バスと爆弾
俺は今とてもご機嫌だった。
心地いい低温のエンジン音に、ふかふかのシート。
愛車のアクセルを踏めば、窓の外の景色が少しだけ早く流れていく。
前方に走るバスから一定の車間距離を保っていても、外の景色を眺める余裕はある。
片手でハンドルを支えながら、ラジオから流れるメロディにあわせて鼻歌を歌っちゃうほどにはこの優雅なドライブを楽しんでいた。
ドライブと言ってもこれも仕事の一環ではあるのだが。
俺の今日の仕事内容はこのバスを追跡する事なのだ。
*
「追跡?」
「あぁ、念には念をいれて静香にはとあるバスを追跡して欲しい」
「へぇ。まぁいいけど」
「そのバスには俺とジョディも乗る予定だが、相手が相手だ。何が起きるか分からん」
「OK。まずはその相手がちゃんと来てくれるかだけど」
「…そうだな」
なんてやりとりがあったのは一週間前。
どうやらFBIは本腰を入れて何か、と言ってもまぁ大体予想はつくが捜査をしているらしい。
きっとこのバスの中に捜査対象がいるのだろう。
そして俺は何かがあった時のあくまでも保険だ。
赤井がつけた盗聴器からは、何やら事件が発生しているらしい事は分かるのだが俺はあくまでも保険。そして追跡する事が仕事なわけで、バスの中で起きている事にはさすがに手出しできないのだ。
まさかバスに俺の可愛い愛車をぶつけるわけにもいかないし。ダメ、絶対。無理。
それにしても赤井のトラブルメーカーというか厄介な事を引き連れてくる率は異常だな、と誰もいない車内で一人苦笑いした。
そうして付かず離れずの距離を保ちながら車を走らせていると、バスは小仏トンネルへと入っていった。
盗聴器から赤井の咳が聞こえてくる。どうやらバスの中で何か動きがあったようだ。
念のためにと距離を離して様子を見ていると、トンネルを抜けてバスは山梨県に到達した。すると突然バスが今まで以上にスピードをあげて走り出した。幸いにも走っている車は多くなく、急なスピードアップにも、容易についていける。
見失わないようにスピードをあげようかとブレーキから足を浮かせたその時。
目の前のバスは突然盛大なブレーキ音をあげたかと思えば、大きな車体は道路のど真ん中に停車した。
「うわっ」
慌ててこっちもブレーキを踏むと、身体に急ブレーキの衝撃が走る。
幸いにもエアクッションは出ずにすんだがシートベルトに止められて変なうめき声が出てしまった。
打ち付けたであろう後頭部がじんわり痛い。
「…はぁ」
一体バスで何が起きたんだろう。
バスより少し後ろにそのまま車を停車させ、さも野次馬のようにバスの近くまで寄って見ていると、車内の誰かが連絡していたのだろう。すぐに後から警察がやってきた。あっという間にパトカーが集まるとバスから出てきた犯人と思われる男二人と女が逮捕されていた。
何故か出てきた赤井はスキーウェアだったが、どうやら無事らしい。こちらを見みると、こくんとうなずいて見せた。続いてぞろぞろと他の乗客だろう、老若男女が数人降りてきた。皆一様に緊張から解き放たれホッとしているようだ。
「あの、あなたはこの車の運転手さんですか?」
「え、あぁ。すいません、邪魔ですよね。びっくりしちゃってつい…」
バスの様子を見ていると、警察官がやってきて俺の愛車を指さした。
たしかに現場検証なんかにはあそこに置いていては邪魔かもしれない。
あくまでも一般人です、とアピールするように愛想笑いを浮かべると警察官は「落ち着いたら移動をお願いします」と言い残してさっさとバスの方へ戻って行ってしまった。
特に何も起きないようならば車を動かした方がいいだろう。
事件の現場になったバスを見納めていると、何やらバス前方の方が騒がしい。
バスの前方をチラッとのぞいてみると、逮捕された女が顔を真っ青にして叫んでいた。
「この時計起爆装置なの!爆発まで後一分もないわ!」
「えぇ!?」
「マジで」
なんて事だ。最後にとんでもないものがやってきてしまったようだ。
早く逃げないと爆発には巻き込まれずとも爆風に煽られてしまう。早急にバスから距離を取らなくてはいけない。
っていうか俺の愛車もまさか爆風に巻き込まれるなんて事、ありえるんじゃないだろうか。
だがもう車を動かしている時間などない。
女によれば後一分。自分だけ逃げるのが精いっぱいだ。
泣きたい気持ちを抑えて退散しようと一歩足を引くと前方からメガネの少年が走ってきた。
何故か手には拳銃を持っている。
「ちょっなんで子どもが拳銃!?危ないぞ!」
「後部座席に友達がいるんだ!助けなきゃ!!」
「はぁ!?」
さっき出てきたので全員じゃなかったのか。
拳銃を窓に向けているあたり、その友達とやらは後部座席にいるのだろう。窓ガラスを割って中に入るという事は容易に予想ができた。だがこんな事子どもができる訳がない。
せいぜい二人でお陀仏だ。
さすがに目の前でそんな惨劇は見たくない。
「貸して」
「は」
「ま、暴発したって事で」
少年がかまえた銃を上から奪い取ると、照準をすぐ窓ガラスに定め、何回も引き金を引いた。聞きなれた重たい銃声が当り一面に響くと同時に窓ガラスにヒビが入り、パリンと嫌な音を立てて地面に落ちていく。
きっと俺が撃ったと分かったら大目玉だろう。それは面倒だ。
銃弾がなくなった銃をぽかんと口を開けている少年に押し付けて、割れた窓ガラスの間に身体を滑り込ませると少し服が引っかかったような気がした。
だがそんな事を気にしている暇はない。
バスの中を見ると、たしかに少年が言っていたように、フードをかぶる子どもの姿を見つけた。
「おい、逃げるぞ」
「え、あなた誰」
縮こまるように自分を抱きしめていた腕を引っ張ると、子どもは随分と驚いた顔をしていた。それもそうだろう。爆発するバスにわざわざ乗り込んでくるバカなんてさっきの少年くらいだ。
だが俺も結構バカのようだ。
もうすぐ爆弾が爆発するというのに妙に脳は冷静だ。
一向に動かない子どもの腕を、こちらへ引き寄せると割れた窓ガラスに向かって走った。
「灰原ァーーッ!!!」
外からあの少年の声が聞こえる。
子どもがギュッと俺の腕を強く掴んだ。
「行くぞ」
子どもを守るように抱き込むと、窓ガラスから勢いよく飛び出した。
その瞬間、背後で凄まじい爆発音が鳴ったかと思うと同時に熱い爆風が外へ飛んだ身体を更に勢いずかせた。
「ぐっ」
勢いよくはじきだされた身体は肩からアスファルトに打ちつけた。反動で頭も打ちつけたような気がしたが、命の危機に瀕した緊張からか身体は一時的に痛みを感じないようだった。
ゆっくりと身体を起こすと、腕の中にはしっかりとフードをかぶった子どもがいた。
よくよく見れば可愛い女の子だ。爆風に煽られたガラスの破片のせいか、顔にはキズがついていて服もボロボロである。
「身体、大丈夫か?」
「え?あ、…あなたこそ」
口を開けば随分子どもらしくない子どもだった。
いや大人びている、という表現の方が正しいのかもしれないが。
思わず目を丸くしてしまった。
いやはや最近の子どもは成長が早いっていうけど…。
「灰原!大丈夫か?!」
「江戸川君…」
「怪我してるじゃねぇか!」
軽くショックを受けていると、あのメガネの少年が走り寄ってきた。
手に銃はないから、きっと誰かに回収されたんだろう。少しホッとした。あの銃を撃ったのを見たのはきっとこの少年だけだ。
少年自身も銃を撃とうとしていたのだから、きっと余計な事は喋らないだろうと信じたい。
「高木刑事読んでくるから待ってろ」
「…分かったわ」
少年はそう言うとざわざわと忙しなく動き回っている刑事達の中は入って行ってしまった。皆事件の詳細や犯人の事を聞いたり、怪我の確認をしているのだろう。赤井も事情聴取を受けているようだ。
ぽつんと取り残された俺は灰原と呼ばれた少女を見た。
「刑事さんと知り合いなんだ」
「えぇ、まぁ。…それよりあなたも病院に行った方がいいわ。火傷に激しく身体を強打したから、どこかにヒビが入っていてもおかしくないわ」
「まぁたしかにそうだね。後でちゃんと病院に行くよ」
本当に子どもらしくない少女だ。
どこぞの医者の子どもなのだろうか?この年齢にしては知りすぎているような。
「…助けてくれてありがとう。身体、お大事に」
「君もちゃんと治せよ。女の子なんだから」
だけど冗談交じりにフードの上から頭をなでると少し照れているようで、子どもらしい一面に俺は思わず笑いをこぼした。
少しするとメガネの少年が知り合いという刑事を連れて戻ってきた。少女は一足先に病院に行くらしい。
パトカーに乗って走っていくその姿を見送ってから、ようやく立ち上がると残っていた少年がキラリとこちらに目を光らせた。
「お兄さん大丈夫?」
「あぁ、少年も…無事そうだな」
「うん。はいば、さっきの子の事ありがとう」
「まるでジェームズボンドみたいだったわ」
少年がぺこりと御礼をすると、聴取を終えたのか外国人の女性が笑顔で現れた。
目があうと、パチンとウィンクが飛んできた。
どこからどう見てもジョディ・スターリング本人であるがウィンクは黙っていてくれという合図なのだろう。
「ジョディ先生!」
「ハーイ、クールガイ。大活躍だったわね」
「007は先生とこの人だったけどね」
どうやらジョディもバスの中で何かをしたらしい。
少年は何かを見定めるように、疑念の目でジョディを見ている。だがジョディはそんな視線には気づかないようにパッと笑顔を浮かべた。
「映画のようにうまくできましたー!」
「あはは…。お兄さんも映画みたいだったよ」
「そりゃどうも」
その疑念を持った視線のまま俺を見てくるあたり、さっきの行動がこの少年の琴線にでも触れたのだろう。ジョディ同様何かを疑い、探っているようだ。その目つきは、赤井が犯人と睨んでいる人を見つめる目に似ている。
全くただの保険の仕事だったというのに、余計な何かを背負ってしまったような気がする。
「すいませーん、運転手さん。車動かしてもらってもいいですか?」
「はーい。じゃあ俺は行くな。バイバイ少年と外国人のお姉さん」
「バーイ」
「あ、うん。バイバイ」
少年とジョディに軽く手を振って、少し離れた愛車に近づくと、少し汚れてはいるものの目立った傷はなさそうだ。
「良かった〜〜〜…」
できるだけ服の汚れを外で払い落として、鍵のかかっていないドアを開け運転席に座った。エンジンをつけると、いつも通りの心地いいエンジン音が身体に伝わってくる。
アクセルを踏むとゆっくりと車体は動き出し、未だに細々と煙を上げるバスを横目に、そのまま逃げるように立ち去った。
「で、潜入捜査はうまくいったのか?」
車をしばらく運転させると、俺はバックミラー越しにそう話しかけた。
そこには本来だれもいないはずなのだが、寝転がって隠れていたのだろう。「やはりバレたか」と呟きながら赤井が身体を起こした。
そしてそのまま後部座席に座り直すと、ミラー越しに目があった。
「それなりの収穫だ。それより…ナマエは一体何をしていたんだ?」
「何って…まぁ人助けみたいな?」
「どこに爆弾に突っ込んで行く馬鹿がいるんだ」
「あいたっ」
後部座席からチョップが飛んできた。
運転中なのに事故ったらどうしてくれるんだ。俺の愛車が今度こそ傷だらけになってしまう。
ハンドルから手を離すわけにもいかず、分かりやすく不機嫌そうな顔をしてみれば、赤井は笑いながら窓の外へと視線を移した。
「まぁいい。それより、ナマエはあの少年をどう思う」
「少年?メガネの?」
「あぁ」
「どうって」
あの少女とはまた違った意味で子どもらしくない子どもだと思った。
あんな爆発があって、普通の子どもなら驚くなり怖くなるなりするだろう。
だけど爆発をしてもわざとらしいくらい子どもっぽく笑うし、何よりやはり迷わず拳銃を持っていた。俺が行かなかったら全て同じ事をしただろう。
あの年齢の子にそんな考えが思いつくわけがない。
「…大人が子どもになったみたいな子だよね」
「そうか」
あの少年は俺達を何か疑っているようだが、俺達もまた君を疑っていると言ったらあの少年はどんな顔をするのだろうか。