろう。
「あー…ハンバーガー食べたいな」
ぽつりと呟くと、無性にあのジャンクフードが食べたくなる。
家に帰るまでにハンバーガーショップってあったかな。
通り道にある店を思い出しながら、俺は一人ぶらぶらと帰路につくのだった。
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ただナマエが元FBIだってバラしたかっただけっていう。