男2人のドライブ
町が茜色に染まる夕暮れ時。
その日一日の仕事を終えた俺は帰宅する人々にまぎれて米花町の大通りをとぼとぼ歩いていた。太陽が沈む赤い世界には、家に帰る小学生グループや飲みに行くであろうサラリーマン。いろんな人が一同に会し、見ていて飽きない。
『おや、ナマエさん。偶然ですねぇ』
「…安室」
『どうです、一緒にドライブでも』
そう、いろんな人が一同に会するのだ。
愛車であるRX-7を路肩に止め、車の傍に立っているだけで絵になるような男。安室透も例外ではない。
あからさまに待っていただろうに、何が偶然だというのか。
助手席のドアを開けて、乗れと無言でうながす安室がやけに様になっていて悔しい。
さて、乗るべきか乗らないべきか。
一瞬考えてみたが、今さら素通りしても嫌味たっぷりな笑顔が一瞬で目に浮かんだので、渋々助手席に座り、安室の運転でゆっくりと車は走り出した。
「で、なんか用事でも?」
「言ったでしょう?一緒にドライブでも、って」
「本当にただのドライブだったのか」
「そうですよ」
その言葉に、俺は顔に出さず驚いた。
まさか野郎と二人きりでドライブする事になるなど、数分前には予想もできなかった事だ。
窓枠に肘をついて運転している安室を横目で見ると、本当にドライブを楽しんでいるらしく鼻歌でも歌いそうなくらいウキウキしているのが表情からも伺えた。
(何がそんなに楽しいのやら)
ふと窓の外を見ると、ガラス越しにうつった自分も少し口角をあげているのに気付いて、慌てて顔を引き締めた。すると窓の向こう側に、海が広がっているのに気が付いた。海の上には輝く大きな橋がかかっている。
「おぉ…さっき走ってきた橋はあれか」
『レインボーブリッジですね』
レインボーブリッジを横目に車を走らせると、その先は丁度駐車場になっていた。車をとめると、サービスの良い事に夜景を望む展望台があるらしい。
だがそういった所は所詮デートスポットとして有名な所で、恋人たちが集まる場所に男が2人でやってきたのだから、嫌でも目立つ。
しかし、柵の向こう側に広がる夜景を見るとそんな視線など全く気にならなくなった。
走ってきたレインボーブリッジに、赤が象徴的な東都タワー。海の上を走る屋台船に、水面に映るビルの明かり。昼とは全く違う景色に俺の目は奪われた。
キラキラしていて、まるで宝石のようだ。
ぼーっと夜景を眺めながら海風になびく髪を抑えると、隣で黙っていた安室がくすっと笑った。
「何?」
『いえ、貴方が楽しんでくれてるようでなによりだと思いまして』
「…」
『子どものように目がキラキラしていますよ』
(そんな顔をしているのだろうか)
指摘されてみれば、たしかに車に乗っている間は、気を張っていたがいつの間にかドライブと夜景を楽しんでいた自分に拍子抜けした。
ここ最近仕事ばかりしていたからか、夜景などただ流れる景色の一部でしかなかった。
だが、こうして改めてゆっくりと夜景を眺めると、少しは平和な日常に戻れた気がした。
自分一人ではドライブする事も夜景を見る事もなかっただろう。不本意ながら連れてきてくれた安室に少しばかり感謝しなければいけないようだ。
*
無邪気な笑顔でアレはなんだと聞いてくるナマエさんに、連れてきてよかったと心から思えた。いつもは見られない純粋な笑顔に、ドキリと胸が高鳴る。
夜景よりも、ナマエさんの顔がもっとよく見てみたい。忙しなく夜景の光をうつす瞳をのぞきこむと、その目を大きく見開いた。
「…近い!」
『そうですか? もう少し近づいても…』
「離れろ! 来るな!」
『ははは照れてるんですか? 』
「照れてねぇよ!」
顔を赤くして自ら距離をとる姿が、かまいすぎて噛みついてくる猫のようでもっと構い倒したくなった。
ビジネスの相手にしか思われていないかと思っていたが、そうでもなさそうだ。
距離を詰めようとすると、じりじりと離れる。
「追いかけてくるなよ」
『逃げられたら追いたくなるでしょう?』
「おま、それで俺のまわりウロチョロしてんのか!」
『さぁ、どうでしょう?』
最初は仕事の駒として欲しい存在だったが、今の俺はどういう意味でナマエさんに近づきたいんだろうか。
慣れてしまった作り笑顔の裏で、俺はふとそんな事を考えていた。