連れ去られたFBI
「あれ、君達は」
「あ!この前のバスジャックのお兄さん!」
「ちょっとそれだと俺が犯罪者みたいだからやめてくれないかな」
「ご、ごめんなさ〜い」
じろりと子どもたちを睨むと、あははとメガネの少年が愛想笑いをしてごまかした。
元上司のジェイムズ・ブラックが久々に来日した今日。
オフだからとジェイムズが好きなアニマルショーを一緒に見た帰りであった。
偶然にもあのバスジャック事件の時に出会った子ども達が遊歩道の上にいた。
何かを待っているらしく、キョロキョロと視線があちこち行ったり来たりしている。
彼らを無視して通り過ぎるという手段ももちろんあったのだが、今回は顔見知りがいて丁度よかった。人づてに聞きたい事があったのだ。
声をかけると子ども達はちゃんと覚えていてくれたらしいが、バスジャックのお兄さんというあだ名は怖すぎる。きっちり訂正を入れるとあだ名はお兄さんになったから良しとしよう。
「なぁ、ここらへんで外国人のおじいさんを見なかったか?」
ヒゲで身長はこのくらいでメガネ。スーツで優しそうな雰囲気の。
とりあえず子どもにも分かりやすくジェイムズの見た目をあげてみると、どうやら心当たりはバッチリあるらしい。子ども達が次々に口を開いた。
「さっき俺達と一緒にいたぞ!」
「おともだちとはぐれて、待ってるかもしれないから車をみにいくって言ってたよ」
「あぁ分かった分かった。」
一気にしゃべり出す子ども達に、聖徳太子になった気分だ。
どうどうとなだめると大人しくなるあたり聞き分けはいいらしい。
ようするにジェイムズはランディ・ホークと間違えられた所を子ども達に助けられ、お礼がしたいと言ったらしい。そして同行者の俺に一声かけようとして、先に車で待っているかもしれないと思ってパーキングエリアに行った、という事だ。
たしかにパーキングエリアは歩いてすぐだから、確認して戻ってくる分にはそんなに時間もかからないと踏んだのだろう。
「それ何分くらい前の話?」
「10分くらいかなぁ?」
「おかしいな、すぐそこのはずなんだけど」
本当に少し歩けばつく距離なのだが。
まさかジェイムズがこんな短距離で道に迷うはずもなければ、寄り道をする場所もない。
引っかかるのはランディ・ホークと間違われていた事だ。
大体こういう時、俺の嫌な予感は的中するのだが、まさかジェイムズが…なぁ。
「とりあえず俺はパーキングエリアに行こうかな。情報ありがとう」
「僕たちも行くよ!あのおじさんの事心配だし」
わざとらしいくらいの笑顔だ。
この少年の場合、心配よりも好奇心が買っているのではないかというくらい瞳がキラキラしている。
きっとこれは何が何でもついてくるだろう。
「…勝手にしろ」
「やったー!」
まぁ赤井がこの前のバスジャック事件から気に掛けている子だ。
俺もちょっと見定めてみよう。
*
パーキングエリアはさっき少年たちと出会った所から徒歩2、3分の所にある。
少し人目に付きにくいが、アニマルショーの会場に一番近いパーキングエリアだ。きっと同じようにショーを見に来たのだろう車が止まっていて見事に満車である。
数ある車の中でも、遠目からでも分かるくらいには目立つ俺の愛車にはジェイムズがくれたパンダのマスコットが乗っている。
だけど周辺にはジェイムズはいないようだ。
あんな長身がいたら日本では必ずどこにいても目立つ。
「おじさんいないね」
「そうだな、どこ行ったんだか」
「おじさん何かに巻き込まれたんじゃないかな」
「どうしてそう思うんだ?」
「ほら、これ。アニマルショーのストラップが落ちてる」
少年はパーキングエアリアに面した道路で何かを拾ったようだ。見せてもらうと、白いハンカチに包まれていたのはたしかにアニマルショーのストラップだ。ジェイムズが嬉々として買っていたのを覚えている。「君の分も買おう!」とウッキウキだった。あのジェイムズが。
ただし拾ったのは普通のストラップではなく、Pと&とAに血が付いている。
これまたなんとも分かりやすい暗号だ。
思わずニヤリと口端があがった。
だが子ども達が一生懸命考えている所を見ると、これはわざと子ども達、いや少年に出した暗号なのだろう。答えをすぐに提示してもジェイムズの意図とは反する事になってしまう。
「ん?」
子ども達がP&Aについてあーだこーだ言っているのを蚊帳の外で見ていると、かすかに携帯が震えた。
画面には一通の新着メッセージのお知らせが写っている。
『今すぐ近くにいる。ジェイムズはどうした』
それは赤井からのメールだった。
まるでこの様子を見ているかのような内容に少しゾッとしたが、今は猫の手もかりたいような状況だった。少年たちに悟られない様画面をタップするとすぐ送信ボタンに触れた。
「『ジェイムズはパトカーに乗せて連れて行かれたらしい。今はあのバスジャックと時の子ども達と一緒』」
『了解』
ふと携帯から視線をあげると、少年たちは聞き込み捜査に移行していた。
なんとも勇ましい子ども達である。
ホームズのバッジを持っているあたり、少年たちはさながらベイカーストリートイレギュラーズのように探偵団でも結成しているのだろう。
「あれ、君はバッジ持ってないの?」
「え?あ!歩美のバッジ!そういえばさっきおじさんに渡してそのままだよ」
「本当です!もしかしたらまだ持っているかも」
「…だとしたらバッジに内蔵された発信機で現在位置が…」
何か閃いたのか、少年がメガネのフチを触ると何かが眼鏡のガラス部分に投影されている。かなり近未来的でSF映画に出てきそうなアイテムだ。
FBIにいた時だってこんな捜査を助ける道具は見た事がない。
「街道を北上してる」
「それジェイムズの居場所が分かるの?」
眼鏡を覗き込んでみると、少年の可愛らしい顔が至近距離にあった。
大きな瞳が更に大きく見開かれているが、俺は少年との間を挟む眼鏡に興味津々だ。
レンズにはたしかに青い点滅する点が北上している。
どうやらこの青い点がジェイムズ、いや少女の青いバッジの所在地らしい。
という事はこのメガネがあればジェイムズを追えるという事だ。
「よし」
「え?わっちょっとお兄さん何するの!?」
「ちょっとメガネ少年借りるぞ」
メガネだけを借りてもいいが、せっかくだから少年ごと抱えると想像していたよりは軽くひょいと持ち上がってしまった。まるで誘拐のようだが、あくまでもドライブだと釈明する事を忘れない。
「おーい、コナン君をどうするつもりじゃ!?」
「何、ちょっとドライブに付き合ってもらうだけだよ」
車の後部座席に放り込んで自分も運転席に乗り込む。
呆気にとられたおじいさんと子供達が何かを言っていたが、彼らはバッジがあるから移動しても連絡も取れるし位置も確認できるから大丈夫だろう。
「飛ばすからシートベルトはちゃんとしめろよ」
そういいながらシートベルトを装着し準備はバッチリだ。
後ろに投げた少年の確認もせずに鍵を回してエンジンをかけると、アクセルを踏んで早々にパーキングエリアから出ると大きな二車線道路に出た。
パーキングエリアを出てからは付近には車もなく、スピードを出してすいすい車は進む。
ちらりと後ろに乗せた少年を見れば、大人しく座りシートベルトをつけていた。
「少年、道案内よろしく」
「マイペースだねお兄さん…」
「まぁな」
呆れたような声で真っ直ぐ、と指示を出してくれる少年は結構律儀だと思う。
言われた通り車を走らせてると、後部座席に座った少年が車のダッシュボード上に乗っているパンダの人形を見てから難しそうな、でも何か閃いたような顔をしていた。
P&Aの暗号に気が付いたようだ。
だがそれにしてはスッキリした顔をしていない。
おそらく謎を解いた先の作戦でも考えているのだろう。このP&Aを解いた所で、今回は事件は解決しない。その先を考えなければならないのは俺も分かっている。
だが、ここで手を出すわけにもいかないのだ。
P&Aの暗号も、この”何かがある”少年をジェイムズが試しているのだから。
だが何か思いついたなら、さっさと作戦を実行してほしいのが俺の本音だ。大丈夫だろうとは思うが、さすがにちょっとは心配している。
「何か思いついたなら、言うだけ言ってみればいい」
「え?」
「君達知り合いの刑事もいるみたいだし、協力してくれるんじゃないかな」
「…」
「ジェイムズを助ける作戦、思いついたんじゃない?」
「…うん、思いついたよ。お兄さんはこのまましばらく真っ直ぐ走って」
「了解」
カマをかけるように促して見れば、少年は本当に何か作戦を思いついたようだ。後部座席でどこかに電話をかけ、次にあの探偵の形をしたバッジで通信をしたりと忙しない。
これは完全に子どもの域を出ている。
赤井とジェイムズがこうして試しているのも、俺が疑問に思ってしまうのもやはり当然の事だ。
「ん?」
右に左にと車線移動を繰り返していると、後方についてきている黒い車に気が付いた。
それは日本では中々お目にかかれない車種、シボレーだ。
このタイミングからしても赤井だろう。
「お兄さんこの先検問してるからどこかで迂回して」
「はいよ」
次の信号で左にウィンカーを出すと、赤い車も同じようについてくるあたり間違いはない。
「そろそろ元の道に戻って。パトカーはもうすぐそこだよ!」
脇道から大通りへと車を回すと、たしかに少年の言う通りパトカーは少し先を走っていた。なるほど、たしかにあのメガネはジェイムズの居場所を掴んでいたわけだ。
でも追いついたもののどうやってとめるのだろう。
少年から具体的に何も聞いていないのだが、俺は通常運転でいいのか?
パトカーの後ろをついて走っているとすぐ隣をシボレーが走って行った。そして次に黄色いビートルが走って行く。よくよく見れば窓からさっき別れたはずの子ども達が涙で何かを叫びながら乗っているではないか。
「何あれ」
「あのパトカーを捕まえる作戦だよ!」
「最近の子どもは演技派だな…」
まるで子役のような見事な演技っぷりだ。だけどなんで泣いているんだろう。
首をかしげていると、黄色いビートルを追うようにパトカーが何台も走ってきた。
これは何かありそうな予感だ。
少し速度を落として距離を取ると、ジェイムズを乗せたパトカーに横付けた別のパトカーが何か騒いでいる。その間に取り囲むように数台のパトカーが見事な連携で動いていた。
これは…もしかすると。
足をブレーキのフットペダルに移すと、何かの号令があったのだろう。すべてのパトカーが一斉にブレーキを踏んだ。
「!!」
同時に急ブレーキとはいかないまでも、すぐさま強めにブレーキを踏むと車間距離を取っていたおかげか、どうにかパトカーにはぶつからずに車を止める事ができた。
だが急ブレーキを踏んだおかげか少しだけタイヤが焦げ臭い。あぁまたタイヤがすり減ってしまった…。少しショックだ。
ハザードランプを付けて車を降りると、少年も一緒に車を降りて知り合いであろう刑事の元へと走っていった。
さて、あいつはどこに行ったかと道路をキョロキョロと見渡すと、パトカーの先で赤井のシボレーも止まっている。
「ジェイムズ!」
「おぉナマエ。追いかけてきてくれたのか」
止まったパトカーを警察官が開けると、身体を打ち付けたらしい犯人達が大人しく手錠をかけられ捕まっている。その間に無事だったらしいジェイムズにこっそり近づくと感動したかのような声をあげた。
さすがFBI長官。
誘拐未遂をされたっていうのに笑顔だ。
「まぁね。それよりそちらに」
「分かった。また後で」
「はい」
さすが警察の事情聴取をされるわけにもいかないだろう。
俺の車はパトカーに邪魔されて真っ直ぐ進めないから代わりにと赤井のシボレーを指さす。するとそれだけで理解したジェイムズは大きく頷いてから一瞬の隙をついて赤井の車に乗り込んだ。
そして小さくなっていく黒いシボレーを見送ると、ようやくジェイムズがいなくなった事に気づいた警察が大騒ぎしていた。
「ねぇお兄さん!」
「ん、あぁなんだい少年。誘拐した事なら謝らないぞ」
「ううん。それは全然いいんだ。それより聞きたい事があるんだけど」
警察に用事は終わったらしい。
少年は俺の車に戻ってくると、子どもらしくぐいぐいと服の端を引っ張った。
こういう時はなんだろうか。
目線でも合わせてあげた方がいいんだろうか?
膝を折って目線を合わせると、少年は自分が呼んだのに何故か顔を赤くして慌てていた。
そして内緒話をするように、小さな声で問いかけた。
「お兄さんって何者なの?」
「何者って…」
ナマモノ?なんて言ってもこの子どもはごまかされはしないだろう。
ましてや大人が子どもになったようなこの少年なら。
かと言っても俺は今自分を位置づけるものが特にないのだ。
しいていうならなんだろうか。
「フリーターみたいなもんかな」
「えっ」
「えっ何?そういう事じゃないの?」
違ったらしい。
なんだコイツ、と言いたげな目でこちらを見ている。
子どもがそんな顔するんじゃりませんと小さな額にデコピンを食らわせると余計じっとりとした目になっていた。可愛くない。
「少年は俺に何が聞きたいのさ」
「何って」
「名前?所属?好きな食べ物?後俺もまだ君の事を何も知らないから教えて欲しいな」
俄然、君に興味が湧いた。
「僕は江戸川コナン、探偵さ」
「俺はミョウジナマエ。まぁ何でも屋さんかな。よろしくコナン君」
*
「あれれ〜ナマエさんさっきぶりだね!」
「…やぁコナン君。どうしてここに?」
またも目撃者というなんとも微妙な立ち位置で事情聴取を受けた後、癒しを求めてポアロにやってきたのに何故また少年と出会っているのだろうか。
二人用の席でわざわざ俺の前に座ってオレンジジュースを飲んでいる少年をじろりと見ると、全く悪びれた様子もなくポケットから携帯を出していた。
何故俺の周りは全く人の話を聞かない奴ばかりなのだろうか。
脳内でニット帽と金髪が現れたが、すぐに頭の中から追い出した。
「帰り道が一緒だったからついてきちゃった。ね、メールアドレス交換しよ?」
「…嫌だ」
「じゃあまた今度にするね!僕の住んでる所ここの二階だからナマエさんがポアロに来てるの分かったらすぐ「よし携帯を出せ」わーい」
プライベート用の携帯にはしっかり江戸川コナンという名前の連作先が一件増えた。