とある休日
米花町2丁目メゾン・ド・アーティ308号室。
それがナマエの住処だった。
多くのビルがそびえ立つ中で、このビルは一際高く、一階にはコンシェルジュが控えている。大理石のロビーは、どこぞのホテルのような出で立ちでいわゆる高級マンションという奴だ。もちろんそんなタワーマンションであるからして、上層階は他のマンションの屋上が見えるほど高く、遠くが見渡せるほど眺めが良かった。
そんな一室で、カーテンを勢いよく開けると、窓の向こう側は青一色だった。暖かな日差しが差し込み、空は晴天だ。
「いい天気だなぁ」
思わずそうつぶやいてしまうほどに、見事なまでの天気だった。
そんな1日を昼まで贅沢に睡眠に当てていたナマエは少しだけ罪悪感を覚えた。
ちょっと勿体無かったかも、なんて。
だが、そうは言っても時が戻るわけではない。
さて今日は何をしようかと、手始めにテレビをつけて見ているとゆる〜いバラエティが流れている。ぼーっとテレビを流し見していると、不意にピンポーンと滅多に聞かないインターフォンのベルが鳴った。
「なんか頼んだ…わけねーよな」
ネット通販は使わないし、何かが届く予定も聞いていない。
そもそもコンシェルジュが通す訳がないのだから、インターフォンには不信感しか募らない。
そっと忍び足でドアののぞき穴を見ると、そこには誰も写っていなかった。だが再度インターフォンが鳴り、そこに人がいることは確実のようだ。
まさか真昼間から銃を撃つ訳にもいかないので武器になりそうなフライパンを手に取ると、音を立てないようにチェーンを外した。
そしてふぅ、と息を吐くと足で思いっきり扉を蹴り飛ばした。
「うるせぇ!!!」
扉は勢いよく開き、ナマエがインターフォンのある壁際にフライパンを叩きつけると、何かを捉えた手ごたえはあったのだが。
「フライパンだなんて、手厚い歓迎ですね」
「なんでお前がここにいるんだ、安室…」
そこには花束とビニール袋を持った安室が嫌味なくらい綺麗な笑顔を浮かべていた。
「で、何しにきたんだよ。というか自然に家に上がるなよ」
「ナマエさんが開けてくれたんでしょう」
プレゼントです、と扉を開けた先で半ば強制的に渡された花束を刺す花瓶がなくどうしたものかと迷っていると、自然と部屋に入ってきた安室は勝手にキッチンに立っていた。
手にはあまり似合わない、スーパーのビニール袋をぶら下げ、中から出てきた黒い布はエプロンだ。更に色とりどりの野菜や肉などまるで魔法のポケットのように食品が出てくる出てくる。
「ところでナマエさんはもうお昼食べましたか?」
「まだだけど……」
「よかった。それじゃあキッチン、お借りしますね」
ダメだと言ってももう遅いのだろう。
その黒いエプロンすら着こなす安室に、ナマエはどこぞのギャルソンかとツッコミたくなったが、腹が減っていたのは事実だったので黙って花を入れる場所を探した。
*
「…うまい」
「お口にあって何よりです」
「ムカつく」
「えっ」
イケメンでエリートで料理がうまいってどんなハイスペックだ。滅べ。
なんて言うと調子に乗るので、余計なことを言わないようにと一気に白米をかきこんだ。机に並んでいるのはどれもレストランで食べるようなメニューばかりだ。空きっ腹のナマエにはそれが安室が作ったものであろうとも、キラキラして見えた。むしろ食事の前に安室が霞んでいる。
安室より食事。と本能を優先してガツガツとあれこれ口に運んでいると、ふと思い出したかのようにナマエはニコニコしている安室を見た。
「そういえば、なんか用事があって来たのか?」
「いえ、食事を作りにきただけです。でもこの後よろしければ部屋の掃除なども手伝いますよ」
「お母さんか!ったく公安のエリートが本当に何しにきたんだ」
わざわざ食事作って部屋の掃除って暇なのか?と付け足すと、安室はそんな誰しもが思うであろう事を言われると思っていなかったらしい。珍しくきょとんと間抜けな顔をしたかと思えばまたお得意の笑顔になった。
「少しずつあなたの胃袋を掴んで、最終的には僕なしでは生きていけ「そりゃエビフライ」
その濁りのない恐ろしい言葉を紡ぐ安室の口に、ナマエは食べかけのエビフライを突っ込んだ。
最後の一匹だったが仕方ない。
エビフライを突っ込んだことはあっという間に水に流して、別のおかずを食べていると、エビフライを食べ終わったらしい安室が俯いて頬を染めていた。
何故顔を赤くするのか。
気になるが、深く理由は聴いてはいけない気がした。
あくまでも無視を決め込み、最後の一口を口に放り込と、テレビからは今度は興味もないワイドショーが流れている。その音にかき消されるくらいの小さな声でごちそうさまと呟いた。
すると安室がパッと俯いていた顔をあげると、元の調子に戻ったらしい。いつものにっこり笑顔だ。
「おや、間接キスなんて大胆ですね」
「食わせただけだろうが」
べしっとツッコミを入れると、これまた嬉しそうな顔をするものだからナマエもいつもの調子が出ない。
そしてニコニコと安室に見つめられると、なんだかその場にいるのもむず痒くなり、ごまかすように食べ終わった食器を持って立ち上がった。
「…コーヒー淹れてやるから飲んだら帰れよ」
ちょっと甘い顔をしてしまうのは、まぁ…あれだ。昼食の礼だと自分に言い聞かせて、今度はナマエがキッチンに立ったのだった。
「おや、これってまるで新婚さんみたいじゃないですか?」
「熱々のコーヒーを顔面にお見舞いしてやろうか」
「冗談です。でも新婚さんがダメなら僕の相棒に早くなって下さい」
「おかしい、同じ意味に聞こえるぞ…」