昼下がりのポアロにて
「いやぁここのコーヒーはおいしいですね」
「そうだな」
「それにしても貴方がこんな所にいるとは思いませんでしたよ」
「そうだな」
どうしてこうなったのだろう。冷めたコーヒーを飲みながらふと目の前の男を見つめた。壊れたラジオのように延々同じ言葉を口にしても、男はそれでもめげずに整った顔でニコリと笑顔を浮かべた。コーヒーに付き合ってくれるなら、同じ美人でも女が良かった。
シボレーで爆走した数日後。今日は仕事もなくゆったりたっぷりのんびりできる素晴らしい日、休日である。
町は家族連れやカップル達が買い物やらレジャーやら活発的な人で溢れかえっているが、俺は外でゆるりと過ごす事が多かった。と言っても近場の本屋やカフェにいるだけなのだが。家にいると仕事の事を考えてしまうのだから仕方ない。
そんな訳で今日も行きつけのカフェに本と財布だけを持って向かった。
「あ、ミョウジさん! いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「どうも梓さん」
カランコロンと心地いいベルの音を潜り抜けると店内にふんわりとコーヒーのいい香りが漂う。店員である梓さんに挨拶をしていつもの窓際の席に座ると、見慣れたメニュー表を開いた。
ここ、喫茶店ポアロはお気に入りの店のひとつだ。サンドイッチとコーヒーがおいしく、休日の朝はココで済ませる事も度々。今日もお気に入りのサンドイッチとコーヒーを注文すると、さっそくと言わんばかりに持ってきた本をぺらりと捲った。
ただただ集中して紙上の字を追う事を繰り返す。そうして、何分、いや何時間たった頃だろうか。ふと視線を感じて、本から目を離すと誰もいないはずの目の前の席に、金髪の男が座っていた。
そして話は冒頭へ戻る。
嫌味なくらい整った顔でコーヒーを飲む男にはなんとなく心当たりがあった。数日前のカーチェイスで、一瞬窓越しに目があった、あのRX-7の男だ。
「お前この前追いかけてきた公んぐっ」
「おっとそれは秘密でお願いします」
公安、と言おうとした口は、思いのほか大きな手で素早くふさがれた。
こちらをチラチラと見ていた女性客たちからキャアとはしゃいだような声が聞こえたが、気のせいだろうか。
手を離せ、という意味を込めてその胡散臭い笑顔を睨むと今度は慣れたようなウィンクが飛んできた。
様になってるのが余計に腹立つ。脛でも蹴り飛ばしてやろうか、と物騒な事を考えていると、それを見越したようにスッと手が引かれ、蹴ってやればよかったと少しがっかりした。
「チッ。で、俺に何の用。捕まえ…に来たわけじゃないよな。」
見た所お仲間もいないようだし、と店内と窓の外を見やる。
どこからどう見ても一般人しかおらず、公安は本当にこの男だけらしい。捕まえに来たのがコイツだけなら随分なめられたものだ。
「貴方にお話しがあってきただけですよ。赤井が一緒だと必ず逃げられますからね」
「話?」
依頼か、それとも取引か。男の次の一言に、思わず身構える。
「えぇ。あなたは現在FBIをやめてフリーだと聞きまして。ですから僕の相棒として公安にどうかと」
「はぁ??」
思わず間抜けな声が出てしまった。この男は今なんと言っただろうか。顔を見ると、冗談…でもないらしい。声は至って真面目のようだ。
コーヒーを飲んでいたら見事に吹き出していただろう言葉に首をかしげると、男は頬杖をつきながら再度口を開いた。
「公安に」
「は?」
「僕の相「嫌だけど」
即答すると自信有りだったのか背後に、落ち込んだような暗い影が見えた気がした。断られるとか思わなかったのかと素直に疑問である。
どこにも所属しない人間と公務員なんて真逆の存在だというのに。
下を向いて黙り込んでしまった男をよそに、まだ手を付けていなかったサンドイッチに手をつける。ちょっとパサついてはいるけど時間がたってもポアロのサンドイッチはうまい。
「フリーなら僕に協力してくれませんか?赤井より僕の方が良いですよ」
「なんか人聞き悪いな…。というか名前も知らない奴にホイホイ付いていくか」
「…安室透です。これでいいですか?」
「ふーん。まぁ知ってると思うけどミョウジナマエ。協力はしないけど依頼ならいつでもどうぞ」
営業がてら電話番号だけ書いた名刺を渡すと、安室は豆鉄砲でもくらったような顔を見せた。
きっと簡単に電話番号を教えるとは思ってもいなかったのだろう。
主に『依頼ならいつでも』と強調したつもりだったが、こいつは話聞いてなさそうだ。
慣れた手つきで名刺入れに名刺を仕舞う安室を横目に、俺は残りのサンドイッチを口に放り込み、冷めたコーヒーで流し込んだ。少し喉に引っかかりもしたが、無理やり飲み込んでやった。
時計を見れば予定よりもコイツのせいで随分ポアロに長居してしまった。
そろそろ帰ろうと席を立ちあがると、手首をぐっと掴まれた。言わずもがな、この安室透の手である。
「諦めませんから覚悟して下さいね」
「しつこい男は嫌われるって知らないのか」
後にこの男、安室透に名刺を渡した事を後悔する事になるのだがそれはまだ先の話である。