酒は飲んでも飲まれるな


夜。その日最後の電車に人々がギュウギュウ詰めになっていたり、はたまた諦めた人がとぼとぼ歩いている頃。赤井は人気のない路地裏にいた。

外灯の光も届かない、暗い道を進み冷たいビルの中の一室へと足を踏み入れる。
「OPEN」と書かれた看板をぶら下げたその部屋には、室内を分断するように大きなカウンターがおいてあり、内側には所せましと様々な酒瓶が並んでいる。どれもこれも良質なものばかりで、思わずほぅと口角をあげた。

「いらっしゃいませ。お好きな席へおかけください」

カウンターの内側でグラスを拭くマスターは人の好さそうな顔でにこりとほほ笑んだ。
店内には、人はまばらで今日は客が少ないようだ。
どこに座ろうかと思案していると、カウンター席に顔を伏せる見慣れた横顔を見つけた。そっと近づいてみると、もう何杯か飲んでいるようで机には空になったグラスが並んでいる。

「ナマエ」
「…あれ?赤井?お前も飲みにきたの」
「あぁ、ココは良い酒が飲めると聞いてな。お前がいるとは予想外だったが」
「んだよ、いて悪かったな」

いや、嬉しい誤算だと俺は内心笑っていた。

ナマエはいつもとは違って少し顔を赤らめており、隣の席へ座っても拒否する様子は見られなかった。マスターにバーボンを二つ頼み、グラスを一つ渡すと、注がれたバーボンをぶすっとした様子で見つめるナマエに、自分のグラスを少し上に持ち上げてみせた。

「たまにはいいだろう。付き合え」
「…今日だけだからな」
「あぁ」
「んじゃ、…とりあえず乾杯」

お互い目線の高さまで持ち上げたグラスにゆっくりと口づけた。



「おい」
「ん〜…もう飲めない…」
「…こいつの分も会計を頼む」
「かしこまりました」

最後の一杯、とウィスキーをあおるように飲むと目の前にまた空のグラスが一つ増えた。

バーボンからはじまった彼とのささやかな飲み会は、ザルの俺に対抗するようにナマエが飲み、いつのまにか飲み比べと化していた。と言っても当然先に酔っていたナマエの方が当然ダウンも早く、何杯か飲んだ後にはぐったりと俺の肩にもたれかかっていた。

通常ならば絶対に頼らない、ましてやもたれかかるなどするはずもないナマエがうつらうつらと舟をこぎながら自分を頼ってくれている。随分間抜けな姿だが、そんな一面も悪くはない。

「ありがとうございました。お気をつけて」

支払をすませると、未だに寝こけているナマエを目の前に腕を組んだ。
起こして歩くにも、この寝顔を起こしてしまうのも忍びない。しばらく考えた後、彼を連れて店を出る。二人で連れ立って歩く様子は月だけが見ていた。



「うー…頭痛ぇ」
「ようやく起きたか。ほら、水を飲め」
「おう……あー…ん?赤井?」
「?なんだ」

日が昇ってからかなり時間がたった頃、ベッドに沈んでいたナマエがようやく目を覚ました。
頭を抱えている様子からして、二日酔いらしい。準備しておいた水を飲ませるとようやく眠気が覚めてきたようだ。

「なんで赤井、っていうかココどこだ」
「俺の家だが」
「ちょっと待て、なんで俺は赤井の家にいるんだ」

ようやく状況が認識できたらしく、パッと目を見開くと、警戒する猫のようにベッドから飛び起きた。その様に笑いをこぼすと見知らぬ部屋で落ち着かないようで部屋をキョロキョロと見ると、鏡に映った自分に驚いていた。

「着替えてる!?」
「昨日は酒の飲み比べをしてから、俺の家に来て色々あった」
「色々!?」
「あぁ、つまり…着替えるような事があったって事だ」
「!?」

というのはもちろん嘘なのだが。
ナマエの顔を覗き込むと、驚いた顔のままギギギとブリキのようなぎこちない動きでこちらを見た。

「マジで……なんて騙されるかバーカ」
「なんだ、バレていたのか」
「そりゃバレるっつーの。お前した時はもっと」
「もっと、…なんだ?」
「ニヤニヤすんな馬鹿。言わねーよ!」

ナマエなりに何か思う所があったらしい。
少し赤くなった顔をごまかすようにキッと睨むと、壁にかけてあった自分の上着を羽織った。

身長差があるから、全く怖くない。むしろ上目遣いになっているという事は、言わなくてもいい事だろう。俺だけが知る褒美だ。

「教えてくれてもいいんじゃないか?」
「嫌だ。とにかく世話かけたな。帰る」
「ホォー、それは残念だ。せっかくお前の好きなパン屋のパンを買ってきてやったんだがな」
「…パンだけ食べて帰る」
「フッ、了解」

用意をしておいて良かったとまんまと計画にハマるナマエのチョロさに赤井は朝からニヤリとしながらキッチンへ向かった。

一方部屋に取り残されたナマエといえば恥ずかしさから布団に顔を突っ込んでごろごろと悶えていたのだが、赤井はそれを知る由もない。